第2話 とあるおっさんが魔法少女になった経緯

 ミルクが天に向けて絶叫してから、数分後。


「大変お待たせしたミル」


 そこには、何事もなかったかのように再びブラック課長と共に面接室へと入室するミルクの姿があった。


 ミルクとて、ひよっ子社会妖精というわけではない。

 多少の理不尽に遭遇したとて、自らの責務を放棄したりはしないのである。


 『魔法少女の面接をしようと思っていたらおっさんが来た(上司の出したカラ求人のせいで)』という状況が『多少の理不尽』に分類されるかどうかは、人によって意見が分かれるところであるが。


「いえ、お気になさらず!」


 和夫が、先程から変わらぬ爽やかな笑顔をミルクたちに向ける。


「まずは、お座り下さいミル」


「失礼致します!」


 律儀に直立不動のまま待ち続けていたらしい和夫に促すと、彼はお手本のように折り目正しく着席した。


「えー、それではこれより面接を始めるミルが。この部屋には嘘検知魔法が施されているので、全ての質問に対して正直に答えていただきたいミル。なおこれらは、魔法少女を適切に選別するため日本政府にも承認されている正規の措置ミル」


 立板に水を流すように、スラスラとお決まりの文言を述べるミルク。


 かつては毎日のように口にしていただけに、三年のブランクも問題にはならない。

 多少の硬さはあっても内心のうんざり具合を欠片も外面に出さない辺り、彼もプロの面接官であった。


「はい、心得ております!」


 元気な和夫の返事に、苦笑が漏れそうになるのも噛み殺す。


「ではまず、軽く自己紹介をお願いするミル。学校名と学年……は、ないミルね……」


 いつもの通りに続けようとして、今度は少し苦笑が漏れた。


「それじゃ、年齢とご一緒にお願いするミル」


 言い直して、和夫に向けて手を差し出す。


「はい! 山田和夫、年齢は四十五歳です!」


 再び立ち上がり、やはり文句なしにおっさんなプロフィールを述べる和夫。


「私はこれまで様々な職を経験しておりまして、そこから培った幅広い視野と技術は必ず魔法少女としても活かせると考えております! 本日は、よろしくお願い致します!」


 ハキハキと述べ、深々と頭を下げた。


「ありがとうミル」


 コクリと頷くミルクは、もう如何なることがあろうと動じない面接官としての面皮を纏っている。


「では次の質問ミル。具体的に、貴方の経験を魔法少女としてどのように活かせるか挙げてもらえるミルか?」


「はい! あくまで一例ではありますが、《箒》の製造に関わっていたこともありますので、妖精の皆様のお手を煩わせることなく自分でメンテナンスを行うことも可能です!」


「へぇ、それは凄いミルね」


 ミルクのこの賞賛は、心からのものである。


 魔力を魔法として顕現するための補助デバイスである《箒》は、魔法少女にとっての必須アイテムだ。

 その製造に使用されている技術は基本的に妖精由来のものだが、妖精の身体はその小ささゆえ人間向けデバイスを扱うのに向かない。


 そのため、《箒》の製造ラインは人間界に置かれている。

 恐らくはその辺りでの職歴があるのだろうとミルクは当たりを付けた。


 なにせ《箒》製造業は昨今の魔法少女不足の影響をもろに受ける業界であるため、今や開店休業状態。

 そこから職にあぶれて求職している者も多いという話だ。


 尤も、だからといって魔法少女になろうとする例など聞いたこともないが。


 などと益体ないことを考えながらも、ミルクは淡々と面接を進めていく。


「とはいえ魔法少女の主な業務は魔物との戦闘ミル。それに関する覚悟はあるミルか?」


「はい! 格闘技も経験しておりますので、戦闘に活かすことが可能です! また、痛みに対する耐性も人より大きいと自負しております!」


「そうミルか。ちなみに魔法少女になるとマスコット妖精と生活を共にすることもあるミルが、それは大丈夫ミル?」


「はい! トリマーの資格も持っておりますので、妖精さんにも快適な生活を送っていただけると思います!」


「それはいいミルねぇ。けど、魔法少女になることは誰にも……家族にも秘密にしなければならない情報ミル。ご家族に対して秘密を抱えることになるミルが、その辺りは?」


「はい! 独り身ですので問題ありません!」


「なるほどミル。魔法少女同士の連携が重要となる場面も多いミルが、コミュニケーション能力に対する自信はあるミルか?」


「はい! これまでの職場では十代の方から定年を超えた方まで様々な年代の方と仕事を共にして参りました! 無論世代毎にギャップというものは存在致しましたが、その根底にある性格というものは世代によるところではないと実感しております! どなたのお話もじっくり伺えば納得出来るところがあり、私はそれらを傾聴すると共に要約することで世代間の認識差異を――」


