史上初のおっさん魔法少女が誕生した経緯とその顛末について

はむばね

第1話 とある人事課の苦悩

 世は、空前の魔法少女不足であった。


 全ての少女にとって魔法少女が憧れだったのも、今は昔。


 危険の割に手当てがショボい、拘束時間が不規則で勉学に支障が出る、正体は秘密だから就職にも役立たない、ていうかぶっちゃけ今時魔法少女とか流行んないよねー、等々の理由により今や魔法少女になりたがる少女は絶滅寸前とすら言える。


 従来の十五歳定年制を二十歳まで引き上げたり、再雇用時の優遇措置を設けたりの対策を図るも、業界全体の人員不足は深刻なもの。

 そんな中でどうにか現職で回そうとするために一人一人の労働時間が長くなり、更に退職者が増えるという悪循環であった。


 現在、魔法少女業界は超が十個は付く売り手市場だ。


「はぁ……困ったミル……困ったミル……」


 魔法少女管理機構、日本支部。


 半分傾いた『人事課』というプレートの掛かったドアから続く部屋の中で、人事課所属のマスコット妖精であるミルクは頭を抱えて机に突っ伏していた。


 フェレットに似た、手乗りサイズの白い体躯。

 つぶらな瞳を有するその姿は本来大変に愛らしいものであるはずだが、今は過度のストレスによってだいぶ目が濁っており、どちらかといえば怖い。


 毛並みも艶を失っていて、どこか使い古されたぬいぐるみを彷彿とさせた。


「ここ三年で、定年退職した魔法少女は三十九人……自己都合による退職は九十七人……にも関わらず……! 新人魔法少女はゼロ! それどころか、面接希望者すらゼロってどういうことミルか!」


 甲高く可愛い声で叫びながら、ポム、と深い毛に覆われた手で机を叩く。


「このままじゃ、三年後には魔法少女の数は半分、十年後にはゼロになっちゃうミルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 ポムポムと机を叩くミルクが、ふとその手を止めて遠い目となった。


「昔は良かったミルねぇ……ボクたちが声をかければ、女の子は二つ返事で魔法少女になってくれたミル……それが今や、無視なら良い方。保健所に連れて行かれそうになったこと数知れず、オークションで珍獣コレクターに売っ払われそうになった時はどうなることかと思ったミル……」


 その時のことを思い出しているのか、ブルリと身を震わせるミルク。


「『大厄災』が未だに尾を引いてるのが痛すぎるミルね……まぁ、仕方ないこととはいえ……ミル」


 はぁ、と吐き出す溜息はどこまでも重い響きを伴っている。


「って、愚痴ったところで詮無いことミルね。それより、どうにか女の子たちの興味を引くような求人を考えないとミル……」


 ミルクは表情を改め、机の上に転がっていたシガレットケースから煙草を取り出し咥えた。

 次いで、虚空へと目を向ける。


 すると、ミルクの身体が淡い光を纏い始めた。

 自身の魔力が発する光だ。


 そこから一本、細い糸のような光が宙空へと伸び始めた。

 何の感慨も宿さぬミルクの視線の先で、それが複雑な文様を形成していく。


 魔法を発動するための魔法陣である。


 やがて完成した魔法陣が、僅かに輝く。

 すると、その中心に小さな炎が灯った。


 それで煙草に火を付け、大きく吸い込む。


「ふぅ……」


 煙を吐き出すミルクの表情は、先程より幾分かは落ち着いているものだ。


 なお禁煙分煙が声高に叫ばれる近年の風潮に逆らう形で、魔法少女管理機構日本支部の建物内は全面喫煙可である。

 ミルクの傍らには、いくつもの吸い殻が詰め込まれた灰皿が転がっていた。


「となると、やっぱり福利厚生ミルか……? ……いやそれ、女の子の興味引くミルかね……? でも女の子は、小さい頃から現実的って言うしミル………………って、よく考えたらそもそも福利厚生に割ける予算なんてないミルね……はは……」


