第19話 行き遅れのアルビダ

「父上、結婚のこと勝手に決めてよいのですか。」


「仕方がないことだわかってくれ、ベイブ。」


謁見後、与えられた控室でアーサーに聞いた。メイドを部屋から追い出し二人だけになったタイミングで単刀直入に聞く。

聞くべきではないのはわかってる。だが、聞き分けのいいだけの子供ではよくない。もう七歳だ。家庭の事情も分かる程度の知能もある。中身は大人なので貴族の事情も分かっているがここで黙っていてはおかしい。そんなのは大人びすぎていて気持ち悪いだろう。それにこういう時はチクリとくる言葉でも言わなければならない。「おじさんはなんで結婚しないの?」と親戚の子供に聞かれているうちはまだマシで、それがなくなって腫物のように扱われる方がきつい。アーサーが仕方ない決断をしたということを子供に言い聞かせるためにもう一度口にすることで言い訳をさせるべきだと俺は経験上わかっている。


「支援を得るための策だということはわかっていますが、ほかに手はないのですか。」


「ほかにも手はあるだろう。だがガブリエル様はそのような事を望んでいるわけではない。私に重要な決断をする覚悟と権限があることを確認しておられたのだ。騎士爵のお飾り当主でないということを示すにはあの提案を受け入れるほかない。」


「わかりました。」


騎士爵は継承できない。だからこそ手柄を上げて男爵以上の陞爵せねばならない。だが、陞爵すれば騎士爵の時はせずに済んだ付き合いや義務が求められる。特例で貸し与えられているだけの領地も本格的に経営しなければならに。貴族として厳しい決断も求められる時も来るが、そのうち自身が負担を負うだけで済むことを躊躇するような人間など国を支える貴族には相応しくない。そんなものは国に寄生する弱者だとそう切り捨てたいのがガブリエル・ドラゲナイである。

だからこそアーサーの決断は間違っていないし、期待した通りの結果だったからこそ見合いを兼ねた昼の会食が緊急で開かれるのだ。



◆◆◆


この状況での見合いは本来あり得ない。

まず、伯爵と騎士爵では力関係が違いすぎて、伯爵家から輿入れなど本来はあり得ない。よほど気に入られたか、伯爵家が落ち目で将来有望な騎士爵家とのつながりを作るための二択だ。ドラゲナイ家は落ち目ではないので今回は前者である。

しかも今回は支援の建前としてなので、選ぶ権利名のない。

では何故、最悪破談になりえる見合いになるのか。

それは見合い相手が行き遅れていて結婚相手が決まっていないという、伯爵家側の大きな引け目があるからだ。

アルビダ・ドラゲナイはガブリエルの長女ととして生まれ正妻の第一子である。跡取りを期待されたことから多少来た外れの面もあったが、父の血を受け継いだことを証明するかのように恵まれた体躯とスキルで、十九歳の時にドラゴンを狩って見せた。ほかの兄弟よりも頭抜けて成長したが、それが逆に良くなかった。アルビダこそが次の当主にふさわしいとするほどの声もあるくらいだが、女を当主にすることは相当の例外だ。アルビダには劣るが兄弟の中にもドラゴンを狩ることができたものもいる。アルビダと並べてしまえば劣ることが欠点ではあるものの、ガブリエルの跡を継ぐのに十分な者たちだ。だからこそアルビダを並べないために家から出す必要があった。

だが、アルビダはそれに大層な条件を付けてきた。自分よりも強い男でなければ見合いもしないということだった。

それにはガブリエルも納得した。何せこれほどの才能のがあるものの子だ。新たなドラゴンスレイヤーの誕生も期待できる。にもかかわらず、力なき男に貰われてはそれもなくなる。それはガブリエルとしては到底許せない。

その考えが、アルビダを行き遅れと言わせるほどの年齢まで結婚させないことになってしまった。アーサーと同い年のアルビダには子供がいて当たり前なのがこの時代の常識だ。今回は渡りに船といわんばかりにタイミングがあったので、ガブリエルはアルビダとアーサーの見合いを計画した。


◆◆◆


ガブリエルは謁見時とはまた違う落ちついた深緑のドレスを身に着け、柔和な表情で歓迎ムードをアピールした。

まるで別人じゃないか、そう口から出るほどに驚いた。体にぐっと力を入れてなにもなかったかのように耐える。

ベイブはガブリエルの状況を読み取り、心の中で呆れる。ガブリエルの思惑通りに事が進んで表情が緩んだ事を察知した。


「部屋では休めたかな。早速だが、我が娘アルビダに会って貰おう。なーに、婚約は決まったのだ。ちょっと顔合わせをするだけだ。晩餐と違って昼は少ないから、時間も掛からない。食後に本格的に今後を詰めるから、気楽にいこう。」


「はい。」


アーサーは明らかに戸惑ってしまった。先程なんとか耐えたが、ガブリエルが肩を軽く叩き握手を求めた時に耐えられなくなった。ぎこちない返しをするくらいしか出来ないほど、状況を読み違えた。当然ベイブも予想が外れていたが、前世の経験が役立ちスルーできた。


「アルビダ、入ってきなさい。」


ガブリエルの呼び込みに合わせて、使用人たちが料理を運び込むための扉が開いた。そこから、パンツスタイルの背の高い女がでてきた。

アーサーとベイブはその堂々した女王の様な雰囲に気圧された。女王は女王でもこれはオーガの女王だ。シャツが張る程の筋肉、腕も胴も太いのに胸は双丘が盛り上がる。マリーとは真反対の様な女だ。

それを見たガブリエルは開いた口が塞がらないといった状況だった。


「あんたがアーサー?」


おいジジイ、説明しろ!これはお前の娘か本当に。お前もびっくりしてるのおかしいだろ。大体、お前が声をかけた方と逆から来たぞ。


「はい。私がアーサー・ドラゴネアスです。この度は食事にお招き頂きありがとうございます。」


アーサーは驚きつつも、ガブリエルで慣れたため自然に振る舞えた。

正直この中で、一番驚いていたのはガブリエルである。久々に何もかも予定通りで緩んでしまい、アルビダに全てをひっくり返された時には鼻水がでかかった。

ガブリエルの予定ではアルビダはホスト用の控室から繋がる扉から、赤いドレスに身を包んで出てくるはずだった。筋肉だって異常だ。引き締まってはいるが筋肉ダルマではない。スキルによる強化だ。狩りをする為に使う【身体強化】をここでみせる必要はない。しかも服は執事の誰かから取り上げた物に違いない。

行き遅れの印象を少しでも良くするために仕込んだ全てが無に帰している。いくらアルビダが選ぶ側とはいえできるだけ印象良く、受け入れられてほしいそういう親心があったのだ。


「では、早速だ。飯にしよう。」


豪快な言葉使いにアーサーは少し心地よさを覚えた。下手に貴族然とした娘を押し付けるよりは合っていたのだが、ガブリエルはアーサーの反応を確かめられるほどには回復してはいなかった。そのまま少し呆けた状態で使用人たちに椅子を引かせ調理を運ばせた。














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