002 (約3100文字)
「待っていたよ、エージェントルーク。それとも、お待ちしておりましたルーク様、が良いかな?」
部屋の中では、白に近い金髪をきれいに整えた30代ぐらいの男が一人紅茶を飲んでいた。
「だいたいさ、君はうちの情報部では優秀な外部エージェントだと有名だけど、実はオックスフォード伯爵家のご子息だと知っているのは、局内で僕を含めても両手で数えられる人数だけだからね?任務を依頼する僕の身にもなってほしいよ」
「そうか」
俺が伯爵家子息であることを気にした態度には見えないんだが……。
というか優秀な外部エージェントとか聞こえた。上級貴族の子息が実は情報機関のエージェントです的なノリか?
ははっ、まさかな。
……あまり冗談を言っているような顔じゃなさそうだ。王国の秘密情報局から依頼だというから貴族の息子として何か協力するのかと思ったら、本当にそのまさかなのか?
「待たせてしまったか?」
「いや、紅茶を
皮肉だろうか。まあいいか。
この人が情報局の特務作戦担当官とかいうナサニエルだろうな。
「それで、任務内容は?」
「相変わらずだね君は。少しは僕との会話を楽しんだらどうだい、紅茶でも飲みながらさ」
「それ以上紅茶を飲んだら、トイレに行きたくなって会話どころじゃないだろう」
「君に依頼するときは毎回紅茶をつい飲み過ぎてしまってね、僕は容量がある方だから問題ないよ」
ナサニエルがどういう奴かは十分わかった。
「……任務内容は?」
「こいつはダメだ、みたいな顔をしながら天井を見上げないでもらってもいいかな?」
「……」
「わかったわかった、生産的な会話をしよう」
「非生産的な会話だという自覚はあるのか……」
「……それで任務内容だが、前回の任務を覚えているか?」
「ああ」
中身は記憶がない別人なんですとは言えない。
「一応、軽い確認だが、前回は帝国の不審な動きについて情報を得るため帝国の中枢まで行って機密文書探ったな? だが、多くの固有名詞にコードネームがつけられていてほぼ意味が分からなかった。よって私は調査任務を一時的に停止し、君が持ち帰った機密文書の解析と分析を優先させていた」
「そうだな」
「まぁ私としては帝国でもっと情報を集めてもらおうと思っていたんだが、あまり君を危険な目にあわせていると長官に怒られてしまうのでね」
「私が伯爵家の長子だからか?」
危険ってことを理由に辞退出来ないかな?
「……いや、もう少し個人的な理由だと思うけど」
「そうか」
「……話を戻すが、数日前にある程度解析が進んで内容が少しずつ分かってきたんだ」
「どんな情報が?」
ナサニエルはらしくない深刻な表情をして口を開いた。
「それが、デーモンコアの存在を確認しそれを追跡しているらしい」
「デーモンコア?」
思わず聞き返してしまった。
「そうだ。まあ知らなくてもしょうがない、なにせ神話上の遺物だと思われていたものだからね」
「ふむ。どんな力が?」
「異界から悪魔を呼び寄せるというのが神話上のデーモンコアだ。帝国は追跡しているデーモンコアも同等の能力を持っていると考えているらしい」
内容がファンタジーすぎて頭に入ってこないんだが。
「それを使って何をしようと?」
「そこは機密文書を解析しても出てくるか分からないね。分析待ちだよ」
ナサニエルは首を振りながらそう言った。
「ただ」
「ただ?」
「神話研究者の話では、悪魔は精神生命体らしく、この世界に顕現するためには生贄が必要らしい」
「人間の生贄か?」
「いや、ヒューマンでも他種族でも知性がある程度あれば何でもいいらしいが、生贄が強ければ強いほど悪魔も強くなると言っていた」
「なるほど。しかし、悪魔を呼んだところで制御できるのか?」
「それは僕も気になってね、神話研究者に聞いてみたんだ。生贄を用意した者、つまりデーモンコアの使用者は悪魔の支配権を得ることができるらしい。ただ」
「ただ、が多い」
「別に君を焦らそうと思ったわけじゃない。多分」
「……」
「ただ、神話研究者の仮説ではその支配権を奪う方法が一つあると言っていた」
「デーモンコアの使用者を殺すとかか?」
「殺してしまうと支配権は無くなり、自由意志を持った悪魔とかいう制御不能な厄災が誕生してしまうらしい」
「では、悪魔のほうを力尽くで屈服させてしまうとか?」
「もしかして君は脳筋だったのか?」
なんか腹が立つ顔に見えてきた。
「……それしか思い浮かばなかった」
「正解だ」
「は?」
一度しばきたい。切実に。
「魔力が漏れてるよ。君の殺気をくらった僕は漏らしそうだけどね。一般人なら即気絶ものだよ」
「はははー。それで、デーモンコアを見つけるのが今回の任務か?」
「そうだね。陛下は確保するようにとおっしゃっていたけど、長官は破壊しても構わないと言っていた」
陛下って国王陛下の事だよな?勅令に背いて大丈夫なのか?