 死んだ魚のような目で笑いながらブツブツと呟くミルクの姿は端的に言って「ヤバい」以外に称しようのないものだったが、それを見咎める者はいない。


 というか、その室内にはミルク以外誰の影も存在しなかった。

 魔法少女の減少に応じて魔法省より割り振られる予算も減額の一途を辿り、今や人事課に所属している平妖精はミルクのみとなっているのである。


「ミルクくん、大変だック!」


 ミルクの虚ろな笑い声だけが木霊している室内に、そんな声――やはり甲高く可愛いものである――と共に新たに一名の妖精が飛び込んできた。


 ミルクの上司に当たる存在、人事課長のブラックだ。

 ミルクとよく似た容姿だが、その名の通り毛色は深い漆黒である。


「なんでミルか、ブラック課長。ついに、ボクのリストラでも決まったミルか?」


 虚ろな笑みを浮かべたまま、ミルクが投げやりな調子で尋ねる。


「いや……魔法少女の面接希望者が現れたのだック!」


「ほーん? そうでミルかー」


 カッとつぶらな目を更に見開いて告げるブラック課長に対して、ミルクは耳孔を穿りながら半笑いで返事した。


「面接希望者ミルねー。面接………………面接?」


 しかし、徐々に言葉が頭に染み渡っていったかのように表情を変えていく。


「面接希望者ミルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 やがて完全にその意味を理解したらしく、ミルクの顔は驚き一色に染まった。


「そ、それって魔法少女になりたい子がいるってことミル!?」


 半信半疑……いや、信じたいと気持ちと信じられない気持ちがブレンドされたような調子でブラック課長に詰め寄る。


「うむ、そういうことだック」


「そ、そ、そ……」


 そしてブラック課長が厳かに頷くと、ミルクは急にワタワタと手を動かし始めた。


「そそそそ、それで面接っていつミル!? その子はいつ来てくれるミルか!?」


「というか、実はもう来ているック」


「やる気満々じゃないミルか!?」


 その言葉に、ミルクはますますブラック課長に詰め寄る。

 もはや、二者の距離はキス寸前といったところだ。


「そんな子を待たせるわけにはいかないミル! 超特急で行くミルよ、ブラック課長!」


 煙草を灰皿に押し込み、スキップしながら――といっても妖精は魔法の力で宙を飛んでいるため、実際地面にステップを刻んでいるわけではないが――鼻歌混じりで部屋を出て行くミルク。


