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 侵入生物達の繁栄は留まる事を知らない。

 誕生から七十五時間――――ルアル文明式暦に換算すると約三日が経った時、侵入生物達は八つの銀河を喰い尽くしていた。銀河が持つ全質量は勿論、ルアル文明が制御している真空のエネルギーも全て餌にしている。

 個体数を数える事は、最早現実的ではない。ルアル文明の技術力ならば数える事自体は然程難しくないのだが、十兆百兆が端数になるような単位を見ても、大抵の知的生命体には実感が持てない。そもそも侵入生物達は毎秒猛烈な速さで増殖しているため、数は今この瞬間も増加し続けている。誰も分からない数字を並べたところで、なんの意味もないのだ。

 ルアル文明では侵入生物の規模を推し量るために、観測された質量で表現している。その基準に則り、今の彼女達を数えれば……ざっと平均的な銀河数十万相当の質量を有していた。豊富なエネルギーのお陰で、銀河数以上の繁殖に成功したのだ。

 とはいえ増えれば、その分食べる量も増える。そして食べたら、エネルギーも質量も尽きてしまう。

 祖先種が暮らしていた宇宙ならば、あちこちに生息する他のネビオスが絶え間なく活動し、その際に生じる莫大なエネルギーを餌にしているため飢えとは無縁だった。強大無比な天敵による捕食もあって、個体数の増加も歯止めが掛かる。このため安定した生態系が成り立っていた。

 しかしこの宇宙ではそうもいかない。ルアル文明程度の『生産力』では、侵入生物達の腹を満たす事は出来ない。駆除も出来ていないため、個体数は増え続ける一方。このため侵入生物の生息域は、エネルギーが枯渇した状態だ。

 だからこそ彼女達は生息域の外に向けて進んでいく。餌のない場所にいても仕方がない。新たな餌を求めて、子孫を増やすため、銀河を喰らっていく。

 ――――しかし何もかも食べ尽くされた、銀河の跡地に残る個体も存在している。

 というより、質量的にはこちらが大多数だ。何故何もない空間にいるかといえば、周りの銀河や星が遠くてそこまで行く気がないため。高度な演算能力を持つ侵入生物達の神経系は、今からわたわたしながら向かったところで、先に辿り着いた連中が全て食い尽くして無駄足に終わる事が予測出来ていた。無駄な事にエネルギーを使うぐらいなら、じっとしている方が合理的である。

 それに侵入生物が無数にひしめくという事は、それだけ餓死する個体も多い。餓死個体の身体は生きている個体の餌となり、次の世代を生み出す。餌は少ないが、常に補給はされている状態だ。量子ゆらぎ操作で作られたエネルギーもあるので、侵入生物の総数は減るどころか少しずつだが増えている。

 更なる繁栄を求めて外へと向かうのもいいが、安定した環境で着実に子孫を残すのも一つの手。自身の遺伝子を増やそうとする侵入生物であるが、その方法は多様なのだ。

 ――――『彼女』もまた、安定した暮らしの中での繁栄を選択した個体の一体だった。

 何もない空間を慣性で飛び回りながら、何処かの誰かが死ぬのを待つ。死骸を食べ、十分なエネルギーを溜め込んだら繁殖を行う。天敵がいない故の、シンプルな日々を満喫している。自分が先に飢えて死ぬかも知れないが、数学的情報で体調を認識する侵入生物に恐怖や不安は一切ない。

 悠然と、餌が現れるのを待つだけ。

 そんな暮らしの中で彼女は、ふと餌以外のものを見付けた。彼女だけが見付けた。

 空間に残る、僅かな『ヒビ割れ』を。

 ……それは、空間に残るほんの僅かな残渣。他宇宙と行き来するための、ゲートの『痕跡』だった。かつて此処にはこの宇宙と他の宇宙を繋ぐ特大のゲートがあったのだ。勿論そのゲートは今、そこらを飛び交っている侵入生物達(正確にはその数十世代前の先祖)が星ごと喰い尽くしたが。

