第3話 とある魔法少女の警戒

 真山まやま結菜ゆいなは、当代きってのエース魔法少女である。


 魔法少女の絶対数が激減した今となってはエースという言葉も少々虚しい響きを伴うが、魔法少女全盛期にあったとて彼女が埋もれることはなかっただろうと言われていた。


 才能に溢れ、その上努力も怠らない。

 六歳(魔法少女になれる最低年齢である)の頃から十二歳現在に至るまで現役を続けている、魔法少女的にはベテランに分類される魔法少女である。


 しかしその年齢故に、これまでに教官役として直属の後輩――魔法少女は新人の間、教官役の先輩とコンビで活動する――を持ったことはなかった。


 近年の傾向からして、十四歳前後で魔法少女になる子が大半だ。

 そしてその年頃の少女たちにとって、いくらキャリアが上だからといって年下の少女に従う素直さを持つ者は希少である。


 また、両者の間にあまりの才能差があっても双方共に良い結果とならない。

 そういう意味でも結菜の直属の後輩となる者は非常に厳しい条件を満たす必要があり、これまで一人たりとも該当者は存在しなかったのである。


 そう、これまでは。


 結菜に直属の後輩を付けるという連絡があったのは、昨日のことである。


(しっかし……今時、そんな才能ある魔法少女がポンっと入ってくるもんかね……?)


 結菜は、かなり懐疑的な思いを抱えて魔法処女管理機構日本支部の廊下を歩いていた。


 綺麗なアーモンド型の目を細めながら、赤いリボンで結んだツインテールを揺らす。

 髪と瞳の色は、やや茶味がかった黒。


 顔のパーツは全体的に整っており、将来美人になるだろうことを見る者に予感させる。

 難しい顔で眉根を寄せていても、その愛らしさは健在である。


(半端な子で誤魔化すつもりなら、ミルクを訓練場の的にして魔法ぶっ放してやるから)


 尤も、その頭の中では割と物騒な思考が渦巻いていたが。


「こんにちは」


 そんな結菜に、話しかける人影があった。


「貴女が、真山結菜さんですか?」


 バーコードハゲで小太りで黒縁眼鏡のおっさんである。


「……?」


 そんなおっさんを見て、結菜は一瞬首をかしげた。


(新しい職員の人? でも、魔法少女管理機構の職員って妖精しかなれないんじゃなかったっけ……? 規則が変わったのかな……?)


 頭の中で軽く疑問を抱きつつも、結菜はペコリと頭を下げる。


「はい、真山結菜です。どうもこんにちは」


 結菜は、きちんと挨拶の出来る小学生であった。


「あの……新しい職員の方ですか?」


 顔を上げ、尋ねる。


「職員……とは、少し違うかもしれませんが。はい、新人です」


「そうなんですね」


 多少言い回しは気になったが、その言葉に結菜は納得の表情を浮かべた。


「山田和夫、と申します。これから、よろしくお願い致します」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 差し出された手を、結菜は特に戸惑うこともなく握る。


 魔法少女管理機構の職員であれば、同僚も同然。

 拒む理由もない。


「ところでアタシ、直属の後輩が出来るって聞いてきたんですけど……何か知ってますか? 昨日新しく入った子らしいんですけど」


 職員なら知っているかと思い、結菜はそう尋ねてみた。


「はい、私がそうです」


「?」


 しかし和夫と名乗ったおっさんの返答は予想外のもので、再び首をかしげる。


「いえ、そうじゃなくて。新しい魔法少女が配属されたって」


「えぇ、私がその新しい魔法少女です」


 ジリ。


 結菜が、半歩ほど後ろに下がった。

 同時に、いざという時のために持ち歩いている防犯ブザーのピンへと指をかける。


(もしかしてこのおっさん、危ない人……?)


