第4話 とある魔法少女とおっさんの初陣

「んじゃ、改めて。アタシがおっさんの教官役として就くことになった真山有菜だよ」


 再び和夫と相対した結菜が、居丈高にそう告げた。


「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします、先輩」


 一方の和夫は、そう言って丁寧に頭を下げたる。


「先輩……」


 その言葉を噛み締め、若干頬が緩みそうになったのを結菜はどうにか堪えた。


「おっさん、言っとくけどアタシは……」


 結菜が、まずは先制パンチで釘を差してやろうと口を開いたのとほぼ同時。


 ビー! ビー! ビー!


 けたたましいサイレンが、機構の建物中に響いた。

 魔物の出現を知らせる警告音だ。


「ちょうどいいじゃん。早速、初陣といこうか」


 ニィ、と結菜は挑発的な笑みを浮かべる。


「ミルク、アタシたちが出るよ。いいよね?」


「もちろんミル。んじゃ、出撃申請送っとくミル」


 頷くミルクの両目には、いつの間にか六芒星が一つずつ浮かび上がっていた。


 魔法少女管理機構の中枢システムへのアクセス権限を持つマスコット妖精は、自身がその操作端末となることが出来る。

 瞳の六芒星は、システムへアクセスするための簡易魔法陣だ。


「厄災レベルはニ。ま、結菜がいれば楽勝ミルね」


 魔法少女管理機構では、観測された魔物の数と魔力量に応じてその危険度を『厄災レベル』として制定している。

 最高レベルが九で、最低レベルが一。


 厄災レベルニといえば、そこそこの雑魚と言える。


(そりゃ、ますますちょうどいい)


 心の中だけで、結菜はニヤリと笑った。


「おっさん、変身はもう出来んの?」


 表面上はフラットな表情で、和夫に向けて首を傾ける。


「はい。《箒》は支給されていますし、マニュアルも一通り読みましたので」


「オッケ、んじゃ……」


 軽く頷いて、結菜は右手を水平に上げてそこに魔力を集中させた。


「カモン! 《アガレス》!」


 結菜がそう口にすると同時、和夫も同じように右手を水平に上げる。


「来てください、《アモン》」


 同じく口にするのは、結菜と似たような文言。


 二人の右手が輝き、その光が収束した後にはそれぞれ結菜の身長程もある杖を手にしていた。


 金属製の柄に、ヘッドには複雑な文様が描かれた大きな宝玉が設えられている。

 宝玉の色は結菜のものが透き通るようなゴールドで、和夫のものがライトグリーン。


(最初から《アモン》……? 機構は、ホントおっさんを特別扱いってわけか)


 和夫の《箒》を横目で見ながら、結菜は内心でそう独りごちる。


 魔法及び《箒》には七十ニ段階に及ぶランク付けがされており、《箒》の階位を超える魔法は使用することが出来ない。

 また、《箒》には序列に応じてソロモン七十二柱の悪魔になぞらえた名が付けられていた。


 最初は序列七十二位から支給され、力を付けていくのに合わせてより上位の《箒》へとランクアップしていくのが通例だ。


 だが、新人たる和夫が手にしている《アモン》は序列七位。

 最上位魔法少女クラスである。


 もちろん、序列二位たる結菜の《アガレス》には及ばないが。


(しっかし、昨日魔法少女になったばっかじゃ流石に宝の持ち腐れでしょ……?)


 そんなことを考えつつ、結菜は手にした《アガレス》を掲げる。


「変☆身!」


 結菜が叫ぶと同時に、結菜の身体を虹色の光が包んだ。


 光は生き物のように動き、結菜の身体を覆いながらその形を変えていく。


 上半身を覆う光は、シャツとジャケットの形状に。

 下半身を覆う光は、スカートの形状に。


 やがて光が消えると、そこには光が最後に形取っていたのと全く同じ形状の衣装に身を包む結菜の姿があった。


 際どいミニスカートに、やたらリボンやフリル等の意匠が施されて可愛らしさが強調されたシャツとジャケット。

 全体的に、蛍光色が強い。


 その姿は、まさしく『魔法少女』のイメージそのものだ。


 しかしその実、このコスチュームは高い伸縮性と耐久性を持つ上に、種々の魔法まで付与された高性能な魔法具なのである。


「変☆身」


 結菜の横で、和夫も同じく《アモン》を掲げる。


 するとやはり同じく和夫の身体が虹色の光に包まれ……それが消えた後には。


 際どいミニスカートに、やたらリボンやフリル等の意匠が施されて可愛らしさが強調されたシャツとジャケット。

 全体的に、蛍光色が強い。


 ……というコスチュームを身に纏った和夫の姿があった。


「………………キッツ」


 その言葉は、気が付けば結菜の口から飛び出していた。


「いやキツいキツいキツい! なんでおっさんまでこの衣装なの!?」


 次いで、ミルクに食って掛かる。


「そりゃ、これが魔法少女の正式コスチュームだミルからねぇ。和夫も魔法少女である以上、それを身につけるのは義務ミルよ」


 ミルクの口調は、何を当然のことをと言わんばかりのものである。


 ただしその頬は引き攣り気味であり、ヒゲもヒクヒクと震えている。

 恐らく内心では「キッツ」と思っているのであろうことがありありと伺えた。


「特例でおっさんの魔法少女を認めたんなら、コスチュームも特別に用意しなよ!」


「それについては現在開発課から、男性用コスチュームの開発予算を求めた稟議書を提出中だミル」


「アタシこの六年で、その稟議書とやらが受け入れられて実際に予算降りたパターン聞いたことないんだけど!?」


「こればっかりは仕方ないミルねぇ。どこも予算不足ミルからねぇ」


「アンタ、ホントにこれ仕方ないで済ませていい案件だと思ってるわけ!?」


 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめるミルクを掴んで結菜がガクガクと揺さぶる。


「まぁまぁ、先輩」


 そんな結菜とミルクの間に、当の和夫が割って入った。


「少し恥ずかしいですけど……私なら、大丈夫ですから」


 そう言って、はにかみながら頬を掻く。


「おっさんハートの強さが尋常じゃないね!? ていうか、どっちかっていうとアタシの方が大丈夫じゃないんだけど!?」


「あぁ、なるほど……そうですよね……年頃の女の子にとって、このスカートの短さは恥ずかしいですよね」


「いやそういうことじゃなくて!」


「ていうか、いいからさっさと行くミル! こうしている間にも、魔物による被害が出ているミルよ!」


 今度は、結菜と和夫の間にミルクが割って入った。


「むぐぐ……」


 被害が出ている、という言葉の前には結菜も黙らざるをえない。


「えーい、しゃーない! 行くよ、おっさん!」


 一瞬葛藤した末に割りきって、結菜は駆け出した。


「はい、先輩!」


 元気よく返事して付いてくる年上の後輩を、極力視界に収めないようにしながら。

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