 痕跡は十一次元空間の、少しズレた座標にだけ残っている。次元の異なる位置にあったため、侵入生物が真空のエネルギーを食い尽くした後の場所にも残る事が出来た。これに彼女は発見したのだ。

 他個体がこのヒビ割れを無視していたのは、理由の一つはその座標を観測するための力を持っていなかったため。

 祖先種ならば難なく発見しただろう。しかし侵入生物には出来ない。何故なら空間のヒビ割れがある座標を、多くの侵入生物は観測する能力がなかったから。情報処理には多くのエネルギーを使う。例えば洞窟性の動物は視力がない事が多いが、それは視覚処理で使うエネルギーを削減するため。その効果は、高度な視力を持つ種よりも十五パーセントほど効率が良いという研究もある。侵入生物にも同じ事が言えて、使わない情報は端から受信しない方が効率的だ。このため普段の生活圏でない、空間のヒビ割れのある座標は無視する方が生き残るのに役立つ。だから観測出来ない個体が多数派なのである。

 そして無視しているもう一つの理由は、ヒビ割れ自体に関心がないから。

 空間のヒビ割れは、ただの痕跡だ。例えるならば、何度も通った地面に獣道が出来るようなもの。これ自体が食べられる訳ではない。

 食べられない繁殖に使えないものに興味はない。侵入生物達の嗜好性は極めてハッキリしていた。

 だが、『彼女』は違う。

 彼女はヒビ割れに近付いた。知能と呼べるものを持たない彼女は、そのヒビ割れに好奇心など抱かない。では何故近付いたかといえば……『本能』だ。周りと異なる状態の空間に近付こうとする行動を起こす、というもの。

 この行動もまた、侵入生物的にはこれといった意味はない。彼女の数世代前の先祖が突然変異により備えた習性であるが、目立った不利がなかったから次世代に引き継がれただけ。これもまた生物進化ではよくある事象だ。天敵がいない環境では、雪だらけの地における白いウサギと茶色いウサギの生存率に、大きな差異はない。誰も捕まえないから、どちらも同程度生き延びて、世代を繋いでいく。

 されど白と茶色のウサギが棲む雪国に、獰猛なキツネがやってくれば事情は変わる。白い色が保護色というを持ち、明確に白いウサギの生存率が上がるのだ。

 彼女の場合も同じだ。空間のヒビ割れとの遭遇が、キツネの侵入が如く変化を生む。

 彼女は見付けた空間のヒビ割れに、ぐりぐりと頭を突っ込む。ただの本能だ。これで何が起きるかなんて、彼女には分からない。しばらくその行動を続けて、何もなければ立ち去ったたろう。彼女の親世代や姉妹は、残念ながらそうなっていた。

 しかし今回は違う。

 彼女の身体の周りでは、ゲートを開く際に使う空間の歪め方と、同じ歪み方の空間が形成されていた。周りの空間を歪めている理由はルアル文明が仕掛けた空間伸長に耐えるため(侵入生物が食い荒らした跡の場所でも時間稼ぎのため空間伸長は続けられていた)の形質だが、耐えさえすれば歪ませ方などどうでも良い。そのため個体差が生じており、偶然にもゲート開閉と一致する形質が生まれていたのだ。

 そのためヒビ割れが少しずつ広がっていく。

 ――――侵入生物には宇宙を渡る能力などないし、有ったところで使えない。

 何故なら祖先種が生息していたネビオスの世界は、物理法則に支配されていたから。侵入生物達が量子ゆらぎ操作で作り変え、力を存分に活用出来る物理法則にした領域は、祖先種ネビオスが暮らしていたのと同じ宇宙のルール環境に縛られていた。だからどんな力を用いたところで、ネビオスの末裔たる侵入生物は他宇宙に辿り着けない。

