第13話 英雄の子アーサー
あれから二週間が経ったころ、ドラゴネアス家の私兵団はダンジョン遠征へと向かった。ジョニーの狩りを手伝っていた者を含め十名を残した全ての戦力が注がれた。領地を守りを捨てた大胆な金策の方針は戦争の無いこの一時に限られた手法だ。
たがこの遠征はクルーゼ達私兵団にかなりの負担をかけた一か八かの賭けでもある。普段の遠征は偽竜を狩って冬支度の資金を整えるのが目的だった。しかし今回はドラゴンの討伐である。長い戦いになるのは間違いない。ダンジョンの奥に進みアースドラゴンの首をはねなければならない。ドラゴンを探し出しアーサーの出番を作らねばならない。
日々の偽竜狩りで手にした金で人を雇い領地に送る。雇われた人々は私兵団の指揮のもと森の伐採を進める。普段は仕入れ担当の文官が報告するが、一年に一度だけクルーゼが帰ってくる。
そんな生活が三年も続いた。
節約して金を捻出したいが人に出す金を渋るわけにはいかない。それはアーサーの矜持だ。だから減らしたのは自分にかける金だった。貧乏に見られないようにギリギリまで貴族の為の出費を減らした。それはマリーもベイブも同様で、予定していた家庭教師は七歳を過ぎても用意されなかった。
だが、貴族の長男にそれは許されない。いつまでも社交界に連れて行かないわけには行かない。アーサーの後ろをついていくだけでも最低限の礼儀は必要になる。遅くとも八歳それを過ぎるわけにはいかない。それに来年は爵位十周年の宴を開かねばならない。ここに長男が顔を出さなければベイブの悪い噂が立ってしまう。貴族として次の世代に繋ぐにはぬかれないイベントだ。
そしてそれはアースドラゴンの討伐リミットでもある。アースドラゴンを狩ってアーサーはドラゴンを狩ったことが偶然出ないことを示す事も重要な布石になる。万が一ドラゴンを狩れなければ宴を開く余裕もなくなってしまう。
金が無い中、アーサーはとうとう父ガブリエル・ドラゲナイを頼る事とした。ドラゲナイ家はドラゴネアス家同様にドラゴンを討伐したことで爵位を与えられた家だ。何代にもわたりドラゴンを討伐し、伯爵にまで成り上がった英傑を排出し続けている名家だ。その現当主がガブリエルなのだ。齢五十を超えてもアーサーと張り合うような筋骨隆々な肉体は年齢を感じさせない。ドラゴンの討伐数も二十七と歴代最高数をたたき出したいける伝説的な存在である。伝説的な英雄たるガブリエルが色を好まないわけはなく、遠征の度に各所で子を作ったがほとんどが認知されていない。アーサーもその一人ではあったが、ドラゴンを狩ったことでガブリエルとの血縁が噂されたのだ。その後国の諜報機関によりそれが事実であることが判明したが、それを明かされたのは王家とドラゲナイ家のみであった。アーサーは母の言葉を真には受けていなかったが、叙爵式にてガブリエルを見た際にそれを確信した。
母を、自分を捨てたガブリエルには頼りたくない。その気持ちが先行しすぎた。ここまで切羽詰まっても頼る先がない。寄り親のホーキンス男爵家も決して裕福ではない。より上の貴族を頼っていくには関係が希薄すぎる。甘い予想でドラゴン討伐に全力を注ぎすぎ貴族社会に溶け込めていなかった。寄り親を登っていけば最後にはドラゲナイ伯爵が待っている。ならばもっと早く頼ればよかった。クルーゼたちを遠征に出す前に何故頼れなかった。
断腸の思いで手紙をしたため、ガブリエル・ドラゲナイとの面会に希望を託した。
◆◆◆
ガブリエル・ドラゲナイはアーサーからの手紙に驚いていた。十年近く一言もまともな会話をしたことがないアーサーから高級な封筒に入った手紙が届いたのだ。ガブリエルは決して冷たい人間ではないので、アーサーのことは気にしていたし、もっと上に来ると予想していた。それが最初の一頭以外は十分な成果をあげられていないことで、期待しすぎたのかと落胆していた。今のところ唯一認知していないこの中で頭角を現したアーサーがこんなところで終わってしまうのかと。
