第16話 朝のジョギングデート

アーサーは深い眠りにつくことは出来なかった。

感じたことのない緊張感が眠りを浅くする。馬での移動となればドラゲナイ家まで向かうまでの道のりで落ち着きを取り戻せていたが、目が覚めれば数刻で謁見となる。戦士としてして各地を回っていた時の緊張とも異なり体が慣れていない。ドラゴンを狩った前日は高ぶりつつも眠ることができたが、今日はそうもいかない初めて酒を入れて眠りにつくほどに不安に押しつぶされそうだった。

いつもは自力で起き、鈍らないために朝の鍛錬を欠かさずやっている。しかし今日はジョニーがドアをノックしても目覚めることがなかった。


「おっかしいな。いつもなら起きてる時間なのに」


鍵はかかっていないので返事はなかったが構わず入っていく。

ベット脇のテーブルに置いてある酒瓶とグラスを見てジョニーは納得した。アーサーの鼻をつまみ起こす。


「アーサー、起きろ。俺らだけは働いてお前はすやすや眠っているのか?」


酒で変に眠っているだけなので、決して深い眠りの中にはいない。ずっとよくわからない夢の中にいた。ジョニーが入ってきた時点で目覚め始めてはいて寝ぼけた感じで夢と現実のはざまにいた。だからジョニーの声でしっかりと目が覚めた。


「おはよう。随分と深酒だったようだな。」


「すまんが、手をどけてくれ。」


鼻声のアーサーにクスクスと笑いながらジョニーは手を離す。するとすぐにアーサーは起き上がり服を着替え始める。


「すぐに昨日の続きを話したいがまだ頭が回ってない。酒を抜くために少し外を走ってくる。」


「ちゃんと水飲んでから行ってくださいよ。」


「ああ、わかってる。」



◆◆◆


アーサーは食堂で水を二杯もらい、用を足してから訓練所に向けて走っていった。

今日は剣を振る予定はないのだが、ウェイトとして有用なので相棒の大剣を背負って軽く流していく。その途中アーサーは予想外の人物と鉢合わせる。

ジャージ姿のソフィアだ。


「アーサーさん奇遇だね。やっぱりまだ現役だとちゃんと訓練してる感じ?」


「ええ、ただ今日は軽く走って、それで終わりにします。」


「剣は使わないの。せっかく持ってるのに。」


「これは錘です。実戦を意識して走らないと意味がないですかね。本当は鎧も着てますし、手に持っているのもっとバランスも悪いですが。時間があれば剣の方も鍛えていますが、今日は予定がありますので。」


「へー、ウォームアップからしっかり負荷かけるタイプなんだ。」


「ソフィア様も毎朝走られているのですか。」


「まあね。トレーニングじゃないけど、朝走んないと調子悪くてさ。スキルは使わないから一緒に走ろうよ。」


「わかりました。では訓練所までついてきてもらえますか。」


「OK!」


そのまま二人は訓練所まで走っていく。ジョギングよりも少し早いペースだがお互いに余裕がある。お互い走るときは特に会話はしない。黙々と走り訓練所の周りを何周かしたところで一休みする。


「はい。」


ソフィアは水の入ったペットボトルをアーサーに手渡す。都合の良い設定まみれがとしても出てくるはずのないそれについて知らないアーサーは珍しいものを渡された感覚しかなかった。透明な水筒を渡されたとしか理解できなかった。それよりもこれが井戸水のように冷たいことだ。


「ありがとうございます。冷たいですがこれもスキルですか。」


「そう、走るとのども乾くしおなかも減るから、こういうスキルあると便利なんだよね。足速いだけじゃ長距離は移動できないからね。レースいいけどツーリングもいいんだよね。」


「ではここまでの道中もそうやって来たのですか。もしかして野宿もできたりするのですか?」


「残念だけど、テントは張れないかな。休憩するためのスキルしかないからちゃんと町には泊まるよ。おいしいご飯は町じゃないと食べられないからねー。」


アーサーは話を聞きながら水を飲むが、さらに一つ驚く。


「この水、少し甘いというか。不味いわけではないが、変な感じがするな。」


「あー慣れないと変だよね。汗かくとミネラルが出ていくから補給するのにいろいろと入ってる感じなんだけど、私もよくわかんないんだよね。」


「ミネラル?確かに汗かいたときは塩が欲しくなりますが、そういったものですか。」


「そうそうそういう系。、そうだ朝ごはんトーストにベーコンエッグとコーヒーがいいなぁ。四角いパンってある?」


「残念ながら、我が家では四角いパンは見たことがないです。コーヒーも初めて聞きましたが、それは何なのですか。」


「コーヒーはね。真っ黒な飲み物で苦いの。でもね頭がスッキリするの。途中の町でも見なかったけど、貴族の家ならあるかと思ったんだけど、まだダメかぁ。」


「ドラゲナイ家の領地ではそれが飲めるのですね。」


「まあね。まだ、貴族の流行りだから町で取り扱ってるようなお店は全然見当たらないんだよね。」


「そうですか。しばらく貴族の事情に疎かったので、その辺も謁見後に学ばなければ。」


「いいねー。じゃあ朝はベーコンエッグよろしくね。何なら例の食堂は堅苦しいから、朝はもっとラフに食べたいんだよね。」


「わかりました。用意させます。」


「サンキュー。」


二人は休憩を終えて家に戻っていく。

アーサーは律儀に待っていたジョニーに急いで卵を取ってくるように命じて、いつも使っている食堂に向かった。ソフィアは朝風呂に入るため一人用の風呂を借りに行く。当然だが湯を沸かしてないことを伝えたが、自分のスキルで用意できるからとのことだった。


「ジェフリー、いるか?」


「なんだ、今日は早いな。もう終わったのか。」


食堂の奥からムキムキのオッサンがエプロンをして出てくる。強面でスキンヘッドのため明らかに私兵団のメンバーのようだが、ドラゴネアス家の料理長である。


「ああ、今日は走るだけしかしてない。それよりお客様からの要望で朝はベーコンエッグとトーストが用意してくれ。卵はジョニーに取りに行かせたからもうすぐ持ってくる。」


「まあいいですよ。貴族の朝食といえば卵があるもんだし、準備はするさ。じゃあ今日はそれとサラダを作るからお前らもちゃんと食えよ。わかったな。」


「ああ、とにかく早いうちに準備してくれ。あとここで一緒に食べるから、人が少ないうちに進めたい。」


「いいのか。それは。」


「しょうがないだろ。ここにはうちの使用人しかいないから、聞かれて困る話もないだろう。」


「わかった。客人の姿は見たことないが、奇抜な格好してるというのは聞いているから、みんなに話しておくさ。」


「頼んだ。」


アーサーは食堂を後にすると書斎には向かわなかった。ジョニーが迎えに来たことを考え、セバスチャンとハーベストが使い物にならない状態だと考えていた。それからソフィアが食堂に来ることを先に家族にも伝える必要があるので、順に部屋を訪ねた。ベイブの部屋の前にちょうどアシュリーがいたので、事情を話し、後を任せた。マリーとマクシミリアンはいつも起きる時間よりも早かったため、メイドが来ておらずアーサーがマリーだけ起こした。

特に会談があるわけでもないし、食事のことで支援にかかわるような雰囲気ではなかったため、いつも通りでいいと伝えた。














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