第3話 闇落ちフラグは弟

光陰矢の如し。月日が経つのは早い。

生後半年でハイハイし、一歳になるころにはよちよちと立って歩けるまでになった。

正直ところ俺の感覚でも早い気はするが、歩けるようになったら楽しくて仕方ない。ハイハイができるようになった頃も動き回るのが楽しくて乳母やメイドたちを悩ませていたが、今はもっと楽しいい。歩けなかったのは一年くらいだったはずなのに、感じる幸せは明らかにそれ以上だ。なんだかんだ言って意識が子供ではないので感じ方が違う。子供の時は感じることができなかった感覚。いろいろ知ってきたが故の感情がこみあげてくる。

ベビーカーから眺めることしかできなかった景色に自分から近づいて触れる。

家の外、世界を明確に感じることで転生したという実感を今までより強く感じでいる。草木に虫、鳥に魚、あらゆるものが存在していることを前世の知識とすり合わせながら自分の中に落とし込まれていくのを感じるたびに、余生だと割り切っていた第二の人生が惜しくなってきた。悪役に転生したことなど忘れるくらい子供時代を楽しんでいる。

そうやって何事もなく平和な日常が続き四歳を過ぎた頃、俺は自分が悪役貴族に転生したことを思い出すことになる。

マリーが妊娠したのだ。仲睦まじい健康的な夫婦の間に子供が一人だけというのはあまりにも不自然だ。授乳が落ち着いてくれば子供に付き添う時間が減り、夫婦で過ごす時間が増えてくる。第二子を身ごもるのは自然な流れである。

だがこれは俺にとって必ずしもいい展開とは限らない。

ゲームやアニメなどで貴族が闇落ちする理由はいくらかあるが、そのうちの一つといえば、優秀な弟or妹の存在だ。後から生まれた方が優秀でコンプレックスを抱くことで闇落ちしていく。

新しく生まれる子が転生者でこの世界のことを知っていた場合、明らかに赤ちゃんの時からトレーニングをして俺を追い抜いていく。五、六歳から剣術や勉強が始まると思っていたからこそ、それで十分だと思っていたが、それでは遅い可能性がある。悪役になることも仕方ないと思って受け入れてはいたつもりだが、家族と険悪になるのは避けたい。家督の問題になれば兄弟と仲違いするだけでは済まないだろう。その時の対応のされ方では両親を憎むことだって考えられる。貴族なんてのはドロドロとしたイメージがつきまとっている。使えない子供がいびられるのは想像に容易い。

父親の遺伝子がいいからこそよりそれを生かした方が選ばれる。

もしそれがブタ貴族ベイブとしての生い立ちの設定であれば受け入れるしかないのか。受け入れなかった場合、今度は弟か妹が闇落ちする可能性だってあり得る。

一番穏便なのは、俺が当主になれなくても実力が拮抗しているパターンかもしれない。それであればだれが選ばれても仕方ない状況で清々しく送り出せるかもしれない。スポーツ漫画のライバル関係みたいになれればそれが良い。


もう、兄になることは決まっている。

なら、それを理由に自立し始めたことにすればいい。

少し早いが文字の読み書きを覚えて本を読めるようになろう。

本を読んで世界や自分たちの領地のことを知れば、解決族も見つかるかもしれない。


「パパ、セバス。ほんがよめるようになりたい。」


アーサーの書斎に突撃し、第一声それを言い放つ。

アーサーは嬉しそうにしたが、セバスチャンは少し困った顔をした。


「セバスチャン、うちの子天才だよ。」


「利発で素晴らしいですな。ただ人手が足りないことを除けば。」


「確かに。だが、子供の読み書きだぞ。それこそメイドたちでもいいんじゃないか。男爵家の三女とか四女もうちに奉公に来てただろう。」


「何を言っていますか。優秀な方々はすでに文官としても働いてもらっています。余裕がないのです。それこそ五歳になるころに家庭教師を呼ぶつもりでしたから、さすがに早すぎで準備できておりません。」


「まいったな。しょうがない、ジョニーに任せよう。あいつも鳥の世話ばっかりしてるが、学校は出ている。暇な時くらいあるだろうから、そういう奴らで交代で教えよう。急ぎ家庭教師を手配してくれ、着任まではそれで凌ぐぞ。」


「まあ、それが妥当でしょうな。それに読み書きだけを教える必要はありません。彼らの得意分野こそ教えてあげるべきです。貴族たるもの多くの事柄を知ってなければなりません。本からしか学べないものは仕方ありませんが、実際にプロがいるのです。」


「なるほど、確かにそうだな。ベイブ、まずはうちの奴らにいろいろと教えてもらえ。遊んでもらうんじゃないぞ。勉強だ。」


「はい。」


俺は元気よく返事をした。

いきなり本を読もうなど焦りすぎていた。逆にこのことがこれから生まれてくる弟や妹へのプレッシャーになってしまったら意味がない。


「よし、セバスチャン。一番暇そうなジョニーに話をつけてきてくれ。」


「承知致しました。ですが言葉遣いについてはいづれ私から指導したうえで家庭教師を迎えた方が良いかもしれませんな。」


◆◆◆


我が家、ドラゴネアス家は父アーサーのドラゴンスレイヤーの功績により騎士爵与えられた新興貴族だ。そのため、領地も田舎の村をいくつかだけでこれっといった特産も税収もない。複数の貴族の領地に隣接する広大な森は様々なモンスターが生息しており、これを狩り、素材を売ることで税収の代わりとしている。アーサー以外にも竜を倒した時の仲間の何人かが移住してきており、彼らがローテーションを組むことでほとんど毎日狩りを続けている。

そしてそんなドラゴンスレイヤーの仲間の一人が家畜係のジョニーである。


「ジョニー、いますか。」


鶏がコッココッコとなく家畜小屋の前でセバスチャンがジョニーを呼び出す。

しばらくすると髭ずらの太っちょおじさんがやってくる。


「大きい声出すなよ。鳥たちがびっくりするだろうが。」


「すみませんね。ただ、どこにいるかわかりませんし、これくらいなら問題ないでしょうに。」


「まあ、そうなんだが。子供の教育上の問題だ。」


ジョニーはセバスの足元にいるベイブに目配せしながら答える。


「実にいい回答です。あなたにアーサーから一つ命令が出ました。」


セバスチャンはにやりと笑いながら


「なんだ、デカい狩の前の偵察か。」


「いいえ違います。ベイブ様の教育係の任命です。」


「おいおい、なんの冗談だ。」


ジョニーは驚いた様子も見せず、ひどい冗談だと受け流した。


「冗談ではありません。ドラゴネアス家の教育方針として、家庭教師を迎え入れるまでの間にいろいろと我が家にいるプロにそれぞれの分野のことを教わるというものです。皆さんドラゴネアス家を支える重要な一人ですからね。貴族として必要な知識の土台になるでしょう。」


「つまり俺なら鶏とフクロウのことを教えるってことか。」


「ええ、あなたの仕事について基本的なことを全部教えてください。できるようになる必要はなく知識として、現場を知っておいてほしいのです。」


「なら問題ない、今からでもいいぜ。」


「それは助かります。あとできれば、文字の読み書きも教えてあげて下さい。あなたも学校は出ているでしょう。」


「おいおい、俺はそういうのうまくないと思うぞ。」


「まずは初歩的なところですから大丈夫です。文字が書けるようになるだけでいいです。単語とかはまだまだ先ですから。」


「わかったよ。今日はさすがに用意できないからな。」


「ええ、問題ないですよ。」


ジョニーは渋々といった感じで承諾した。

























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