第2話 赤ん坊にできるのはハイハイまで

一心不乱。

そう表す他ないほど目の前のおっぱいに吸い付き母乳を飲んでいる。

生後何ヶ月か分からないが赤ん坊からのスタートだ。

正直、意識が戻るのはゲームスタート時点だと勝手に思ってた。こういうゲームは大体高校生くらいの年齢からスタートするのがお決まりなので、ゲームシナリオをなぞるように体験し、バッドエンドを迎えてしまうと思ったがそうではないらしい。かなりラッキーだ。

ただ、今はとにかく腹が空いていて、母乳を飲みきらない事には思考が出来ない状態のようだ。何もエロい事はなくただの食事だ。

母乳を飲み終わるとゲップを出して昼寝をする。とにかく生存本能に抗えない。この先の事を考えねばならないのにすんなりと眠ってしまった。


◆◆◆


どれくらい寝たのだろ。

目が覚めても時計が見当たらないので時間は分からない。窓から差し込む光も日中という以外はわからない。

改めてて部屋を見回して思うのは貴族の家に生まれた実感だ。高級な壁紙や調度品に毛足の長い絨毯、転生前の我が家とは一線を画す品々。これから俺は貴族としての悠々自適ライフが待っている。だが、残念なことに悪役貴族ということでどう考えてもお先真っ暗な転生に素直には喜べない。正直名前も聞いたこともないゲームなので展開が分からない。そういう意味では新作のゲームをプレイする感覚に近い。現実なのでゲームみたく取返しがつかないのは懸念点だが、冷静に考えて一度死んでるのだからこれは余生のようなものだ。必ずしもうまくやりきる必要はない。気楽にいくべきだ。

そう考えるとかなり気持ちが楽になった。知らず知らずのうちにプレッシャーを感じていたのだろう。

異世界転生物のアニメとかだと赤ん坊からやり直すときには体が動かせないので、魔法の練習をしてチート能力を身に付けるというのが一つのセオリーだ。この世界の元となったゲームのタイトルは「俺の彼女はレッドドラゴン」という美少女ゲームらしいが、おそらくドラゴンが出てくるとこから冒険ものの要素はあるだろう。チートでモンスターを倒しまくってモテモテな人生なんてのもあり得る。

ただ、俺の人生にそれが必要なのだろうか。

悪役である俺はそもそもモテてよいのだろうか。

転生先を悪役ブタ貴族と言われたのだから、普通に考えたらモテたらおかしい。今は赤ん坊だからおそらくひどい容姿ではないだろうが、入学(ゲームスタート)までにはしっかり太ってしまうことは約束されているようなものだ。

もし、モテるような努力をすればそれは悪役ブタ貴族ではなくなるのではないか。戦って強くなって、若いから痩せるだろうし、仮に不細工でもそれを覆すほどの強さがあれば貴族ということも相まってモテると思う。だがそれはこの物語上許されるのだろうか。

俺がモテた場合、その分のしわ寄せはどこに来る。一番単純な被害者は主人公であることは容易に想像できる。主人公の選択によってモテなくならるなら仕方ないが、悪役側が努力してモテまくることで選択肢が減るのはおかしい。俺が主人公に転生していればそう思う。悪役に転生した以上はそれに準じたロールプレイをすべきではないだろうか。そうしなければ原作よりもひどい結末が待っているかもしれない。すべてを奪われた主人公が俺に復讐をすることになれば、むごたらしい殺され方も覚悟する必要があるのではないか。

何もかもが分からない今、また不安な気持ちが押し寄せてくる。転生モノで当たり前のように強くなることを意識できている奴はどうかしてる。


考えがまとまらないまま時間が過ぎていき、またおなかが空いてくる。

言葉を話せないので当然ながらおぎゃーと赤ん坊らしく泣き叫ぶしかできない。

そしてまたおっぱいを吸って満腹になったら寝て、おしめが汚れたら泣き叫ぶ。

転生後の悩みはあれど、赤ん坊としての欲求に流されるまま生きていくしかできない。


そうやって何日か繰り返しているうち俺は考えるのを一旦やめた。

今は赤ん坊である以上、何年も先のことを考えて不安になったり、がんばったりしても無駄だ。今はまだハイハイすらできない。なんかこう足を動かしたりは出来るくらいだからやれるような努力はさしてない。それなら下手に頑張るより、赤ん坊として自然に大きくなってハイハイができるようになればいい。それがまずは最初の目標だ。さて、腹もすいてきたのでご飯にするか。

赤ん坊の泣き声が大きく響くと、ベイブのおっぱいタイムが始まる。


今日も一日すくすく育とう。

ブタ貴族確定なんだからいくら母乳を飲んで太ったっていいんだ。

悩みなんて十歳くらいになったら思い出せばいい。

せっかく赤ん坊からやり直せるんだ、子供時代を楽しく生きればいい。


◆◆◆


「いやー、ベイブ様はとても元気に育っておりますな。」


壮年の執事が若き当主でありベイブの父に話しかける。

眠っているベイブを覗き込むように二人の男と当主の妻がベビーベッドの脇に立っている。


「ああ、大事な我が家の跡取り息子だ。新興貴族のドラゴネアス家を名門貴族にするための大事な最初の跡取りだからな。立派に育ってもらわねば困る。」


「まずは病気もけがもなく大きくなってもらわないと。」


当主の妻、ベイブの母は柔和な笑みを浮かべる。


「マリー、心配ないさ、なんせこの竜殺しのアーサーの血を引いているんだ。その辺は心配ないよ。体に関してはちゃんと丈夫に育つよ。そうだろセバスチャン。」


「ええ、それは間違いないですな。レッドドラゴンを狩るほどの男の血をひいていおりますから、それはそれは強い子に育つでしょうな。」


セバスチャンは太鼓判を押すように当主の言葉に応える。


「やはりそう思うか。大丈夫さマリー、時期にハイハイもし出すし、あっという間に立って歩けるようにもなる。しかし、そうなると何歳から剣をおしえるべきか。私は六歳から本格的に始めたが、もう少し早いほうがいいかな。」


「アーサー、さすがに気が早いわ。」


「あっはは、ごめん。」


軽い冗談で会話を弾ませていると、執事のセバスチャンが真剣な面持ちで言葉を発する。


「ですが、ドラゴネアス家はしばらく武家としての立場を求められるでしょう。大した領地もない以上、まずは領地獲得のために強くならねばなりません。戦争もそう簡単に起こるわけではありません。少なくともベイブ様が当主になられるころまでには十分な領地を確保できているかは怪しいですから。」


「それは頭の痛い問題だ。うちは今小さな村3つしかない。領地も隣国と接しているるわけではないからじわじわと広げるわけにもいかない。むしろ隣接している王国管理の森を分けてもらうしかないだろうな。」


「ええ、まずはこれをドラゴネアス家のものとしなければ、竜の住まうその森を手に入れるためにも武力は必要です。王とてこの森を持て余していることは明らかです。だからこそ手に入れる可能性があるのです。」


「まあ、辛気臭い話はここまでにして夕食にしよう。ベイブが起きるまでは乳母たちに交代で見てもらおうか。」


そういうと三人は部屋を後にしていった。























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