第9話 とある魔法少女の戦闘
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
人々は、阿鼻叫喚の中にあった。
ヌラヌラと怪しい光を放つ、男性の腕程の長い軟体。
いわゆる触手である。
「なんでだ、なんでこんな……」
宙に浮いたイソギンチャクのような本体から数十本単位で伸びるそれらが人々に巻きつき、締め付け、時に敏感な部分を刺激する。
更に触手から分泌される粘液は繊維を溶かす効果があるらしく、巻き付かれた人は瞬く間に半裸状態にされていた。
ただし。
『なんで男しか狙わねぇんだよ!?』
人々(主に男性陣)が一斉に叫んだ通り、被害に遭っているのは男性のみであった。
中には涙を流す程にそのことを悔しがっている者もおり、周囲の女性から冷たい視線を浴びせられたりしている。
そんな状況の中、一部の人たちがふと空へと視線を向けた。
最初に見えたのは、空に浮かぶ米粒程度の影。
「あれはなんだ……?」
「鳥か……? 飛行機か……?」
「いや、あれは……」
しかし近づいてくるにつれて、人々の顔に希望が差し始める。
『魔法少女だ!』
そして、その姿がハッキリ視認可能なところまでくると。
『いやおっさんだ!?』
一同、口を揃えてそう叫んだ。
和夫の着任以来、幾度と無く繰り返された光景である。
「おっさんだ! おっさんが来てくれたぞ!」
「魔物をやっつけてくれ、おっさん!」
「けど、出来るだけ視界には入らないで!」
初出撃の頃と違うのは、人々の中からはそんな声も上がっているという点だ。
幾度かの出撃で、和夫の存在もある程度は認知されてきているのである。
なお、人々の表情が「キッツ……」一色なのは今も変わらない。
「さってと……おっさんに声援送ってもらってるとこ悪いけど、ここはアタシ一人でやるからね」
和夫のインパクトに隠れて、自身の存在があまり認識されていない結菜。
しかしそれを気にした風もなく、和夫に顔を向けてそう言った。
「やる気満々ミルね~」
和夫の肩の上で、ミルクが揶揄する調子で肩をすくめる。
「だって、万一おっさんがあの触手に捕まりでもしたらさ……」
「あぁ……」
げんなりとした表情で言う結菜に、ミルクもその意図を察したらしくげんなりとした声を返した。
魔法少女のコスチュームはかなりの耐久力を誇るが、それも万能ではない。
万が一魔物の触手がそれを上回っていた場合、大惨事不可避である。
主に、絵面的な意味で。
「しかし先輩、お一人では危険では?」
当の和夫が、心配げな目を結菜に向ける。
「ハッ、誰に向かって言ってんのさ」
ニィ、と結菜は犬歯を剥き出しにして笑った。
「そういや、おっさんの前でまともに戦うのは初めてだったね。ま、見せてあげるよ」
最後にウインク一つを残し、前方へと顔を戻す。
「エースの実力、ってやつをさ」
跨っていた《アガレス》を手に取り、片手で器用にブンブンと回すこと二回転。
同時に《魔印》を展開し、巨大な魔法陣を二つ構築する。
それらは陣として完成した直後にグニャリと歪み、結菜の身体へと取り付いた。
一つは輝く翼に、もう一つは手足を覆う巨大な爪に。
《ライト☆ウイング》に《マジカル☆クロウ》。
共に第三階位に属する強力な装着型の魔法だ。
「いくよ、変態モンスター!」
翼の煌めきで空に軌跡を描きながら、結菜が滑空する。
初速から、残像を残さんばかりの凄まじい速度だ。
「おっりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いと共に、宙を泳ぎながら結菜は勢い良く右手を振るう。
それを覆う魔力の爪が、些かの抵抗も許さず触手を数本まとめて斬り裂いた。
触手から開放された人々(半裸の男性たち)が、ホッと安堵の息を吐く。
そこでようやく結菜を敵と認識したのか、魔物から伸びる触手が一斉に結菜の方へと向けられた。
先程までのどこか艶めかしかった動きから一転、銃弾のような速度で結菜へと襲いかかる。
空中で縦横無尽に身を捻りながら、結菜は次々に襲い来る触手を避けながら魔物との距離を詰めていった。
強引な突進は高頻度で触手の接触を許しており、結菜の柔肌にみるみる傷を付ける。
