第21話 とあるおっさんとマスコット
結菜と別れた後の、異空間。
「魔法少女を終わらせるとは、なかなか興味深いお話ミルねぇ」
「!?」
背後から聞こえた声に、和夫は顔を強張らせた。
「ミルクさん!?」
「そうミル、みんな大好きマスコット妖精のミルクさんミルよ~」
そんなことを言いながら、和夫の背中からミルクがピョコンと飛び出してくる。
未だ結界が維持されている時点でその存在に気付くべきだったと後悔するも、もう遅い。
「なぜここに……!?」
「さっき、密かに結菜から飛び移ってたミルよ~。それより、今のはツッコミ所だミルよ? 魔法少女はツッコミスキルも重要ミル」
「いえ、そういうことではなく……!」
状況にそぐわないにも程があるミルクの言葉に、和夫は焦りの表情を浮かべた。
「ここは危険です! 今、どうにか出口を開きますので……」
「もうそんな力は残ってないミル? というかそもそも、ボクの結界無しに事を成せるほど魔力が残ってるミルか?」
「それは……」
ある、と断言することは出来なかった。
魔力の残量が不安視される現状、妖精の強力な結界があれば万全を期すことが出来るのは事実だろう。
「この空間ごと、魔物を消滅させるのに……ミル」
ミルクの口調は、確信を伴ったものであった。
「……よくご存知で」
降参の意味で、和夫は肩をすくめる。
「機構としても、魔物と《魔門》の研究をやってなかったわけじゃないミルよ。というか……どこに繋がってるのかはともかく、繋がる先を丸ごと消滅させれば今後魔物の発生はなくなるだろうって発想は当然ミル」
ミルクもまた、そう言って肩をすくめた。
「ま、何にせよ……ミル」
ミルクが表情を改める。
「別段、今すぐ魔物が復活するってわけでもないミル? せっかくの最期の時間だミル。少し話そうミル、和夫……いえ」
その声色が、変わった。
「魔法少女という概念を生み出した、魔法工学の始祖……東雲和夫さん」
甲高く可愛らしいマスコットの声から、低い男性のそれに。
「やはり、知っておられましたか……」
突入前の口ぶりから、和夫も予想していたことであった。
「というか、調べました。貴方の魔法少女としての完成度は端から異常でしたからね。流石に、機構の最高機密にまでクラックをかけることになるとは思いませんでしたが」
ミルクの口調からは、妖精独特の語尾も消えている。
「はは、無茶をなさる」
和夫が苦笑気味に笑った。
「そこまでして尚、探し出すのにかなり苦労したんですよ? 苗字も変わっていましたしね……山田というのは、偽名ですか?」
「いえ。私、婿養子だったので。結婚して、名字が変わったんです」
「そうですか……にしても」
話しながらミルクは和夫の右手、そこに握られた《箒》へとチラリと目を向ける。
魔法少女管理機構が和夫に支給した《アモン》ではなく、無色透明の宝玉を冠した……長く機構に務めたミルクでさえ、見たことがないであろうそれを。
「実在したんですね。全ての《箒》の管理権限を持つ、第〇階位の《箒》。都市伝説かと思っていましたが」
「昔はただの都市伝説でしたよ。これは、この十年で作ったものですから」
「はは、なるほど」
納得顔で、ミルクが笑った。
「流石は、《箒》の開発者ですね」
何でもないことのような口調で言う。
「まさか、《箒》が人間によって開発されたものだとは……思ってもみませんでしたよ。そりゃ、機構も公表出来ないわけだ。妖精の面目丸潰れですもんね」
「別段私も、名声が欲しくて《箒》を開発したわけではないですしね」
《箒》を開発した頃のことを思い出しながら、和夫は僅かに目を細めた。
「あの頃、私の内にあったのは……只々、自分の考えた理論を実現したいという思いだけでした。傲慢で、独り善がりな感情です」
東雲和夫、当時十五歳。
彼は、いわゆる天才と呼ばれる存在であった。
十歳を待たずして修めた工学の知識をベースに、妖精個々の資質と感覚にのみ依存していた魔法を解析。
《箒》というデバイスに落とし込むことで、体系化することに成功する。
それによって魔法は妖精だけが扱える技術ではなくなり、世に魔法少女という概念が誕生した。
「けれど貴方が《箒》を産み出してくれたおかげで、妖精の犠牲は大きく減りました」
「結局、別の犠牲が出すことでね」