やはり、私の子と分かった時にもっと積極的に支援をすべきだったな。
一晩限りの関係で子ができているなどわからない。しかもドラゲナイ伯爵家の子供だと言い張れば手厚い支援が受けられるのだから、当然虚偽の訴えも後を絶たない。故に妻の子しか認めず、これまで一切の認知をしなかったのだ。
ドラゴンスレイヤーの家系を増やすことはこの国にとって重要な課題の一つだ。人の争いで領地を獲得してもドラゴンが住まう土地は空白の領地と同じだ。ドラゲナイ家のみでは王国のドラゴンを討伐しきるのは不可能だ。ドラゴンスレイヤーであれば戦争でも活躍できるため支援をすべきと考えるものもいるが、そんな贔屓を許さない状況にしたのがドラゲナイ家でもある。特別な支援なしで伯爵家まで上り詰め、六代にわたり貴族を維持している。次代も優秀でドラゴンを討伐済みである。ほとんどのドラゴンスレイヤーが一代で爵位を失っていることから、支援をしないことでふるいにかけ残すべき家を見極めさせるという慣習を作ってしまったのだ。
会うのは問題ない。支援もする。だが、伯爵家としての体面が保たれなければならない。アーサーについてはこのまま認知するわけにはいかない。だからこそその匙加減が難しいのだ。私がそう決めたのだ。
ガブリエルは急いで手紙をしたためる。紙も封筒も決して上等なものではなく騎士爵の家にふさわしい程度のありきたりな品質の物を使っていく。夜遅いというのにさっと書き上げ、執事を呼び出した。
「この手紙を急いで届けろ。明日の朝、日が昇るころには出発させろ。」
「承知いたしました。最速で届けさせます。四日お待ちください。」
執事は手紙を受け取ると、ドラゲナイ家お抱えの配達人に渡す。この配達人は馬も使わずその身一つで手紙から人までなんでも運ぶ最速の配達人だ。移動に特化したスキルで移動中の影を見たものはいないというほどの速さで駆けていく。それほどまでに今回のことをガブリエルは重く見ている。
◆◆◆
三日後、配達人はドラゴネアス家に到着していた。早馬でも一週間以上かかるといわれる距離を三日で移動したのだ。ドラゴネアス家の使用人たちは配達人の異様な風貌に戸惑い怪しんだが、家紋の入った短剣を見せられ納得せざるを得なかった。
アーサーも彼女を見てその格好に理解が及ばなかった。
「ヤッホー、アーサーさん。ガブリエル様からのお手紙お届けに参りましたー。」
「ありがとう。拝見させていただく。」
応接室室で待っていた女は小柄で短髪。服装は水色のキャップとパーカーに黒いスパッツ、それから蛍光色のランニングシューズを履いている。アーサーも同席したセバスも初見の服装に戸惑うしかなかったが、手紙のことを考え自分たちを落ち着かせた。
「ガブリエル様からのお誘い承知しました。しばらく家を空けるので後はたのだぞセバスチャン。」
「承知いたしました。すぐに手配します。」
手紙を読んだアーサーはすぐに覚悟を決めた。
ガブリエルはすぐに会いに来いと、簡単に言えばそう伝えたのだ。
「明日出発ね。今日は疲れたから私はもう休みたいんだけど、部屋とかある?」
「すぐに用意させますでの、お待ち下さい。風呂も用意いたしますので、お入りなって下さい。」
「サンキューせばすちゃん。」
使っていない客間はいくらでもある。とはいえすぐ使えるように準備している部屋などないので、急ぎメイドたちに準備させる。客のために個室の風呂も久々に稼働させる。
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