第一章

005 (約4700文字)


ハンツマンに行った日から三日が経った。


あの日シャーロッテに会ったことをきっかけに記憶を取り戻した。いや、ルークの記憶を貰った、が正しいのか?


時間があるときに様々な記憶を思い出している今では、俺とルークの境界線が曖昧になってきているような気がする。

今の俺は俺なのか、ルークなのか、それとも新しい人格なのかなど、あれやこれや考えてしまった。


とはいえ、考えてもきりがないので我思う故に我在り精神でいくことにした。


そんなことは置いておいて、やはり記憶があるって素晴らしい。自分の部屋でさえ、どこにあるのかいまいち分からなかった三日前までの俺が、どうやって生活していたのか分からないぐらいだ。


でも欠点で言えば、対象について思い出そうとしないと思い出せない所。


その欠点のせいで俺は、三日前王城から帰ってきたときにエディスにやらかしてしまった。


でもあれはしょうがなくないか?こちらに向かって両手を広げているんだぞ?誰が頭撫でるんだよ。


これはあいつが悪い。あいつが以前から素直にエディスの頭を撫でていればこんなことにはならなかった。


自らの間違いに気づいた時にはもう遅く、苦し言い訳をしたらエディスは仕事があるとか言って走って行ってしまった。エディスは専属メイドだぞ?俺を置いてどこへ仕事しに行くんだよ……。


完全に嫌われた。しかも小声で何か言っていたんだ。多分「やめてくださいセクハラです!」とかだろう。


あれから妙に避けられてるし、ショックだ……。記憶では結構良い信頼関係を築けていたんだけどな。


それにエディスの過去、彼女がここに居る理由も思い出してしまったし。


やめだやめ。朝から気分が落ちることは考えないでおこう。今からハンツマンに行かないといけないからな。



――――――――――――――――――――――



ハンツマンに着いた俺は三日前と同じ扉を開いた。


「やっと来たかルーク」


部屋に入るとナサニエルの他に二十代前半ぐらいの男と女が座っていた。


「待たせてすまない。この二人が今回のチームか?」


「ああ、そうだ。早速紹介から始める。男の方はサイラス、スカウトされた元傭兵で君と同じ外部エージェントだ。まだ若手だが非常に優秀だ」


サイラスは長身で身体は鍛えられていることが分かる。スキンヘッドにその鋭い眼光は、後頭部にバーコードがあるどこぞのヒットマンを思い出す。


因みに情報局には、作戦部の下に諜報課、防諜課、特務課があり、特務課は書類上ナサニエルのような作戦担当官しか在籍していない。実質的なエージェントは外部エージェントと呼ばれ、情報局からの依頼という形で任務を受けている。


「サイラスです。10代の頃はグリフォン傭兵団に所属していました。イグニス王国の陰の英雄と言われるボスに会えて光栄です」


「影の英雄?」


「そうだよ?かっこいいじゃないか。君に似合っているよ(笑)」


会うたびシバきたくなる奴だな。


「ちょっと待ってくれよ、最初に言い始めたのは長官だからね?」


シャーロッテには話を聞かないといけないみたいだな。影の英雄とかかっこよさより羞恥心が勝るんだが。


「で、もう一人がソフィアだ。情報局の育成機関出身で、今は諜報課にいる……まぁ若手ではないが非常に優秀だ。サイラスと同じくクラスXの任務は初めてになる」


任務は、危険度や情報の機密性など様々な観点から総合的にクラス分けされており、上からX、A、B、C、Dだ。基本的な情報収集などはDクラスにあたり、Xクラスになると任務の成否が国家の存亡に関わる。


