第12話 とある魔法少女たちの集合場所
比較的年かさの――とはいえ、今となってはさほど珍しいわけでもない――魔法少女である。
魔法少女歴九年を誇る大ベテランでもあり、現場の指揮を任されることも多い。
今回の、随分と前に閉鎖した遊園地を舞台とした大規模作戦も例外ではなかった。
明るい茶色の髪をポニーテールでまとめている彼女は、取り立てて美人というわけではないが愛嬌のある人好きしそうな顔立ちをしている。
いつも咥えている棒付きキャンディがトレードマークだ。
「おら、お前らー。しっかり準備運動しとけよー。トイレも今のうちになー」
遊園地前に集まっている魔法少女たちにそんな声をかけると、『はーい!』と数十の元気な声が返ってくる。
中には、その後に「ッス!」とか「ニャア」とか付け加える者もいる。
このご時世で魔法少女を続けている連中の中には、割と変わり種も多いのである。
とはいえ、ここ三年ほどでメンバーが減ることはあっても増えたことはない。
全員、見慣れたメンツだ。
尤も、一月程前に約三年ぶりの新人が入ったという話は耳に新しいが。
「おっ」
その話題に関連する顔を見つけ、菜種はそちらへと歩み寄った。
「おーう、結菜ー」
呼びかけながら、後ろから肩を組む。
「菜種ちゃん」
馴れ馴れしい菜種の態度に結菜は僅かに眉をひそめたが、拒絶する様子はなくされるがままになっていた。
「ついに直属の後輩が出来たらしいじゃん? 今日は一緒じゃないのか?」
菜種は辺りを見回してみるが、やはり見知らぬ顔は一つもない。
「今、トイレ。すぐ来ると思うよ」
無愛想に言って、結菜が組まれたままの肩をすくめる。
「ほーん? で、どんな子なんさ?」
「すぐ来るってば」
「いいじゃん、三年ぶりの後輩だぜ? 想像を膨らませときたいんだよ」
しつこく絡むと、結菜は小さく嘆息した。
「どんな、っていうか……」
一瞬、視線を左右に彷徨わせ。
「おっさん」
そして、一言でそう評した。
「おっさぁん?」
それに対して、今度は菜種が眉をひそめる。
「あれか? 心におっさんを飼ってる女子ってやつか? 確かに、ウチの周りにもそういうのはいるけど……」
「いや、そういうんじゃなくて。心技体揃ったおっさん」
結菜の言葉に、菜種の眉間にますます皺が寄った。
「おいおい、見た目もおっさんっぽいってか? そりゃその子、コンプレックスなんじゃねーの? それをおっさん呼びってのはどうなんよ?」
「だから、そういうんじゃなくてさ……」
結菜の口調に、若干苛立ちが混じってくる。
(こりゃ、これ以上突っつかねぇで大人しく待っとくのが得策か……?)
そう思い、菜種は結菜の肩から腕をどけた。
チラリと周囲に目をやれば、一見思い思いに過ごしているように見える魔法少女たちも聞き耳を立てているのは歴然だ。
長らく空白だった、エース直属の後輩というポジション。
そこに収まったのが如何なる人物なのか、興味津々となるのも無理からぬことと言えよう。
(おっさんといやぁ、そういや妙な噂があったな。なんか、おっさんの魔法少女が出没してるとかなんとか……)
菜種が、そんなことを考え始めた時。
「先輩、お待たせしました」
そんな声と共に、空から降り立ってくる人物があった。
その身を包むコスチュームは、菜種と同じ魔法少女のもので間違いない。
だが、小太りであった。
音もなく降り立った《フライ》の安定度は相当なもので、かなりの実力が伺える。
だが、脂ぎっていた。
その顔に浮かぶのは柔和な笑みであり、人の好さが滲み出ているようだ。
だが、バーコードハゲであった。
突如現れた異形とも呼ぶべき存在に、菜種を含む魔法少女たちは叫ぶでも構えるでもなく只々硬直した。
「ん」
そんな中、結菜だけが何事もなかったかのように一つ頷く。
「これが、アタシの後輩」
これ、と結菜が件の人物を親指で指した。
硬直したまま、ギギギッと油の切れたロボットのような動きで魔法少女たちは顔を見合わせる。
その後、再び件の人物をまじまじと見て。
『……おっさんじゃん!?』
見事に声を揃えてそう叫んだ。
「だから、そう言ってんじゃん」
仏頂面で、結菜が肩をすくめる。
「どうも皆さん、はじめまして。この度新しく魔法少女として配属されました山田和夫と申します。なかなか機会がなくご挨拶が遅れましたこと、申し訳ございません。ご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致します」
周りの反応を気にした様子もなく、和夫は丁寧に頭を下げた。
これがどこかのオフィスで、彼が身に着けているのがスーツや作業着などであれば、それなりに好感度高く受け止められるであろう挨拶と言えよう。
だが残念ながら、ここは魔法少女の集まりであり、彼が身に付けるのは魔法少女のコスチュームなのであった。
