第11話 とあるおっさんの修理作業

「はい、これで完了です。特に傷んでいる箇所もなかったですね」


 キュッとネジを締め終え、和夫が《アガレス》を結菜の方へと差し出す。


「ほへー」


 和夫が作業するのをボーッと見学していた結菜は、感心とも放心ともつかぬ声と共に《アガレス》を受け取った。


「何してんのか全然わかんなかったわ」


 まじまじと《アガレス》を見つめるその態度は、フラットなものだ。


 公園での一件以来、少しの間だけ和夫の前での態度を図りかねて微妙な空気を(一方的に)漂わせていたのだが。

 和夫の方があまりに今までと変わらない調子なので、結局は元の通りに落ち着いた形である。


「なかなか見事な手際だったミルね」


 結菜と同じく和夫の作業を眺めていたミルクが、感心の口調でそう言いながら紫煙を吐き出した。


 手には煙草。

 イメージに関わるため機構の外では禁煙だが、ミルクはそこそこのヘビースモーカーである。


 というか、何気に妖精の中には喫煙者が多い。

 機構内が全面喫煙可なのも、そのためだ。


 ストレスが多い職場だからなのか妖精という種族自体が煙草を好む傾向にあるのか、理由は定かではなかった。


「一応、昔とった杵柄というやつですね」


 一方の和夫は、小さく微笑むのみで自慢気な様子は少しもない。


 彼らの現在地は、機構の《箒》管理室だ。

 管理室といっても《箒》本体は空間魔法によって亜空間で保管されているため、主に《箒》の修理やメンテナンスを行うための部屋となっている。


 部屋のレイアウトは学校の木工室によく似たもので、広めの机が十以上配置されていた。

 往時には全ての机で担当の妖精が作業して外には順番待ちの列が出来ていたものだが、今現在和夫たち以外に室内に人影(及び妖精影)はない。


「なんか、《箒》の製造に関わってたことがあったんだっけ……? つか、おっさん職歴いくつあんのさ……」


「二十を超えたところからは数えていませんね」


 和夫の答えに、結菜が半笑いとなった。


「ミルクさん。こちら、ありがとうございました」


 と、和夫がメンテナンスに使用していた工具一式をミルクへと手渡す。


「ん、構わんミルよ。こっちとしても、いちいち担当妖精を呼び出す手間が省けて大変助かるミル」


「いっつも、メンテの度に三日待ちとかになってたもんね……」


 結菜が、今度はその顔に苦笑を浮かべた。


「整備担当妖精も兼任で、それぞれの魔法少女に付いて飛び回っているミルからね……」


 言いながらミルクは宙に魔法陣を描き、《ゲート》を出現させて工具一式をその中へと放り込む。


「……あのさ。すっごい今更なんだけど」


 その様を何とは無しに見ていた結菜が、ふとそんな声を上げた。


「ミルクたち妖精は、なんで《箒》無しで魔法が使えんの?」


「んー……厳密に言えば、それは少し違うミルね」


 《ゲート》を閉じたミルクが、結菜の方に向き直って首を横に振る。


「《箒》はあくまで、魔法陣を展開するための補助デバイスに過ぎないミル。本来は、こうして自身の魔力を操って魔法陣を描く必要があるのでミルが」


 と、ミルクが自身の身体に魔力の光を纏わせた。

 そこから細い糸のような光が伸び、空中でウネウネと動く。


「その緻密な操作を代替する上に、《魔印》という形でパーツに分けてそれを組み合わせるだけいいようにしているのが《箒》なのミルね。ボクらはそれを使わず、従来通り直接魔法陣を展開しているだけミルよ」


「ほーん? つまり、やろうと思えばアタシら人間でも出来るってこと?」


「そうミルね」


 頷いたミルクに一瞬納得しかけて、しかし結菜の顔に再び疑問の色が浮かんだ。


「あれ……? でもさ、魔法って魔法少女適性がないと使えないでしょ? なんでミルクたちも魔法使えんの?」


「そりゃ、適性を持ってるからミルね」


「少女じゃないのに?」


 チラリと和夫の方に視線を向ける結菜。

 ミルクが再び首を横に振る。


「こっちじゃその方がわかりやすいからそう呼んでるミルが、魔法少女適性というのは人間界で測定する際の便宜上の名前ミル。ぶっちゃけ、展開可能な魔力キャパを数値化しているに過ぎないミルからね」


