003 (約4800文字)

「気が付いたか?」


「ん?」


果てしなく白い空間だ。そして目の前には俺が立っている。


いや、本物のルークか。

青い目に白銀の髪、冷淡そうなその顔はここ一週間ほどで見慣れてきた顔だった。


「いや、君は私でもあるし、私は君であると言えるだろう」


よく分からん。


「まあ私の推測だがね」


本物のルークはなんか年齢の割に大人っぽいな。というか心の声が読まれているんだが。


一体全体どういう状況なんだ?


「そろそろ説明しよう。時間がなくなってしまう」


「頼む」


もしかしたらこの世界に来た理由が分かるかもしれない。


「先ほども言った通り時間がないので、君がこの世界に来た理由から話そう。あくまで推測だ」


「ああ」


「まず、途切れとぎれにしか中から見ることが出来なかったんだが、私の前回の任務についてはネイサンから聞いたか?」


「確か帝国から機密文書を取ってきたんだよな?」


「そうだ。実はその時に皇帝顧問団筆頭のリヴァイアという奴に見つかってしまったんだ。因みにリヴァイアは帝国のナンバー2と言われている男で、帝国最強の個とも言われている」


「よく生還できたな」


「いや……その時には既に瀕死だったと言えるだろう。奴と対峙したのは数分だったが、一度斬られてしまったんだ」


「ん?でも俺がこの世界に来た時は無傷だったぞ?」


「斬られた時、何故か奴の剣は身体をすり抜けるように斬ったんだ。恐らく、その時に私は魂を斬られたのだと思う」


「魂?」


「そうだ。その後奴に一撃入れて隙をついて逃げたが、帰還中に違和感を覚えた……聞いてもよく分からないだろうけど、時間が経つ程に自分が自分じゃなくなっていくような感覚があった」


つまり……


「……なるほど、魂か。コップにヒビが入って水が少しずつ流れていくようなものか?」


「察しが良くて助かる。ありえないとは思いつつも私も同じ様に考えた。なにせ魂にを斬れる剣など神話上の武器だからな。とは言っても嫌な予感がした私は自分の身体を隅々まで魔力で覆った。それも全力でな」


「どうなったんだ?」


「君のように例えると、コップのヒビを魔力で無理やり塞いで流れる水を止めていた状態だったのだろう。だが、それでも水は少しずつ流れて遂にほとんど無くなってしまった、それが――」


「――俺がこの世界に来た日か」


「そういう事だ」


「でも何故俺がこの世界へ来たことに繋がるんだ?」


「私の推測では、魂を魔力で強固に覆った事が原因だと考えている。魔力で魂の型だけ残ってしまい、その無理やり維持された魂の型に合う他の魂が異世界から呼び寄せられたのか、と。君には申し訳ないと思っている」


ルークは此方が申し訳なるほど深く頭を下げている。だが、俺はこの世界に来たことに対してさほど負の感情をいだいていない。それどころかかなり楽しんでいる。


俺はルークの肩を押して頭を上げさせた。


「いや構わないさ。どうせ向こうには思い残した事とか無いしな」


「ありがとう。そう言ってくれると救われるよ」


「いいって。……にしてもルークの魂の型に入った俺の魂か、確かに俺はルークだしルークは俺とも言えるな」


「そういうことだ、やはり話していて思ったが私と君は似ている」


「俺も双子の兄弟と話しているような感覚だ。まあ無数にある魂の中で形が最も似ている魂と考えれば当然かもしれないな」


「当然か」


ルークは微かに笑いながらそう言った。


「ん?そういえばルークの魂は型だけだよな?なんで俺と喋れるんだ?」


「完全に0というわけじゃないんだ、ある程度器に魂の残滓が残っているはずだ。君が私の記憶なしにルークを演じられたのもそれが原因だと考えている」


「あー、なるほど。この世界に来てすぐの時ウィンストンの名前を言い当てたのも謎だったけどそういうことだったのか。礼儀作法とかも色々助かったよ」


「剣術の鍛錬をみたけど、君は多分才能があるね。記憶だけで以前の私より強かった」


「え?俺、剣道とかやったことないけど」


「けんどう、が何か知らないけど君のは天賦の才だよ。私は身体能力や基本技術にはそれなりに自信があるが才能がなくてね」


天賦の才と言われてもいまいちピンとこない。


「因みにどんな才能なんだ?」


「そうだな」


「今後も頑張るよ。それより何でこのタイミングで会話出来るようになったんだ?」

 