 しかし既に道があるなら話は別。

 執拗に頭を食い込ませた彼女の身体が、ついに空間のヒビ割れに。一旦入ってしまったら、身体がすっぽり嵌ってしまい後ろに下がれなくなった。慌てる、等という感情は持ち合わせていないが、彼女は激しく身体を左右に振る。これは敵に捕まった際、少しでも逃げて生き延びるための反射的行動だ。身体が『挟まれた』状態になったため、敵に捕まったと誤認したのである。

 勿論今は天敵に捕まっているのではなく、穴に嵌った状態だ。だから暴れた事で『前進』しても状況は変わらない。むしろ頭だけの状態から全身すっぽり嵌った状態へと悪化し、更に激しく暴れ出す。知的生命体から見ればあまりにも間抜けな様相だろう。

 ……暴れるほど、前進している事に目を瞑れば。

 嵌ったから暴れる。暴れるから前に進む。身体に纏う歪みは空間のヒビ割れの奥深くへと浸透し、更にヒビ割れを広げていく。最初は微々たる影響だったが、一部が破損すると周りに伝播。ヒビ割れになるほどではない、けれども度重なるゲート使用で脆くなっていた場所が割れていく。そして破損は連鎖的に広がっていき――――

 最後に、大きな範囲が割れた。

 空間の耐久が限界を迎え、『ゲート』が開いたのだ。ゲートと言ってもそれはルアル文明が普段移動時に使うような、安定かつ安全なものではない。空間は元に戻ろうとするあまり、まるで生き物の消化管が如く蠢いている。あらゆるものを消し去る虚空領域が嵐のように吹き荒れ、通ろうとするものを(無論空間に意思などないが)全て攻撃していた。それに何時閉じるかも分からない。

 ルアル文明の宇宙船でも、民間船程度では一瞬で沈められるだろう。高性能探査船でも長くは持たず、油断すれば瞬く間に大破する。侵入生物にとっても安全とは言い難い。耐える事自体は可能だが、それには多くのエネルギーが必要だ。あまり長居は出来ない。

 それでも彼女は前に進む。理由はない。強いて言うなら、本能の赴くままに。

 かくしてその本能は、彼女に『利益』をもたらした。ゲートの終わりが見えてきたのだ。感情を持たない彼女は淡々と、けれども着実に終わりを目指して進む。

 ついに出口から飛び出した、瞬間ぺしゃりとに墜落した。

 今まで宇宙空間で進化・適応してきた彼女の身体は、重力という力に抗う事をすっかり忘れていた。高さ一メートル程度の位置から落ちた身体は、たったそれだけの衝撃でぐしゃりと潰れてしまう。細胞同士の結合が弛い身体は、墜落の衝撃に耐えるほどの硬さはないのだ。体長二十センチの身体に見合った、生々しい水溜まりが出来た。

 しかしろくな内臓も持たない身体は、潰れても問題なく生きている。生きていれば周囲を感じ取れる。そして彼女は自分の身体がどうなったかよりも、此処がどんな場所であるかの方に関心を抱く。

 彼女が辿り着いたのは、とある惑星。惑星上だけで人口六千億人を誇る、けれどもルアル文明から見たらちょっと田舎っぽい居住惑星の一つ。

 そして今までいた宇宙とは、異なる宇宙に浮かぶ文明だ。

 ゲートが繋がっていたのは、その惑星の『空港』だった。総面積三千七百平方キロを誇る、ルアル文明としては特筆するほどでもない、されど一般的な人間から見れば十分に巨大な施設。

 三日前までは大勢の人々が旅行や仕事目的でゲートを使い、宇宙の間を行き来していた。二日前には侵入生物の大群から逃げる人々が、避難のために通ってきていた。一日前には侵入生物の襲来を防ぐためゲートを停止。念入りに出口を封じた、つもりだった。