つまり、今回はそれほど重要な任務ということだ。


ただ、もう少しベテランでチームを固めると思っていたんだが。戦闘力重視なのだろうか。


「うるさいわね、サイラスとそんな変わらないわよ。それに30歳のおじさんに言われたくないわ」


「違うちがう、キャリアの話だよ。君はキャリア的には中堅だろう」


「ソフィアよ。よろしくね。あ、よろしくお願いしますがいいかしら」


「無視かね」


仲がよろしいことで。


ウェーブがかかった長いダークブロンドの髪はお姉さん的な印象を感じる。平均的な身長で女性らしい体格なので、一見すると普通の女性のようだが、感じる魔力と身体の動かし方からは一般的な騎士が束になっても相手にならないことがよく分かる。


「ルークだ。よろしくソフィア、サイラス。敬語は使いづらかったら別に使わなくても構わない」


「では、時間もそれほど余裕がないので早速ブリーフィングを始める」


「ああ」「ええ」「了解」


「まず時間に余裕がなくなった原因だが、3日前にデーモンコアの推定位置であった帝国古代遺物研究所が謎の集団に襲撃されデーモンコアも奪われた」


「帝国と我が国以外にデーモンコアに気付いた国が?」


俺の紅茶を淹れてくれながらサイラスが聞いた。


「その可能性もある。研究所を監視させていた諜報員によると、襲撃者達の侵入経路は不明で、警報から1分後に逃走するところを確認したらしい。研究所はかなり警備が厚いが、襲撃者達の人数はおそらく10人以下だ。かなりの腕であることが分かる」


「内通者がいる可能性を考えるべきね」


「ソフィア君と同じく私もその可能性が高いと考えている。それで、研究所を監視していた諜報員だが」


お、この紅茶うまいな。


「デーモンコアを追跡した方が良いと判断し、襲撃者達を追ったものの途中で撒かれてしまったようだ」


「情報局の諜報員はかなり優秀のはずだが?それを撒くとは何処かの国の組織である可能性が高いか。または雇われた腕のいい傭兵か。デーモンコアの現在地についての情報はまだないのか?」


「それが今朝、帝国の大手商会に潜り込ませている諜報員から情報が入った。どうやら商会の代表がデーモンコアらしきものを買い取ったと」


「順当に考えればその商会の代表が傭兵を雇ってデーモンコアを奪った、でしょうか」


「サイラスの言う通りであれば、何のために奪ったかが気になるな。分析課はなんと?」


分析課は諜報員から上がってくる情報を用いて、重要人物の趣味嗜好から思考傾向まで細かく分析し、細かい人物像をつくるのも仕事のひとつである。


「この商会がなかなか厄介でね、商会代表の警戒心が高く、近くまで潜り込めていないんだ」


「デーモンコアを奪った目的が分かるほど分析が進んでいないのか」


大手の商会は、基本的にインテリジェンスに対する意識が高い。商品の価格動向、需要などの市場情報から、交易路における盗賊団の活動状況、各地域の政治状況、関税などまで様々な情報を収集し分析している。扱う情報によっては商会の未来すら左右するのだ、当然防諜力も高くなる。


とはいえ、国家情報機関に対抗できる防諜力を持った商会はなかなかいない。


「そういうことだ」


紅茶を飲んで一息つくナサニエル。


「ということで事態は急を要する」


「明日には出発か」


「サイラスとソフィアも問題ないな?」


「問題ありません」 「ええ」


「次は重要人物の確認に――」



――――――――――――――――――――――――――



ブリーフィングを終え、来た時とは違う格好でハンツマンを出ると小雨が降っていた。


因みにハンツマンの地下にある会議室は様々な秘密通路で繋がっており、ナサニエル達はそれぞれ別の場所から出ている。


今日はいつ終わるか分からなかったので、ウィンストンは待たせていない。それに多分今日はあの日だろうしな。


俺は最大限警戒しながら館に帰る。




何事もなく着いたことに違和感を覚えながらも、門番に「雨の中ご苦労」と言いながら庭園に足を踏み入れる。


(――ッ)