 面接は、淡々と進んでいく。


「はい! 大型システム開発案件のプロジェクトマネージャーとして途中参画した経験がございますが、参画時点で生じていた半年の遅れを取り戻し、最終的に期日前にプロジェクトを完遂させることに成功致しました! その際に行った、具体的な改善策と致しましては――」


 面接は、淡々と進んでいく。


「はい! 当初当該企画の承認プロセスにそもそも問題が生じていることに気付きました私は、品質管理部に掛け合い――」


 面接は、淡々と進んでいく。



   ◆   ◆   ◆



 といった感じで、恙無く面接を終えて。


「おっさん、めっちゃ高スペックだったミル……!」


 和夫を残して一旦面接室を退室したミルクは、頭を抱えていた。


「メンタル、タフネス、コミュニケーション能力、統率力、熱意、頭の回転、経験値……どれを取っても、非の打ち所がないミル……! なんか、ボクでも知ってる会社の経営立て直しやってたとかどういうことミルか……! しかも、それが数ある職歴のうちの一つに過ぎないミル……!」


「いやぁ、スーパーマンみたいな人ックねー」


 もはや部外者感すら漂う感じで、ブラック課長は感心した様子で頷いている。


「ていうか魔法少女以外なら何にでもなれそうなのに、なんでよりにもよって魔法少女を志してしまったミルか……!?」


 ポム、とやるせない気持ちを込めてミルクは壁を叩く。


「特に、最後の答えは良かったックねー」


 しみじみと言うブラック課長の言葉に、ミルクも力なく頷いた。


 魔法少女採用面接において、最後に聞く質問は慣例として決まっている。


 曰く。


 ――貴方が、魔法少女を志す理由はなんですか?