 だが、彼女はやってきた。文明が作り出した消えない傷跡を辿って。

 彼女の身体が広がった場所にあるのは、金属製の床。有機物ではないが、エネルギーを直に変換出来る侵入生物からすれば関係ない。身体全体、より正確には肉体を構成する細胞一つ一つが金属元素を取り込み、分解・加工して肉体の材料とする。

 成長して大きくなったが、彼女はその身体を元の形に戻そうとはしない。潰れたまま成長していく。

 その食事と成長を二秒も繰り返すと、広がっていた肉が収縮するように集まる。元々の、足のないイモムシに翅を生やしたような姿ではなく、それをぐちゃぐちゃに丸めたような形だったが。しかし重要なのはある程度大きな肉塊になる事。形なんか適当で良い。

 どうせすぐに、肉の内側から生まれた次世代がその身体を食い破るのだ。

 彼女の身体から生まれ出たのは、体長一センチ程度の幼体。それも一体だけではなく、一度に十八体も生まれ出る。母親の身体を躊躇いなく貪り、あっという間に血肉一つ残さず食べ尽くす。

 母の死など幼体達は気にしないが、食べ物がなくなった事は気にする。そして十八体の幼体――――侵入生物は母親と同じ姿形をしているため、今すぐにでも飛び立つ事が可能だ。

 二体の侵入生物は、母親が今まで食べていた床に落ちてべちゃりと広がった。残り十六体は翅を広げ、あちこちに飛んでいく。重力があると分かっていれば、墜落せずに飛ぶ事は造作もない。また時空の流れを利用する侵入生物達は空気抵抗なんてものは関係なく、秒速六億光年もの速さで飛翔可能だ。

 その猛烈な勢いで飛んだ先に壁があっても構わず突っ込む。

 壁にぶつかっても、侵入生物の身体はべしゃりと潰れてしまう。しかし母と同じように、その身体には臓器も何もない。むしろ潰れた事でより広範囲の物質を取り込める。猛烈な勢いで壁を構成する元素を喰らい、改変し、自らの肉体へと変換。たった十秒で繁殖可能な成体へと育つ。そこから二秒で次世代を生むために必要な元素を取り込む。

 後はこの繰り返し。

 ゲート突破から十四秒後には三百二十四体にまで数を増やす。既に空港内には非常事態を告げる警報が鳴り響き、惑星政府にも危機を知らせる一報が届いた。管理AIは侵入生物の存在を感知するや情報を全惑星ネットワークに配布。自動運転車が半ば強引に人々を乗せ、民間船AIが平常時規定を無視して市民を星の外に運び出そうとする。

 だが、侵入生物達から逃れるのは困難だ。

 五十秒も過ぎれば侵入生物は十万体以上に増殖。空港の壁を食い破り、一部の個体が次の餌を求めて外へと溢れ出す。空港の外に広がるものの全て、それこそ大気や光や熱を一粒残らず吸収しながら更なる増殖を行う。惑星侵入から一分二秒で侵入生物の総数は百八十万にまで増え、一分十四秒には三千万体を超えた。次の十二秒後には六億体を超えている。

 ルアル文明にはタナトスのような超生命体もいるが、大半の市民は普通の生物だ。光速どころか超音速で動く事さえ出来ない。一分で動ける距離などたかが知れている。いや、そもそもどうしようと考えているうちに、そんな時間は過ぎてしまう。

 時間停止や内部時間の高速化などの方法を使い、時間稼ぎも試みられた。だがいずれも侵入生物にとっては、過去に経験した『障害物』でしかない。時空は呆気なく補正され、侵入生物の動きが基準となり、誰もその速さに追い付けない。

 十二秒毎に被害範囲は十八倍に増加し、瞬く間に惑星を侵食。軍隊の攻撃も防衛システムも侵入生物からすれば餌でしかなく、繁殖を遅らせるどころか加速させる有り様だ。民間人も『能力』などで応戦すれば、それがますます侵入生物を勢い付かせる。