「恐らく君が倒れる前に見た少女が原因だと思う」


「王女様か」


「シャーロッテ様は小さな頃に誘拐された事があってね。その時たまたま近くに居た私もついでに誘拐されたんだ」


「ついでって」


「まだ幼かったシャーロッテ様は監禁されている間もずっと泣いていて、最終的には絶望で心が壊れる一歩手前まで行っていた。それを見ていられなかった私はある誓いをしたんだ」


「……ちょっと待ってくれ、何か思い出せそうだ」


気を失う前と同じモヤモヤとした感覚に襲われたが、今なら思い出せるような気がした。


「騎士の誓い……か?」


「そうだ。やはり私の記憶を引き出せなかったのは、魂が身体に馴染んでいなかったからかもしれないな」


「……ルークの記憶か」


ルークの記憶をまるで自分が体験したかのように思い出せる。


「私の記憶を思い出せるならもう分かるだろう?」


えーと確か――


「騎士の誓いは一生に一度であり、誓うことにより騎士神アルトリウスの加護を得ることができる」


「ああ。今では慣習と化し加護については無いとされているが、騎士の名家であるオックスフォード伯爵家では、本来の儀式方法を言い伝えてきた」


「でもオックスフォード家では成人後にやる儀式……じゃないのか?」


「その通りだ。なぜ成人後かというと――」


「―― っ」


全身を突き抜けるような激痛、まるで自分のものではないように動く手足、おさまらない荒い呼吸、それらが鮮明に頭を貫いた。記憶だと言うのに体が震えてしまう。


「すまない、記憶を辿ってしまったか。君が見たようにシャーロッテ様に騎士の誓いをしたのち、私は突然の激痛にのたうちまわった。それが成人後に誓いをする理由、騎士の加護に身体がもたず何より精神的な危険性が非常に高いからである」


騎士の誓いについて教わった時の記憶をたどると、「成人前に騎士の誓いをすると、ほとんどの場合で身体と魂が保てず身体が砂の様に崩壊する」と忠告を受けたことを思い出した。


「……どんだけ危ないことしてんだよ」


「万策尽きてたからね。最後の手段を使わざるおえなかったんだよ。シャーロッテ様には私の覚悟が伝わったようで、希望を持ち続けてくれた。あの様な状況下では希望を持ち続ける事が出来るかどうかで生存率が大きく変わるからね」


「確かに遭難とかでも生存率に関わるって聞いた事あるような気がしなくもない」


ルークもシャーロッテも危なかったなぁと思っているとあることを思い出した。


「そういえばシャーロッテ王女とルークは幼い頃に会っているんだったな。幼馴染っていえるのか?」


「シャーロッテ様が私のことを友人だと思ってくれているのであれば光栄なことだ。だが、幼馴染と言えるほど長い時を二人で過ごしたわけではない」


脳裏には王城の庭園で目の前の小さなシャーロッテと話している記憶が浮かんでいた。


「そんなもんか。たしかルークは騎士団長の父について王城に結構行ってたんだよな?それで何回目かの時、庭園で迷子になっているところを、たまたま教育係達から隠れているシャーロッテと会ったんだっけか?」


「懐かしいな。私は同い年の友人が初めてで、それから王城に行く度に隙を見ては話をしにシャーロッテ様を庭園に探しに行ったものだ。……そういえば彼女はよく王女になんてなりたくなかったと話していてね。騎士の誓いをしたのはシャーロッテ様だったからというのもあるかもしれない」