 そのシンプルにして、最も根源的な問いに対して和夫が返した答えは。


「みんなの笑顔を守りたいからです! ……なんて。今時、そんな魔法少女らしい答えを堂々と言い切れる子は魔法少女の中でさえ希少ック」


「嘘検知魔法が一ミリも反応してなかったし、ガチで本心からそう思ってるミルね……」


「『魔法少女とは、泣いている誰かを笑顔にするためにその力を振るう存在である』……ックか」


「魔法少女大原則、第一条。魔法少女の最も基本にして最初に学ぶ言葉でミルが、覚えてる子なんてどれくらい残ってるもんだか……ミル」


「ぶっちゃけ、我々も初心を思い出させて貰った気分ックねぇ」


 感慨深げに言ってから、はぁ、と二匹同時に溜息を吐く。


「これで、おっさんでなければミル……」


 遠い目で、ミルク。


「そうは言っても、おっさんックからね……」


 同じく遠い目で、ブラック課長。


「そうミルね……おっさんだと……」


「そうックね……おっさんなら……」


 二人の溜息が、再び重なる。


『魔法少女適性値が……』


 揃って言った後、それぞれ「ミル」「ック」と続けた。


 魔法少女適性値とは、その名の通り魔法少女への適性を示す値である。

 魔法少女適性は人間の場合これまで女性にしか存在が確認されておらず、年齢と共に徐々に減少していくことが知られている。


 人材不足に悩む魔法少女機構が、それでも定年制度を維持しているのはそのためだ。

 決して二十歳を超えた魔法少女がキッツいからとかそういう理由ではなく、それが魔法少女に変身出来る限界ギリギリの年齢なのである。


 男で、しかも四十五歳ともなれば役満もいいところだ。

 いくら理想的な人材でも、魔法少女に変身出来なければ魔法少女にはなれない。


 あまりに当たり前な話である。


「ボク、なんかもう最後の方はおっさんでも採用していいんじゃないかなーとすら思い始めてたんミルけどね……」


「言っても仕方ないック」


 ガックリした態度を隠しもしないミルクに対して、ブラック課長は肩をすくめた。


「あれだけ純粋に魔法少女を目指している彼に、現実を告げるのは辛いックが……」


「いつまでも、こうしているわけにもいかないミルね……」


 力ない笑みを交わしあった後、ミルクは魔力の光を纏って虚空に魔法陣を描く。

 魔法陣が完成するとそれが一瞬強く光り、宙に直径十センチ程の黒い穴が出現した。


 空間魔法により、《ゲート》と呼ばれる亜空間への穴を開いたのだ。


 《ゲート》から魔法少女適性測定器――見た目は、人の拳大の水晶球のようなものである――を取り出し、ミルクは再び面接室へと足を踏み入れる。


「何度もお待たせして申し訳ないミル」


「いえ、とんでもございません!」


 改めて入室したミルクとブラック課長に対して、和夫は折り目正しく一礼した。


「それでは、これから最後の試験を始めるミル」


「魔法少女適性値測定……でしょうか?」


 ミルクが両手で抱える測定器にチラリと目を向け、和夫が尋ねる。


「ご存知だったミルか?」


 測定器を和夫の前に設えられたテーブルの上に置きながら、ミルクは首を傾けた。


「はい、魔法少女に関する知識は一通り学習して参りましたので」


「それは重畳ミル」


 またも、ミルクは苦笑を抑えることになる。


(そこまで調べているなら、自分に魔法少女適性が存在する可能性がないってことにも気付いて欲しかったミルね……)


 そんな風に、内心で独りごちつつ。


「それでは、これに手をかざして欲しいミル」


 設置した測定器を指し示した。


「はい、承知致しました」


 指示通り、和夫が測定器に手をかざす。


(まぁ、どうせゼロを確認するだけミルけどねぇ……)


 これも心の中で思うだけで、ミルクは黙って己の魔力を流すことで測定器を起動した。


 すると、水晶の中心に「0」との表示が出現する。


「はい、これで終わ……」


 り、と言いかけて。


「………………はい?」


 思わず、ミルクはそんな声を上げた。


 水晶の中心、そこに表示されている数字が物凄い勢いで上昇しだしたから。


 それ自体は、見慣れた光景ではある。

 魔法少女適性値計測中の動きとして、想定される通りのものだ。


 そこに手をかざすのが、おっさんでさえなければ。


「適性が……!?」


 息を呑み、ミルクは測定器を凝視する。


 十……百……千……万……十万……。


 測定器が示す数値は、グングンと上昇していった。


「ちょっ!?」


 ようやく動きを止めた測定器の値を見て、ミルクは驚愕の声を上げた。


「ろくじゅっ……!?」


 その数値を、思わず口にしかけて。


「(シッ!)」


 しかし、その直前でブラック課長の手が素早くミルクの口を塞ぐ。

 おかげで、その数値の最後までが音として空気を震わせることはなかった。


 685000、という数値が。



「(ミルクくん、予備の測定器を! 念のため、ありったけだ!)」


「(しょ、承知致しました!)」


 小声でやり取りする妖精二名は、完全に自分のキャラを忘れている模様である。


 ミルクは先程と同じように、そして先程より随分と大きく、虚空に魔法陣を形成した。

 生成された直径五十センチはある《ゲート》から、ドサドサドサッと大量の測定器が落ちてくる。


 見た目は水晶だが、その正体は魔法と科学が融合したテクノロジーの産物的なサムシング。

 多少荒い扱いをしたところで傷が付くこともない。


「ね、念のため他の測定器でも測定するミルね~」


「はい、承知致しました」


 かなり白々しくなっているミルクの物言いを気にした風もなく、和夫は指示に従い測定器に手をかざしていく。


 結果。


 685000。


 685000。


 685000。


 685000。


 etcetcetc……。


 どの測定器で測ろうと、表示される値は全く同じだった。


「(一応彼の使った後で測定してみましたが、ボクの適正値は正常に測定されました)」


「(ふむ、ではやはり測定機の誤作動というわけではなく……)」


「(これが、彼の魔法少女適性値ということになります)」


 ちなみに、一般的な魔法少女の魔法少女適性値はおよそ1000程度だ。


 ミートスパゲティの適正値が30で、枝豆の適正値が5とされている。


 つまり。

 ここにいるおっさんは、平均的な魔法少女の約700倍、枝豆の14万倍ほどの魔法少女適性を持っているということだ。


 ミルクとブラック課長、無言で頷き合う。


 そして、声を揃えてこう言った。


『キミ、採用!』


 史上初の、おっさん魔法少女が誕生した瞬間であった。

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