罪を告白するかのような……否。
それそのものの口調で、和夫は語った。
「愚かしくも、私がそのことに気付いたのは最初の犠牲が出てからでした」
皮肉げな言葉を選びながらも、その目に宿るのはただただ事実を述べるだけの無感情さのみである。
悲観や苦悩など、もうとっくに捨て去っていた。
他ならぬ自らの産み出した技術が、娘を殺すことになった時から。
「私は最初から、もっと根本的な事態解決の方法を模索すべきだったのです」
「その答えが、これだと?」
「はい」
静かな、しかし揺るがぬ調子で和夫が頷く。
「十年……職を転々としながら、準備を進めました。魔物の発生について研究し、自らの手でそれを終わらせる方法を模索して」
やはり感情を宿さぬ目が、新たに出現させた方の《箒》に向けられた。
視線を同じくしたミルクが、ハッとした表情となる。
「その《箒》……ベースは、《バアル》ですか?」
第一階位、《バアル》。
魔法少女の歴史で、ただ一人だけが持つことを許された《箒》である。
「はい。娘は、最期に自らの力を全て《箒》に移したようなので。私はそれを元に、管理権限を持つ《箒》に創り変え……同時に、その力を自分に転用出来るようにしたのです」
「なるほど……今、ようやく納得出来ました」
言葉通り、ミルクは得心顔となった。
「貴方は、歴代最高の魔法少女の適性をそのまま受け継いでいるということですか」
「受け継いだわけではありません。死者の力を勝手に利用しているだけですよ」
軽く首を横に振った後、和夫は《箒》を見つめる。
「娘が、どういう意図で力を残したのかもわかりません」
そこに、娘の姿を重ねた。
「聞くことも、出来ません」
何度も何度も記憶の中にその顔を呼び起こしてきたのに。
何度も何度も写真の中に閉じ込められたその姿を眺めてきたのに。
彼女の表情を、そこに思い描くことが出来なかった。
そこだけポッカリ穴が空いているかのように、彼女の顔は黒く塗りつぶされている。
「私は、あの子のいる天国にも行けないでしょうしね」
悲しくはない。
悲しむ権利など、とうに失っている。
「それでも、私はやると決めたのです」
罪人に、そんな権利は存在しない。
「全ては今日、この時のために」
和夫の目に、感情が宿った。
「私は魔法少女たちの戦いと……それから」
昏い、決意。
「魔法少女そのものを、終わらせます」
十年間熟成させたそれは、とても強い色を帯びていた。
「……貴方にとって、やはり魔法少女を生み出したことは過ちでしかありませんか?」
少しだけ躊躇った様子を見せた後、ミルクが尋ねる。
「はい」
即座に、和夫はハッキリと頷いた。
「だから私は、彼女たちを解放しなければなりません」
みんなの笑顔を守りたいから。
かつて、東雲佳奈は魔法少女になった理由をそう語ったという。
時は流れて、その父も同じ動機を語って魔法少女となった。
そこに、嘘はない。
ただ、それが決して明るい感情に端を発したものではないというだけで。
和夫は、魔法少女などになってしまった彼女たちの笑顔を守りたかった。
取り戻してあげたかった。
己の、罪滅ぼしのために。
そんなことで、罪が消えるとも思っていないけれど。
「……そうですか」
ミルクは、ただ小さく頷くのみだ。
「ミルクさんは、どうして残られたのですか? 私を、止めるため……というわけではありませんよね?」
今度は和夫が問い返す。
「色々と、理由はありますよ。さっきも言った通り、貴方だけでは失敗する可能性があったということもありますし。ボク自身、魔法少女管理機構の一員として魔法少女に対して思うところもあります」
ゆっくりと首を横に振るミルク。
「でも、ま。結局はこれに尽きますね」
和夫を見据え、ニッと笑った。
「ボクは、和夫の担当ミルからね。マスコット妖精は魔法少女の決断に身を委ね、魔法少女と命運を共にするものミルよ~」
いつもの甲高い声で告げる。
「はは、そういうものですか」
和夫も、笑った。
「では最後までお願いしますね、相棒」
「任せろミル、相棒」
ポフン、と拳を合わせる。
最期の時は近いというのに、そこに流れるのは不思議と穏やかな空気だった。
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