 彼は、気付いていなかった。


「……うむ、ック」


 朗報を告げに来たにしては、ブラック課長の声と表情がやけに硬いものであるということに。



   ◆   ◆   ◆



「はぁ、ドキドキするミルねぇ……面接なんて、三年ぶりミルよ」


 面接官席に着いたミルクは、ソワソワしながらそんなことを呟く。


「ま、といっても面接なんて形式上だけミルけどね。今の状況で来てくれる子なんて、即採用に決まってるミル。ねぇ、ブラック課長?」


「うむ、まぁ……ック」


 どことなく気まずげな表情で、ブラック課長は曖昧に頷いた。


「? どうしたミル? なんだか、様子がおかしいミル?」


「いや……ック」


 ブラック課長が、続けて言葉を濁したその時。


 コンコンコン、と面接室の扉をノックする音が響く。


「おっと、来たみたいミルね……」


 ブラック課長から視線を外し、ミルクは部屋の入り口へと目を向けた。


「どうぞミル~」


 次いで、今にも歌い出しそうな調子で返答する。


「失礼致します!」


 扉が開くと同時に届く、そんな言葉。


「……ミル?」


 ミルクは首を傾げた。


 扉の向こうから聞こえてきた声が、やけに低く野太いものだったから。


 そして。


「本日は、よろしくお願い致します!」


 椅子の前までキビキビと歩き、深々とお辞儀した人物を見てミルクは真顔となった。


 どこかで見たことがあるような顔だな、などと一瞬現実逃避気味に考える。

 しかし、まぁそれも気のせいであろうとすぐに思い直した。


 どこか優しげな雰囲気を感じるその顔には、しかし取り立てて挙げる程の特徴もない。

 どこにでもいるような顔だ。


 黒縁眼鏡をかけていて。

 小太りで。


 バーコードハゲな。


 どこにでもいるような……そう。


山田やまだ和夫かずおと申します!」


 そう言って、ニコリと爽やかな笑みを――脂ぎった顔に――浮かべる面接希望者とやらは、どこにでもいるような、完全無欠のおっさんだったのである。


「ブラック課長、ちょっと」


 真顔のまま椅子から浮き上がったミルクは、ふいよふいよと飛んで部屋の出入り口の方へと移動しながらブラック課長を手招きする。

 呼びかける声は、普通に低い男声だ。


「いやミルクくん、今は面接中だックからね……」


「いえ、私のことはお気になさらず!」


 チラリと目を向けたブラック課長に、和夫と名乗ったおっさんは笑顔のままハキハキそう言った。


「そうックか? いや、すみませんックね」


 ペコリと和夫へと頭を下げ、ブラック課長も席から浮き上がりミルクを追いかける。


 ガチャ。

 バタン。


 面接室から出たところで。


「おっさんじゃないッスか!?」


 ミルクは大声で叫んで、ブラック課長に食って掛かった。


「お、落ち着くック。ミルクくん、語尾、声」


「あっ……」


 ブラック課長の指摘に、ミルクはハッとした表情に。


「お、おっさんじゃないミルか!?」


 やや慌てた調子で、そう言い直す。

 声も甲高く可愛らしいものに戻っていた。


 どんな時でもキャラを崩さないのは、マスコット妖精の鉄則である。


「いやいや、男は誰しもいつかはおっさんになるんだックよ。確かに、若さにある種のアドバンテージが存在するのは事実だック。しかし、おっさんはおっさんになる過程で深みを増していくのだック。そうして熟成されたおっさんの魅力は、決して若い者に負けるものではないック。むしろ、おっさんこそが男の完成形だとすら言えるック。大体、キミだって今年で三十……」


「そういうことを言ってるんじゃないミルよ!」


 滔々と語り始めたブラック課長を遮り、再びミルクが叫んだ。


「どうしておっさんが魔法少女の面接に来るミルか!? スカウト課の誰かがヤケクソにでもなったミル!? ならそいつの名前を今すぐ教えるミル! 重大過失と心神喪失を事由に解雇手続きを進めてやるミルよ!」


「あー……そうではなくてックね……」


 言いづらそうに、ブラック課長は口ごもる。


「その……ハロワ経由で来たック……」


 しかしやがて、小声でゴニョゴニョとそう続けた。


「なんでハロワに魔法少女の求人があるミルか! 確実に魔法少女適齢期の女の子は見ないミルよね!?」


「ハロワなら、無料で求人出せるックからね……せめて求人実績くらいは残しとかないと、ますます予算が……ック」


「じゃあ百歩譲ってハロワに求人出すのはいいとして、どうしておっさんが来るミルか!? 普通、条件で弾かれるでしょミル!」


「年齢や男女の制限設けると、掲載してもらえないックから……まさか、ホントにハロワからこの求人見て来る人がいるとは思わなかったし……ック」


「悪質なカラ求人ミル!?」


 頭を抱えるミルクの肩を、ブラック課長がポムと叩く。


「まぁまぁ、来ちゃったもんは仕方ないック。とりあえずは面接をしようック」


「お互いにとって世界一無駄な時間にしかならないミル……これ、もう今の時点で帰って貰えないミルか……?」


「形だけでも採用試験しないと、行政の指導が入るックから……」


「もういっそ指導されてしまえミル!」


 天に向け、心から叫ぶミルクであった。






―――――――――――――――――――――

本作を読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、少し下のポイント欄「☆☆☆」の「★」を増やして評価いただけますと作者のモチベーションが更に向上致します。


本日中に、第4話まで投稿致します。

よろしくお付き合いいただけますと幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る