「そうなんだ?」


 結菜が小さく首を傾けた。


「人間の場合はなぜか年頃の女の子以外展開可能キャパがゼロだから魔法を使えないミルが、ボクら妖精は男女に関わらず一定以上のキャパを持ってるのが普通なのミルよ」


「ふーん、なるほどね……」


 納得顔となった結菜が頷く。


「じゃあ、結局おっさんにも適性あったわけだし今後は名前変わんの?」


「名称を変えるとなると、各種書類の記載とかも軒並み変更する必要が生じるミルからねぇ。それについては、現在企画課が予算を求める稟議書を……」


「あ、やっぱこの話はもういいや」


 通らない稟議書の話になって、結菜が面倒くさげに手を振った。


「で……《箒》無しでも使えるってことは、昔の魔法少女は素手でやってたわけ?」


 そして、話を戻した。


「答えはノーだミル」


 またも、ミルクは首を横に振る。


「というか、《箒》の出現より前に魔法少女という存在はこの世の中になかったミルよ」


「そうなの?」


 結菜が意外そうな口調で問いかけ、ミルクが頷いた。


「補助無しの魔法展開は多分に感覚的で、十年二十年単位での修練が必要ミル。ただでさえ適性が存在する期間の短い人間では、実質使い物にならなかったのミルね」


「へ~」


 感心の声を上げた後、ふと結菜の顔に再び疑問の色が浮かぶ。


「……そういえばミルクって、歳いくつなんだっけ? アタシが魔法少女になった時から見た目は変わんないけど」


「まぁそれはともかく、ミル」


 露骨に話題を逸しながら、ミルクは煙草に口を付け紫煙を吐いた。


「魔法少女の登場以前は、妖精が出張って魔物との戦闘までこなしてたミルよ。しかし如何せん手が足らんということで、妖精側も人間側も今よりずっと被害が大きかったそうだミル。三十年前の《箒》の出現は、妖精界にとっても人間界にとっても救世主的存在だったのミル」


「そうなんだ」


 そう言ってから、結菜は手にした《アガレス》をまじまじと眺める。


「何気なく使ってたけど、凄いもんだったんだね……」


 それから、ミルクの方に向き直って首をかしげた。


「その救世主的存在を開発した妖精って、今も機構にいるの?」


「それが、不明なのミル」


「不明?」


 結菜の首が更に深く傾く。


「《箒》の開発については、その経緯も開発者も一切公表されていないのミル。流石に機構のどっかにはデータが残ってると思うミルが、ボクの権限じゃアクセス出来ないんだミルよねぇ」


「へぇ……それって、なんか事件の香りがするね」


 少々ワクワクした様子を見せる結菜。


「現実はそんなにドラマチックなもんじゃないミル。たぶん、開発直後に性犯罪でも犯して公表するに出来なくなったとかじゃないミルか?」


「そんな結末だったら嫌過ぎる……」


 しかしミルクの言葉に、すぐにげんなりとした表情となる。


 と、そんな風にちょうど話に区切りが付いたところで。


 ビー! ビー! ビー!


 けたたましいサイレン音が鳴り響いた。

 魔物出現の合図だ。


「ん……結菜たちにも出撃要請が来てるミルねー。と、いうかこれは……」


 表情を改めたミルクが、目に六芒星を浮かべて中枢システムからの情報を読み取る。


「出撃可能な全魔法少女への出撃要請ミルか」


 ミルクの言葉に、結菜がピクリと眉を動かした。


 ありったけの魔法少女への出撃要請。

 つまり、それだけの難事ということである。


「厄災レベルは六。敵数は三九七六体で、一体一体の厄災レベルは平均で四相当ミル。数の多さが主な評価理由みたいミルが、こりゃ久々の大型案件のようミルね」


「むしろ、そういうのこそを待ってたっての」


 ニィと好戦的な笑みを浮かべ、結菜は《アガレス》を握る手に力を込める。


「いくよ、おっさん!」


 振り返りもせず駆け出すのは、和夫がついてくるという確信を持っているからだろう。


「……はい、先輩!」


 果たして、間を置かず和夫は結菜に並んだ。

 そこに浮かぶのは、いつものテカった笑顔。


 しかし、それゆえに結菜は気付かなかった。


 和夫が、一瞬前まで浮かべていた表情。


 そこに、隠しきれない憂いの色があったことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る