「へー……誓いの内容って何だっけ?たしか――」


誓いの内容を思い出そうとするとルークが突然無表情になった。


「――思い出さないほうがいいんじゃないか?記憶でも激痛は嫌だろう」


ルークと俺が似ているならこの場合思い出した方が面白いことになるだろう。


「たしか……「貴女がよく話してくれた、物語の騎士に俺がなりましょう。貴女に忠誠を捧げ、永遠の守護者となる事を誓います」だったか?」


俺はニヤニヤしながらルークにそう言うと、ルークは軽く眉をひそめ腕を組んだ。


「あ、あー。すまない急に耳が聞こえなくなった様だ」


それを見て堪えられなくなった俺は腹を抱えて笑う。

 

「くっ、お、おまえ、まるでプロポーズじゃないか」


「そんなに笑わなくてもいいだろう、あの時は私も幼なかったのだ。それに落ち着け、そろそろ時間だ」


一通り爆笑して満足した俺は深呼吸して会話に戻った。


「ふー、時間?目が覚めるのか?」


「そうだ。向こうでは多分10秒程度しか経っていないだろう」


「ルークとはまた喋れるのか?」


「分からない。まあ、君もルークだから自分と話していることになるがな」


そうか。俺はルークなのか。記憶がある今、自分がルークだと言われても違和感がなかった。


「そうだな。まぁでも喋りたいさ」


「そうか、なら私も頑張ろう」


「じゃ、またな」


「ああ、また」


どちらともなく手を差し出し握手をする。同時に薄れていく意識の中あいつの声が再び聞こえた。


「あ、最後にひとつ言おう」


「ん?」


「君は私だ。つまり騎士の誓いをしたのは君でもある」


あ。


最後になんてこと言うんだ。俺は目を覚ました後どんな顔でシャーロッテと喋ればいいんだよ。


「おま、え」


消え行く意識で最後に視界に入ったのは、仕返しをして満足そうな顔だった。



――――――――――――――――――――――




意識が戻ってきたが、周りが騒がしい。


「――ク!ルーク! ウィンストン!ルークは大丈夫なのよね!?」


「落ち着いてください!いま診てみますので、エミリー殿は治癒士を呼んできてください」


「はっ!」


大ごとになってしまう前に止めないと。


「ま、待て、私は大丈夫だ」


「ルーク様!大丈夫ですか?」


「ああ、少し疲労がたまっていたようだ」


「だ、大丈夫なの?」


頭上からは震えているが聞き覚えのある声。ん?頭上?


今、俺は床に倒れている。身体の左側をみるとウィンストンがいる。ということは俺の頭を抱えているのは?


視線をゆっくり上に向けると、真紅の髪とエメラルドグリーンの瞳が視界に入った。眉を曲げ、潤んだ瞳でこちらを見つめているその姿は――


(――綺麗だ)


記憶とは比にならない程の美しさに、俺は時が止まったかのように視線を動かせなかった。


ふと、あいつに別れ際言われたことを思い出した。俺は慌てて体を起こしながらシャーロッテの方を向いて片膝をついた。


「失礼しました。シャーロッテ様」


「あ……い、いえ、別にあなたを心配していたわけではないわ。……あ、あなたが早く頭をどかさないから服にしわが付いちゃったじゃない!」


(うおっ、急に大声出すなよ。情緒壊れてんのか)


いや、照れてる?軽くシャーロッテの記憶を見た感じだと、優しいけど素直じゃない子、のような気がする。


「それは申し訳ありません。でも、ありがとうございます」


涙目になっているところを見ると、結構心配してくれたのかもしれない。どのような人であれ感謝はしておかないとな。


「何に対してのありがとうか分からないわ。さっさと立ちなさい」


シャーロッテはそっぽを向いてしまった。やっぱり怒っているのだろうか。記憶ではいつもこんな感じだったような気がしなくもないが。


改めて俺はやはり人の感情の機微を捉えることが苦手だ。相手が心の中で何を思っているのか、どういう気持ちでその言動をするのか。


「もう今日は帰って。任務に支障をきたしてもらっては困るの」


それでもひとつだけわかることがある。俺に向けるその瞳は、心配で微かに揺れている。やはりシャーロッテは記憶通りの優しい子だ。


心配させるのもあれなので素直に帰ることにした。そういえばなんで呼ばれたんだろう?


「申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます」

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