しかし、結菜に一切の動揺はなく。
それどころか、その好戦的な笑みをますます深めてすらいた。
「これが先輩の戦い、ですか……」
少し離れたところで戦いを見守りながら、和夫が小さくそう呟く。
「適性が高い子ほど出力に任せてのとりあえず魔法ブッパになる傾向が高いミルが、結菜はだいぶ特殊ミルねぇ。というか、常に魔法の維持に意識が割かれる装着型の魔法をここまで自在に操れる魔法少女は滅多にいないミルよ。伊達にエースと呼ばれちゃいないってとこミル」
「そうですか……確かに、これは凄い。よほどの努力をなさっているのでしょうね……」
滔々と語るミルクへと返す和夫の声は、どこか気のないものだった。
「これで! 終わりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
浮かない表情で見つめる和夫の視線の先で、戦いは最終局面を迎えている。
全ての触手を掻い潜った結菜が、上空から自由落下を数倍する速度で魔物本体に向けて下降。
「っとぉ!」
踵落としの要領で、足に纏わせた爪を叩きつける。
まるで豆腐でも斬り裂くかのようにあっさりと、魔物は縦に五等分され消滅した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 魔法少女ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ありがとう魔法少女ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
眼下から送られる、人々の声。
和夫の時は半分ほど悲鳴が混ざるものだが、今回は歓声一〇〇パーセントである。
というか、それが普通だ。
「じゃあみんな、魔物には気をつけてね!」
結菜が去り際にパチコンとウインクを送ると、喝采はますます大きくなった。
ちなみに和夫が同じことをやっても同じく声は大きくなるが、その場合は悲鳴の割合が一〇〇パーセントとなる。
◆ ◆ ◆
「どーよ?」
現場から飛び去りながら、結菜が和夫へとドヤ顔を向けた。
「お見事でした、先輩」
笑みを浮かべ、和夫がパチパチと拍手を送る。
「レベル六を瞬殺とは、流石ミルね~」
その肩の上で、ミルクもポムポムと手を打った。
「ただですね……先輩、差し出がましいかもしれないのですが」
ふと、和夫の表情に影が差す。
「もう少し、大きく回避するようにされてはいかがでしょう? 先輩なら、それでも十分かと思うのですが……」
「なんで? そんなの、効率悪いじゃん?」
心底不思議そうに、結菜は首をかしげた。
「ですが、お怪我が……」
「こんなの、すぐ治るし」
結菜の言葉通り、先程の戦闘で負った傷はほとんどがもう治りかけている。
掠り傷程度、と断じるには少々深い怪我もいくつか混じっていたのだが。
魔法少女のコスチュームは、装着者への自動治癒魔法も付与されている優れものなのだ。
「それよりミルク、この後ってもう直帰でいいの?」
興味なさげに話を打ち切って、結菜はミルクへと尋ねる。
「残念ながら、今日は夕方五時までキャンペーン活動で申請出しちゃってるミルからね。そこまでは、さっきの公園にいてもらわないと困るミル。位置記録もキッチリ取られてるミルし」
「マジ!? 大体あんなの、やる前から意味ないのわかってたじゃん! なんでガッツリ五時間も申請してんの!?」
「外部活動申請は、午前午後の区分しかないミルからね」
「それ絶対不便でしょ!」
「不便ミル。不便であることは、問題があることは、みんなわかってるミル。けど言えば自分で対応することになるミルから、誰かが言い出すのを待ってるミル。そしてみんながそう思ってるから、永久に改善されることはないミル」
「日本社会の悪習! てか、アンタらは妖精界から来てるんでしょ!?」
「そうは言っても、日本支部ミルからねぇ」
「なんで悪いとこだけ踏襲してんのさ!」
そんな風に、やいのやいのとミルクと結菜がやり取りする傍ら。
和夫が浮かべるのは笑顔であったが、その口角はいつもよりほんの少しだけ下がり気味であった。
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