第5話 棘

あまり旨くないと評判の学食で、遅めの昼食として有紀と二人でぬるいそばを食べる。

「最近、お前と天才くんがつるんでるって専らの噂だけど、実際どうなの?」

「どうって・・・」

あれから三井とは何度か会って、相変わらずあの部屋で同じポーズをとった。

「ミケランジェロの件で、たかられてないなら俺は別にいいけど」

「ああ、それはない」

「そ。なら、了解」

 有紀はあっさり話題を終わらす。そして、本題に入った。

「今日、合コンいかない?」

 満面の笑みで合コンに誘ってくる。

「ホントに、好きだよな」

 有紀は女好き、というわけではないが、飲みの場や初対面の人との交流が大好きだから、いつも○○会、と称して合コンをしている。

「ね、お願い」

 有紀が手を合わせて、首をかしげる。いつもより、切羽詰まったように見える。

「この通り!三井も来るからさ!」

「えっ」

 思わず大きな声が出た。

三井は合コンなんか行きたくないです、というタイプだと思い込んでいた。惚れられるのが面倒だと言っていたし、三井が女と話したい、一緒に飲みたいという願望を持っていることが意外だった。どちらかと言えば、静かな場所で一人で土をいじっていたいタイプだと思っていた。

だけど、それは俺の勝手な思い込みなのかもしれない。薔薇園で私服姿を見たとき、意外と普通の青年だと思ったことを思い出した。惚れられるのが面倒、というのもモデルとして来てもらっている相手に好意を持たれるとやり辛いという意味かもしれない。

(・・・ふつうに彼女くらい、欲しいよな)

 チリっと胸が灼ける音がして、今のは一体なんの音だ、と自分で自分を疑う。

「だからさ、今回は、『総力戦』なんだよ」

「『総力戦』?」

「相手はなんとニール女学院だ!そして、そのミスコンファイナリストが全員揃う!」

 ニール女学院は、県内一のお嬢様学校で、美女が多いともっぱらの評判の女子大だった。ミスコンもレベルが高く、アナウンサーの登竜門とも呼ばれている。

「三井も、山田がめちゃくちゃ説得して誘ってくれたんだよ」

 「めちゃくちゃ説得」という言葉を聞いて、なぜかほっとする。★そんな自分に自分でツッコミを入れる——なんでホッとしてんだよ!

「だからさ、普通に合コンという名の飲み会だと思って!頼む!」

 三井は彫刻家の超注目の一年、俺は七光りの金持ち。そういう触れ込みを女子にするために誘われていることはすぐに分かった。

 七光りと、天才。真反対の存在なのに、たまに、三井と俺は似ていると思うことがある。

「わかった、行くよ」

(三井が行くなら)

 承諾してすると、有紀は俺手の手を握って、「ありがとう!」と叫んだ。

 合コンは十九時から、路地裏にある小洒落た雰囲気の隠れ家的な居酒屋で行われた。六対六の合コンで、席は二テーブルあって、一テーブルごとに男、女、男、向き合って女、男、女だった。俺は一番端の出入口側の席で、三井は女に挟まれる位置にいた。

 三井の右隣の準グランプリの女の子は明らかに三井狙いだった。三井にべったりで、三井も別にそれを拒まない。それを見て、俺の胸はジクりと痛んだ。そして、正体不明のその痛みに戸惑った。

「三井君の手、大きいね」

「そうかな」

 そんな会話が聞こえる。合コンの会話にしては純粋すぎるようなそんな会話に、言葉にできないもやもやとした気持ちを抱えた。三井の手に触るな、と叫びそうになる。三井に二回目に会ったときに、その手の動きに心を奪われたのを思い出す。

 女学生が浮ついた気持ちで触っていいような、チャチな物じゃない。造形の理解と創造

のためにある特別な手なのに。・・・なんてね。

(帰りたいかも・・・)

 そう思うけど、俺は俺で正面に座ったグランプリの女の子にロックオンされてしまって、席を立てない。ずっとネイルの話をされて、かわいいね、と適当な相槌をうつ。

 有紀とアイコンタクトをとろうと試みても、隣のテーブルで話題の中心にいて、全く目が合わない。

 そして、なえた気持ちでしょうがなくネイルの話に付き合っていた時だった。

「キャッ」

 三井の隣の準グランプリの女の子がカルーアミルクをひっくり返してしまい、テーブルに思い切りこぼれた。

「大丈夫?」

 三井は女の子にテーブルのカルーアミルクが女の子の膝に滴らないように彼女の肩を抱いて、自分のほうへ引き寄せながら、おしぼりを机の端に置いて、拭けるだけ拭く。

 女の子は赤面して、その場にいたほかの男女も「キャー」、とか、「うお!」とか、はやし立てるような声をあげた。そんな光景を目の当たりにして、俺は限界だった。

「俺、トイレ」

 そう言って立ち上がると、荷物を持ってトイレとは逆方向の出入り口へ向かった。

 店を飛び出した時の勢いは、すぐに冷めた。そして、冷めた勢いは「自分はいったい何をしているんだ」、という羞恥心に変わり、人のいない路地の真ん中で、しゃがみこんだ。 

 三井が誰にでも優しいのは知っていたはずなのに、抱き寄せられた女の子に嫉妬した。そして、この嫉妬の気持ちを俺は知っている。

(俺、三井のこと・・・)