「問題ないのか?」
「長官は直接的に破壊を許可したわけではないけれど、責任はとると言質はもらっている」
「わかった」
「任務を受けてくれるようで良かったよ」
「ここまで聞いて受けないと言ったらどうなるんだ?」
「勿論どうにかして受けてもらうさ」
それ依頼って言うのか?
「依頼とは名ばかりか」
「君が優秀であるが故の対価だよ」
やっぱり受けるしかないのか。日常生活では何とかルークを演じる努力をしているが、さすがにスパイの真似事まで出来る気がしない。記憶さえあればどうにかできるのに。
今考えても、一週間とはいえ他人を演じてばれていないのは奇跡としか言いようがないな。
「デーモンコアの行方や計画についてはメンバーが集まってから話そう。三日後、また此処に来てくれ」
「わかった。では」
踵を返して部屋を出ようとしたところナサニエルから声が掛かり、足を止めた。
「ああそうだ、長官が今日空いていたら王城に来てほしいと言っていたよ」
俺は頷いて了承を示した。
ハンツマンを出た後、そのまま王城に来ていた。
城門で馬車を止められ、近衛兵に用件を告げるためウィンストンが顔を出した。
「オックスフォード伯爵家令息であるルーク様が、シャーロッテ王女に面会を求める」
「シャーロッテ王女から来たら通すようにと、言伝を頂いているのでこのまま通ってもらって構いません」
「承知した」
長官って王女様だったのか。てっきりエリート文官のおじさんを想像してしまっていた。
王城に入ると、青緑の髪をショートカットにした綺麗な女性がやってきて王女様の部屋まで案内してくれた。騎士っぽいし、シャーロッテ王女の近衛騎士だろうか。
「シャーロッテ様、ルーク様がいらっしゃいました」
「通して」
凛とした声が聞こえた。王女様っぽく気品のある声だなーと思いつつもどこか違和感を覚えた。
あの思い出せそうな事を思い出せないモヤモヤした感じだ。
「どうぞ」
ぼーっとしているといつの間にか扉が開いていた。
「ああ、すまない」
扉を開けてくれている女性の近衛兵に謝って、歩き出しながら目線を上げる。その時、部屋の奥で机に向かって羽ペンを動かしている女性と目が合った。
長い真紅の髪が合う綺麗な少女だった。少女といっても身体つきは女性のそれであり、少女と女性2つの魅力を持っていた。彼女の少し鋭い目つきと背筋を伸ばして椅子に座るその姿は、少女に王女としての品格と威圧感を齎していた。
彼女の姿を見ていると益々モヤモヤとしたものが大きくなっていく。まるで何かの容量が溢れてしまう感覚に目眩がして、再び立ち止まってしまった。
「ルーク様?」
後ろにいるウィンストンが異変を察知して肩を支えてきた。
大丈夫だと伝えて歩こうとした瞬間、視界が急速にぼやけていき、いつかのように気を失った。
「「ルーク様!」」 「ルーク君!」
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