 いつでも駆け出せるよう、後ろ足に重心を傾けたところで。


「おぉ結菜、よく来てくれたミル」


 聞き慣れたマスコット妖精の声に安堵の表情を浮かべ、結菜は咥え煙草でふいよふいよと飛んでくるミルクのところへ駆け寄った。


「(ちょっと、なんか不審者がいるんだけど! セキュリティどうなってんの!?)」


 ミルクの耳に口を寄せ、ヒソヒソと叫ぶ。


「不審者? どこミル?」


「(節穴か! すぐそこにいるでしょうが!)」


 わざとらしく辺りを見回すミルクの頭を引っ掴んで、和夫の方へと強制的に向かせた。


「はは、何を言ってるミルか」


 頭を固定された状態で、ミルクが朗らかに笑う。


「あれは和夫。結菜直属の後輩となる魔法少女ミルよ?」


「………………はい?」


 結菜の頭の上に、疑問符が沢山浮かんだ。


「ごめん、もっかい言って?」


「和夫は、結菜直属の後輩魔法少女ミル」


 先程とほぼ同じ台詞に、結菜は腕を組んで考える。


「……つまり、どういうこと?」


 しかしやはり意味がわからず、再度そう尋ねた。


「和夫は、結菜直属の後輩魔法少女ミル」


 繰り返されるミルクの回答。


「どういうこと、って聞いてるんだけど?」


「和夫は、結菜直属の後輩魔法少女ミル」


「だから、何なのそれ?」


「和夫は、結菜直属の後輩魔法少女ミル」


「RPGの村人か!」


 同じ文言しか口にしないミルクの頭を、結菜がペシンと軽く叩いた。


「ふざけてないで、ちゃんと説明して」


 今度はその顔を両手で挟んで自分の方へと向かせ、半目で睨みつける。


「別にふざけてないし、これ以上説明のしようもないミル」


 ギュムっと頬を歪まされたまま、ミルクは素知らぬ顔で肩をすくめるのみだ。


「……ちょっと待って、頭ん中整理するから」


 こめかみに指を当て、結菜は眉根を寄せた。


「あそこにいるのは、おっさん」


 ニコニコと優しげな笑みを浮かべたまま事を見守る和夫を指す。


「おっさんミル」


 ミルクもコクリと頷いた。


「で」


「で? ミル」


 ミルクが、今度は首をかしげる。


「魔法……少……女……?」


 和夫を指したまま、結菜は絞り出すような声で尋ねた。


「魔法少女ミル」


 対照的に、ミルクはなんでもないことのように軽く頷く。


「繋げると」


 ますます眉間に皺を寄せる結菜。


「あそこにいるのはおっさんで、魔法少女」


「あそこにいるのはおっさんで、魔法少女ミル」


 オウム返しに復唱するミルクに、結菜は一つ頷く。


「って、なわけあるか!」


 そして、今度は結構容赦なく強めにミルクの頭を叩いた。


「アンタね! 魔法少女って意味わかってる!? 少女だよ、少女! 男の人がなれるわけないでしょうが!」


「それは少し違うミル、結菜」


 チッチッチ、とミルクはドヤ顔で指を振る。


「実は魔法少女管理機構が制定している『魔法少女に係る就業規定』には、男女の別による就任資格の有無に関する記載はないのミルよ」


「んなもん、書いてなくてもわかるからでしょ!」


 食って掛かる結菜に対して、ミルクはドヤ顔を崩さない。


「しかし書いていない以上、男性であることは魔法少女になれない理由にはならないミル」


「お役所仕事!」


 頭を抱えて結菜が叫んだ。


「……って、ちょっと待って」


 しかし、ふとその表情を改める。


「そもそも、男の人には魔法少女適性が存在しないでしょ? それでどうやって魔法少女を名乗んのさ」


「我々もそう思っていたミルが、何事にも例外は付き物なのミルねぇ」


 しみじみとした調子で、ミルクは紫煙を吐き出した。


「まさか……?」


 顔を引き攣らせる結菜に向けて、ミルクが頷く。


「和夫の魔法少女適性は、685000ミル」


「ろっ……!?」


 結菜は絶句した。


 ちなみに、結菜の魔法少女適性は92000。

 これでも、日本支部で歴代ベスト三に入る数値なのだ。


「……なるほど。機構としては、おっさんだからって理由でそんな金の卵を手放すのは惜しいと判断したわけか」


 真山有菜は、十二歳の少女である。


 しかし魔法少女となって六年、いわば社会人六年目。

 そして結菜は己の所属する組織の状況を機敏に察し、そこから上層部の意図を考察出来る程度の聡明さを持ち合わせていた。


「ご想像にお任せするミル」


 果たしてミルクのその言葉は、肯定と同義であった。


「なるほどね」


 結菜の表情にも理解の色が浮かぶ。


 ここで自分が騒いだところで状況が変わることはないだろうと、結菜は年齢にそぐわぬ冷静な判断を下していた。


「私の直属になるってことは、教育方針は私の好きにしていいってことなんだよね?」


 けれど、納得出来るかというのはまた別の話である。


「お好きにどうぞ、ミル」


 再び肩をすくめたミルクに、結菜は無言で頷く。


(だったら、好きに試させてもらおうじゃん)


 和夫の方へと向き直る結菜。


(アタシのコンビとして、相応しいだけの器なのか……さ。おっさんだからって……いや、おっさんだからこそ容赦なんてしてやんないよ。アタシはこんなとこで、余計な足手まといなんて抱えてる場合じゃないんだから)


 その目には、ある種年齢相応とも言える嗜虐性と……どこか仄暗い光が、見て取れた。

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