第3話
一しきりレクチャーを授かり、湯を出た私は飛鳥の湯泉前のスタンディングバーで冷えた甘酒をなめた。
「恋すればしみじみとひとり」
彼女に捧げる句を頭に浮かべにやにやする僕はさぞや気持ち悪かったであろう。
【第3話】
翌日。
美術史の授業を終え、クラブ棟に入る彼女を見つけ後を追った。部室に入った彼女をそうっと覗く。中には数人の部員。俳句を諳んじ、解釈で盛り上がっている。ううむ、私もあんな風に話してみたい。
「君、俳句に興味あるの?」
不意に声を掛けられた。
振り返ると妙にひょろ長い男が立っている。
「よければ入ってくれたまへ。見学は大歓迎だ」
いやに気取った物言いに「結構です」と言いたくなる。
「はい、是非」
彼女への想いは私のプライドにまさった。
私は招き入れられ、皆に挨拶をした。
そこにいたのは部長の山田と副部長の赤津、そして彼女だ。私に気づいた彼女は、にっこり微笑み会釈してくれた。幸か不幸か、彼女以外誰も私を覚えていなかった。壁を見ると、漱石や子規、「種田山頭火」「高浜虚子」等の句の入ったポスターが貼ってある。
「君は誰が好きなの?どの句が好き?」
聞かれてパッと口をついたのは昨日聞いた「銭湯をいづる美人や松の内」だった。
皆、「やっぱり子規はいいよね」「若干季節ハズレだけど」などと言っている。好感触にホッとしていると「湯上りは皆美人に見えるものな」と赤津が言う。
あれ? そういう意味なのか?
彼女を見ると、何やら複雑な顔をしている。
まずい。
「あ、あの!皆さんご存知ですか?道後温泉にいる漱石さんと子規さん?」
矛先を変えるべく、私は言った。
「何のことだ?」
「イベントでもやるのかい?」
「本物です! いや、本物同然の再現度というか」
彼女をちらと見ると、ハッと目を輝かせている。
「それは是非、紹介してもらいたいね」
「ええ、近いうちに」
私は退散し、偽漱石氏の元へ向かった。
私は浴場に足繁く通って講義を受けた。他の客は大抵怪訝そうに我々を見る。時折「偽子規氏」も現れた。偽漱石氏と共に「鰻は奢りに限る」「ご母堂の松山鮨が懐かしい」などと楽しそうに話す。
「今度お礼にご馳走させてください」私が言うと、
「気持ちだけ頂いておこう」
「我々は湯を離れられないのだよ」
と、渋い顔をする。
「親善大使も大変ですね」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。私も笑った。
【つづく】
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