004 (約4000文字)

< Emily's perspective >


ルーク様方が出て行かれた扉をゆっくりと閉めて振り返る。


「はぁ、先程ルーク様が来た時の凛としたシャーロッテ様は何処に行ったのですか」


先程とは別人のように机の上にだらんとしているのは、私の主であるイグニス王国第二王女シャーロッテ様です。


「だってルーク君が心配なんだもん」


はぁ。いつもは王女にふさわしいお方なのに、ルーク様の事となると急に普通の少女になってしまうところには非常に困っています。

とはいえ私も心配です。あのルーク様が倒れるところは初めて見ました。


「やっぱりあの任務は他のエージェントにしない?」


「何言っているんですか。ルーク様以外にあの任務が務まるとお思いですか?」


私エミリーはシャーロッテ様の専属近衛騎士ですが、イグニス王国秘密情報局の長官補佐官も兼任しています。なのでルーク様がエージェントだという事は知っています。


「それは……。セオドアとかは?」


「彼ですか。実力的にはルーク様に及んでいるかもしれませんが、如何せん人格に問題があります」


「はぁ」


「その話はもう終わりです。それよりもあの話をせずにルーク様を帰してしまってよかったのですか?」


今日わざわざルーク様を呼んだのは、同盟国の皇太子殿下から結婚の話が来たことを伝えるためでした。


「また今度……」


別に結婚の話はルーク様に伝えないといけないわけではありません。そもそも伯爵家であればいずれ耳に入る話でしょう。


それでもシャーロッテ様がルーク様に話そうとしているのは、ルーク様が止めてくれるかも、と期待しているからなのでしょう。


「断るのであれば、それなりの理由を国王陛下に話さなければなりません」


「……別に断るとは言ってないわよ」


私がシャーロッテ様の専属になったのは、ちょうどシャーロッテ様がルーク様と出会う少し前でした。


「……僭越ながらあなたの友人として言わせてもらいますが、彼に話したところで止めてはくれませんよ」


「え……」


ずっと隣で見てきた私は、シャーロッテ様がルーク様にどのような気持ちを抱いているか知っています。


「あなたは分かりやすいです。彼に向ける言動はきついことが多く素直ではありませんが、言葉の端々に気持ちが溢れています。それに自分では気づいてないと思いますけど偶に素が出てますよ?」


「っ……」


「そんな分かりやすいあなたに、彼は気づいていません。いえ、彼は真面目な方です。あなたの騎士としてそのような感情を抱かないように自分を制御しているのでしょう」


ルーク様は傑出した騎士でもあり、非常に優秀なエージェントです。自分の身体や感情を制御することには極めて優れています。実際、私は他人の感情に敏感だと自負していますが、ルーク様の感情は読みづらいのです。


しかし、先ほどルーク様の意識が戻った際に自分の頭を抱えるシャーロッテ様に一瞬、動揺したのを私は見逃しませんでした。勿論すぐに冷静な顔に戻りましたが、これまでシャーロッテ様の前ではしなかった表情をしたのです。


これはシャーロッテ様にとってチャンスだと考えています。だからこそ今は厳しくしなければいけません。


「だからこそ、あなたの騎士である彼があなたを止めることはありません」


シャーロッテ様はすごく悲しそうな顔をしていて申し訳なくなります。


「……だったらどうすればいいのよ!」


「素直になるのです」


「無理よ……ルーク君を前にすると思っていることと違うことを言ってしまうのに。さっきだって、「あなたが心配だから今日は帰って休んで」って言おうとしたのに口から出た言葉は「任務に支障をきたすから帰れ」なのよ?あなたにはどれほど苦しいことか分からないでしょうね!」


唇をかみしめ、こぶしを握りしめる姿からはシャーロッテ様がどれほど悩んでいるのかが伝わります。


「私は知ってます。シャルがルーク様と話した日の夜は後悔して一人で反省してます。ひどいときは涙を流していますね」


「なんで、知って……」


「シャルと何年一緒にいると思っているんですか。それに私はあなたより3つ年上ですよ?シャルは妹のようなものです」


シャーロッテ様の目から涙がこぼれてしまいました。シャルと呼ぶなんて久々です。


「このまま結婚の話を受けるとシャルは一生後悔してしまいますよ?私も手伝うので一緒に頑張ってみませんか?」


「でも……今更素直になってももう遅いわ。会うたび毎回ひどいことを言っているのに嫌われてないわけないでしょ」


「彼が本当にシャルを嫌っているのなら、何故シャルの騎士を辞めないのですか?」


「それは、騎士の誓いがあるからで……」


「本当にそれだけだと思っているのですか?」


「え?」


「昔、あなたに言わないよう彼には口止めされていましたが、シャルのことを優しい子だと言ってましたよ。シャーロッテ様でなければあの時誓いをすることはなかっただろう、とも」