「園田さん」

 しゃがみこんだ後ろから、三井の声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

 追いかけてきてくれたようだ。三井も俺の隣に一緒にしゃがみ、俺の背中をさする。俺が吐き気がしてしゃがんでいるように見えたようだ。

「大丈夫だよ」

 三井の顔を見ずにそう答える。

「おぶりますよ」

 三井は人の気も知らずにそんなことを言う。

「いいよ」

 俺はその優しさにイラついて、突き放すように答える。

「でも・・・」

「いいって!」

 つい大きな声がでる。だけど、周りには誰もいないから、侮蔑の視線は感じない。俺はそれをいいことに、話し続けた。

「お前さ、誰にでも『介護』してさ、それで相手の気持ちはどうなの?あの子絶対お前に惚れたじゃん!中途半端に優しくて、思わせぶって、それで最後はそんなつもりはなかった、惚れられるのは面倒だって・・・。お前、無責任すぎるよ、最低だ」

「・・・すいません」

 三井は素直に謝る。

「すいませんじゃねえよ」

 俺はその謝罪を受け入れない。

「でも、おぶります。酔ってるみたいなんで」

「酔ってねえ!酔ってねえよ!」

「ホントにだいじょ・・・」

〝グイッ〟

 俺は三井の胸倉をつかみ、こちらへ引き寄せた。そして、目を閉じて口づけた。



あの日は、突然の俺からのキスに戸惑った三井を置いて全力で大通りにダッシュした。そして、俺は三井のことを避けるようになった。三井からしたら、迷惑すぎるほどに迷惑なキスだったと思う。ファーストキスだったとは思わないけど、男とするのは初めてだったと思う。三井の唇がどんなだったか、覚えていない。緊張しすぎて、ただ触れたいという思いが暴走して、唇が触れた以外のことは何も考えていなかった。

(三井は、あの時どんな顔をしていたっけ・・・)

 心の中は三井でいっぱいで、叶わない恋だと最初からわかっているのに、心の中には、花が咲き乱れる。実にならずに枯れるしかないというのに。

 三井のことを、自分はいつから思っていたのか。教授のことをまだ引きずっているのではなかったのか。

涙を流した時なのか、薔薇園へ行ったときなのか、それ以外なのか。心当たりがありすぎて、はっきりとはわからない。だけど、三井のことが好きだ。

 これからどうしたらいいのかもわからない。告白して、振られる?それとも、キス(あれ)は酔いすぎたせいで、お前のことはただの後輩だと思っている、と取り繕う?

 今の精神状態ではどちらもできそうにない。いま振られたら立ち直れないし、自分の心を察しのいい三井の前で隠し通せないだろう。

「おーい、また何を考え込んでんの?」

 相変わらず真っ黒なキャンパスの前で固まっていると、有紀が話しかけてくる。それで、自分が今、外、というか、学校にいたことを思い出した。

「合コン、抜けた日からおかしいぞ」

「・・・うん」

「また、そのモードなわけね」

「・・・うん」

 俺は有紀の言葉にかろうじて相槌をうつ。有紀は俺が定期的に落ちるのを知っているし、マイペースなやつだからあまり気をつかわない。

「天才くんの新しい作品、めちゃくちゃ話題になってるぞ」

 天才くん、と言う言葉にピクっと身体が反応する。

「やっぱりな。なんかあったんだろう。見てくれば?」



 有紀に頼んで、三井を、三井のアトリエから連れ出してもらっているうちに作品をこっそり鑑賞する、という作戦を立てた。

 有紀はあきれながらも、なんかそういうの、面白そうと言って協力してくれた。

窓の外を見ると、三井に初めて会った時期に生い茂っていた木の葉はすっかりと散って、木枯らしが吹いていた。夕日が窓から差し込んでいる。 

 こっそりと通いなれた二階の端の教室を覗き込むと、そこにはバラの蔦に絡まれた、今にも泣きそうな青年の彫刻が置かれていた。

(うわあ・・・)

 彫刻はどこをとっても完璧だった。青年は涙を流していないのに、今にも泣きだしそうだというのが表情だけで伝わってきたし、蔦は複雑に絡み合って、細部まできちんと表現されている。

「園田さん」

「え?」

 背後から声を掛けられる。三井の声だった。そして、振り向くか剥かないかのところで抱き寄せられた。

「え?え、お前」

「有紀さんに頼んだんです。避けられてるんで、話せる機会作ってほしいって」

 俺は有紀にはめられていた。

「・・・なんで?」

 俺は涙がジワリと湧いてくるのを感じながら、消えそうな声でそう言った。すると、三井は俺のことをさらに強く抱きしめた。

「好きです」

「は?」

「なんか、あんたってすげえそそる。棘が柔らかい薔薇みたいだ。お高くとまっておけばそれで済むはずなのに、周りのこと傷つけないかいつも不安に思ってる。そのせいで、手折られて傷ついてる」

 三井はそのまま話し続ける。

「初めて抱き上げたとき、初めてあんたの骨格に触れたときから、あんたは俺の理想だった。ミューズだった。こじつけでモデルになってくれた時、すげー嬉しかった。でも、いまは、それだけじゃ足りない」

 三井は抱きしめる手を緩め、向かい会うように俺の身体を反転させた。そして、キスをした。窓からは夕日が射しこんでいて、三井の顔は見えなかった。だけど、熱で、形で、すべてを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薔薇の棘 長月いずれ @natsuki0902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画