俺は思考する間もなく屈んだ。


先程まで自分の首があった場所で空気を切り裂く音を聞きながら、頭上にある短剣を握った腕を見ずに掴む。


そして全力で前に投げ飛ばした。そのまま追撃のために前進しようとするが相手は投げ飛ばされながらも、執事服の内側から取り出した別の短剣を投げてきた。


寸分の違いなく心臓に投げられた短剣を、後ろが外壁であることを確認し、右に半身ずらすことで避ける。


一瞬の後、短剣が当たったとは思えない音をたてて外壁が欠けた。


(あの体勢から投げた短剣の威力じゃねえだろ。精度もおかしいし)


瞬時に視線を戻すと、視界の右端で短剣の反射する光が一瞬見えた。


俺は考える間も無く右足を軸にし、回し蹴りで短剣を持った手を横から弾く。そのままの勢いで相手の懐に入る、と見せかけ横をすり抜けると同時に、後ろにまわり背後から首に手刀をおいた。


「素晴らしいです、ルーク様。以前よりも更にお強くなられましたか?」


「そうかもしれないな、ウィンストン」


そう、突然襲ってきたのはウィンストンである。俺は数日に一度ウィンストンに鍛錬の相手をお願いしている。それに、毎回奇襲するよう言ってある。


「それにしても流石死神と呼ばれた男だな」


「おやめください。この老骨には少々恥ずかしいふたつ名です」


ウィンストンはイグニス王国秘密情報局の前身となる組織、国王直属の暗部、デスナイトのトップであった。死神とは 当時のウィンストンを知る者達が畏怖と尊敬によってつけた二つ名である。


加えてウィンストンは王国秘密情報局の初代長官だ。


「あの短剣の投擲は、追撃の牽制だけでなく接近するための視線誘導か?」


「その通りです。ルーク様であれば投擲した短剣は避ける可能性が高いと推測できます。そして短剣を心臓に投げることによって避ける為に身体が左後方にずれ、視線も必然的に左にずれます。その隙に右からまわりました」


「ふむ。短剣を避けるのではなく弾く方が最適解だったのか?」


「左様です。それか、私から目を逸らさずに避けるのがよろしかったかと。それ以前に私を投げ飛ばして距離を取らせたことが悪手であったとも言えます」


「やはりウィンストンから学ぶことは多いな」


「相手によって使う手を変えることは重要です。とは言っても、私は魔力を使っていますがルーク様は使わずにこれなのです。魔力を使えば大体の小細工は真正面から粉砕できるでしょう」


「それじゃあただの脳筋じゃないか……」


「のうきん、ですか?」


「あー、レオナルド団長みたいな人のことだよ」


ルークの人間関係に関する記憶を思い出している際に、これで騎士団長が務まるのかと衝撃を受けたのは忘れられない。


「成程、教えていただきありがとうございます」 


あの、筋肉でものを考えているような人になるのはお断り願いたい。


「あ、そうだ。任務には明日出発する」


「なかなか急ですな」


「昨日事態が急変した。他の面々にはいつも通り伝えるように」


「承知しました」


任務の際にはいつも、騎士の仕事で居ないとエディスや他の使用人、来客などに伝えている。


「あ」


エディスがタオルを持ってきてくれたのでありがとうと言おうと思ったら、顔を見る間も無くUターンしてしまった。

ショックで固まっていると、ウィンストンが目を細めながら口を開いた。


「やはりエディスと何かあったので?」


「え、やはり?」


「二日前ぐらいからエディスの様子がおかしいのです。仕事中もぼーっとしてますし、昨日の夜なんてルーク様に空のティーカップを出そうとしているところを慌てて止めましたよ」


「そうか……任務から戻ったら一度しっかり話し合うことにしよう」


「心当たりが?」


「あぁ。多分あれで嫌われた」


「嫌われた、ですか?」


思わず溜息をついてしまう。


「ふむ。これは確かに話し合ったほうが良さそうですね」


過去最高に長い溜息をつく俺を横目に、何かを理解した様子のウィンストンが何か言っているが耳に入らない。


明日から任務だというのに気が重い。

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イグニス王国秘密情報局 冬木 慧 @ilex_gg

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