ドン引きした様子でヒソヒソと囁き合う魔法少女たちが和夫に向ける視線は、完全に不審者に対するそれである。
「あー……ども、はじめまして。山田……サン? ウチは、木塚菜種といいまして。一応、この場を仕切る感じになってるモンです」
そんな中、頬をヒクつかせながらもいち早く我を取り戻してそう返した菜種はやはり指揮官の器と言うべきなのかもしれない。
「これはどうもご丁寧に。本日は、よろしくお願い致します」
「はは……」
尤も、お辞儀によって目の前で上下するバーコードパゲに向けられる目が引き気味となることまでは避けられなかったが。
「こらこら菜種、キミが敬語を使ってどうするミルか。指揮官は威厳が大事ミルよ?」
「無茶言うなや白毛玉……」
引き続き硬い表情のまま、和夫の肩に乗って小さな手を突きつけてくるミルクを睨む菜種。
「この人、ウチの親父と同じくらいの歳じゃん……」
「ちなみに私、今年で四十六になります」
「親父より五つも年上だったわ……」
菜種の頬のヒクつき具合が加速した。
「ま、まぁいいや。結菜の直属ってこたぁ、実力は確かなんだろ?」
「それはボクが保証するミル」
「はぁん?」
自信満々に頷くミルクに、菜種は氷点下の視線を向ける。
「それはアタシが保証するよ」
「そか、なら安心だ」
全く同じセリフ告げた結菜に、今度はニッと笑みを向けた。
「マスコット妖精の待遇改善を要求するミル……」
「おっしゃみんな集まれー! 作戦会議すんぞー!」
プルプルと身体を震わせいたいけな瞳を潤ませるミルクのことはガン無視で、周囲の魔法少女たちに声をかける菜種。
多くの組織にとってそうであるように、体制側と構成員の間には軋轢が生まれがちなのである。
まして、おっさんを魔法少女として採用した事実が判明した直後となれば尚更だ。
結局ミルクを放置したままの菜種の呼びかけに応じて、バラバラと魔法少女たちが集まってきた。
「んじゃ、まず状況の確認だ」
全員が自分を注視していることを確認して、菜種はそう話し始める。
「ま、つっても各自大体把握してっと思うけど。今回は、ここの遊園地跡に大量発生した魔物の掃討戦だ。一体一体は高くてもレベル四相当だけど、なにしろ数が多いってんでレベル六に認定されてる。人払いと被害拡散防止の結界は……」
「当然、展開済みミル」
チラリと菜種が目を向けた先で、ミルクがしたり顔で頷いた。
そこに、先程までの傷付いたような表情は欠片も残っていない。
当然演技であると、全員がわかっていた茶番だ。
なんだかんだで、魔法少女と妖精は命を預け合う戦友同士。
心から反目し合うことなどないのだ。
「つーわけで、思いっきりやっていい。そんじゃ、隊形だけど……」
「アタシが先頭で突っ込んで、おっさんがフォロー」
話の途中で、結菜のそんな声が割り込んでくる。
「あとは残党狩りって感じでよろしく」
一方的にそれだけ言って、結菜はさっさと歩き出してしまった。
「おいこら結菜、勝手に行動すんなっていつも言ってんだろうが。なんのための共同戦線だと思ってんだ」
嘆息混じりに呼び止める菜種に、結菜は顔だけで振り返る。
「んじゃこの中に、アタシの足を引っ張らない自信がある人いんの?」
そこに浮かぶのは傲慢でも嘲りでもなく、ただ淡々と事実を述べているだけの戦士の表情であった。
シン。
結菜の問いかけに対する回答は、沈黙だ。
誰もが、気まずげに目を伏せて結菜と目を合わせないようにしている。
唯一の例外は菜種だが、彼女も苦虫を噛み潰したかのような表情である。
結菜の実力が、この場にいる誰とも隔絶したものであることは否定出来からぬ事実だ。
「じゃ、それで決定ね」
しばらく待った後、誰の声もないことを確認した結菜が歩みを再開させる。
「行くよ、おっさん」
「あ、はい」
背中越しに呼びかけられ、和夫がそれに続いた。
残された魔法少女たちが、微妙すぎる空気の中で気まずげに視線を交わし合う。
(ったく、あいつぁ変わんねーな……)
結菜の背中を見つめながら、菜種はガシガシと頭を掻きながら大きく嘆息した。
結菜のこのような単独行動は、今に始まったことではない。
というか、ほとんど新人の頃から
結菜の内なる『想い』を、ある程度理解しているつもりではあっても……いや、だからこそ菜種は自身の力不足に対するもどかしさに身悶えしそうになる。
(けど……)
視線を僅かにずらし、結菜の隣に並ぶ和夫に目を向ける。
(あの人のこたぁ認めてるってわけか……)
今まで誰一人として立つことを許されなかったそこに、確かに立っている人の背中を。
(結菜を頼んますよ、山田サン……)
頼もしげに、そして少しだけ羨ましげに、菜種は見つめた。
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