シャーロッテ様は涙で濡れた瞳を驚きに染めています。


「わかりましたか?あなただから騎士をやっているのです」


「うん」


「頑張る気になりましたか?」


シャーロッテ様は決心したように顔をあげました。


「……エミリーには敵わないわね。ベアトリス姉さまより姉の様だわ」


ベアトリス様は素晴らしく聡明な方ですが少し抜けていますからね。


「家族のような私には、素直になれるのです。ルーク様も家族だと思って喋ってみては?」


「……家族」


惚けた顔で頬を染めるシャーロッテ様。


「あー、私は兄や弟の方をイメージしてほしかったのですが」


「……わ、わかってるわよ!」


分かってなかったようです。



――――――――――――――――――――――



< Edith's perspective >


「お帰りなさいませルーク様!」


私はオックスフォード伯爵家嫡男ルーク様専属メイドのエディスです。私にはもったいない立場ですが、ルーク様に与えられた仕事なので頑張っています!


「ただいまエディス」


「以前もお優しかったですが、最近のルーク様は優しいですね!」


最近のルーク様は優しいです。前から優しかったですが最近は以前よりも分かりやすいような気がします。


「ん?」


伝わらなかったようです。


「なんでもないです。それよりも聞いてください!今日やっと使用人長に合格を頂きました!」


「すごいじゃないか。これで名実ともに上級使用人だな」


使用人にも階級があります。使用人達のまとめ役である使用人長の下にメイド長や執事、侍女などの上級使用人。その下に家庭教師や庭師、料理長などの中級使用人。その下に多くのメイドや料理人などの下級使用人になります。


専属メイドである私は名目上は上級使用人でしたが、使用人になって日が浅かったので名ばかりの上級使用人でした。しかしそれではルーク様に恥をかかせてしまうのでこの二年間必死に頑張ってきました。

そして今日、上級使用人として認められたのです!


「もっと褒めてください!」


「もっと?」


いつも冷静な顔をしているルーク様が困惑した顔をしていておもしろいです。


頭を撫でて褒めてほしい私は、無言で両手をルーク様に向かって広げました。いつも普通に撫でてほしいと言っても「考えておく」とか言われて、してくれないです。


でもこうすると毎回ハグはしてくれませんが、仕方なく頭をなでてくれます。これは本来より敢えて高い要求をする高度な交渉術です!やっぱりルーク様は不思議なかただと思――


私は突然のことに、驚きで心臓が一瞬止まったように感じました。


いつもなら頭をなでてくれる手は、私の背後に回りそのまま私を抱きしめたからです。自分の顔が火を噴くように赤くなっていくのが分かります。私はかすれた声でルーク様に聞きました。


「……え、な、なんで」


「なんで?……あ」


ルーク様は何かを思い出したかのような後に一瞬頭を抱えたそうな表情をしましたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻りました。


「……すまない。エディスは私のためにいつも頑張ってくれているから感謝を伝えたくてな。嫌だろうからすぐ離れよう」


私に感謝などやめてください。私がしてもし足りないくらいです。


私は3年前に聖王国の北にある大森林でルーク様に拾われました。大森林でさまよっていた理由は色々ありますが、当時はそのまま魔獣に食べられて死んでしまっても構わないと思うぐらいには生きる気力を失っていました。

拾われてすぐの時は何に対しても無気力無感情で、ご飯も手につきませんでした。そんな私にルーク様は根気強く手を差し伸べてくれました。


ルーク様の事をよく知らない使用人の方々はルーク様の事を冷淡だとか、冷たいお方だと言いますが、ルーク様ほどやさしい御方は知りません。


それから、拾われて一年後にやっと生きる意味を見出した私はルーク様に恩を返すため、この命が尽きるまでお仕えすることにしました。その時から自分がルーク様に深い敬愛と忠誠心を持っていることは自覚していました。


心臓の鼓動が耳元で大きく響き、頭の中は真っ白です。永遠とも思える時間を抱きしめられているのかと錯覚しそうになった時、ふと背中に回された腕が離れていきました。


「ぁ……」


ルーク様は「嫌だろうから」と仰っていましたが、わたしは……


「い……嫌じゃない……です…………し、仕事を思い出したので失礼します!」


これ以上ルーク様の前にいると心臓が止まってしまうような気がした私は走って逃げてしまいました。


もちろん仕事なんてありません。専属メイドに主人の傍に使えること以上に重要な仕事などないです。


離れた今でも顔は火照ったままで、心臓は壊れるほどに鼓動しています。


走ったからでしょうか?いつもこれぐらいでしたっけ?あれ?頭が混乱しているような気がします。


次からルーク様とどのような顔をしてお話ししたら良いのか分かりません。


どうしたら良いんでしょうか……。

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