 増えに増えた侵入生物は惑星の景色さえ覆い尽くす。尤も、それを認識出来た者は殆どいない。辺りが暗くなった、と思った時にはもう成層圏から地上までの全てを埋め尽くした侵入生物の壁が、猛烈な速さで通り抜けていくのだ。惑星全体を統括する中央管制庁の建物にも侵入生物の群れは訪れ、津波に流される砂の城の如くあっさりと食い潰される。管理AIが機能停止した結果惑星上の多くの機械も止まったが、それが問題になる事はない。問題が起きる前に、大増殖した侵入生物が何もかも包み込み、貪り食うのだから。

 ほんの数分で惑星は全て侵入生物に『変換』された。豊かな緑と澄んだ水に溢れていたのどかな星は、一切光の反射がない、蠢く黒い塊と化してしまう。

 惑星中心まで余す事なく侵入生物の餌となり、最早星の痕跡は一欠片すら残っていない。星から脱出出来たのは運良く成層圏付近にいた船の搭乗員だけ。大多数の市民は、何が起きたのかもろくに分からないうちに侵入生物に飲み込まれてしまった。

 そのごく一部の者達も、間一髪で逃げ切れた訳ではない。

 侵入生物は惑星を一つ食い尽くした。だがそれで満足するような生物ではない。星があった場所の外側、宇宙空間に次の『餌』があると分かれば、そちらに向けてすぐに動き出す。

 蠢く黒い星は一瞬の静止後、まるで爆弾のように炸裂。侵入生物一匹一匹が、宇宙の全方位に向けて飛び立つ!

 その飛行速度は秒速六億光年。ルアル文明にはこれより速い船などいくらでもあるが、それらは主に軍用や長距離航行船など、速く飛ばねばならない業種のもの。惑星上で使う貨物船や民間旅行船らそこまで速くないし、速く動けたとしても使わない。速ければ速いほど『経済性』が良くない、つまり距離当たりの燃料費が高くなるからだ。

 侵入生物達は瞬きする間もない速さで民間宇宙船に突撃し、回避などせず体当たり。大半の宇宙船はシールドを展開していたが、どんな種類であれエネルギーの塊だ。侵入生物にとっては餌に過ぎず難なく突破。体当たりの衝撃で身体は潰れ、広範囲に散らばった細胞一つ一つが宇宙船の外壁を喰らいながら増えていく。そのまま内部に向かって成長と繁殖を行い、一分もしないうちに中の人々諸共食い尽くす。

 ここからも脱出出来たのは、最早惑星から遠く離れていたほんの一部の住民だけ。

 ――――住民達のバックアップは、遠く離れた宇宙生命管理局に保管されている。ここから復元すれば、食われた人々を蘇生する事は可能だ。犠牲者は自らの信念によりバックアップを取らなかった、少数の変わり者や特殊な信仰の持ち主だけだろう。

 だが、問題はそこではない。

 此処は侵入生物が現れたのは別の宇宙。侵入生物が現れる可能性は、考えていなかった訳ではないが、十分な準備をしていたとは言い難い。空間伸長などの対策は今から用意する事となり、その間侵入生物の自由な行動を許してしまう。

 ルアル文明の抑え込みがあっても、数日で銀河を八つ食い尽くしたのだ。自由を与えれば最早手が付けられない。民間船を喰らった後の個体も、次々と宇宙の彼方へと飛び立つ。最寄りの星系を目指すもの、近くの宇宙港へと向かうもの、真空のエネルギーを食い荒らすだけで目的地なんてないもの……共通の目的地などない。更なる子孫を残すため、餌がありそうな場所の全てに向かう。

 そしてどれを目指そうと到着に時間は掛からない。秒速六億光年の速さがあれば、五光年先のお隣の星系さえも一瞬で辿り着く。そして今度は星系一つ消えるのに五分も掛からない。複数の侵入生物が一つ一つの惑星に降り立つのだから。

 初期対応の遅れ。

 被害拡大の要因は、この一言で表せる。この一言分の失敗により、三日どころかほんの一日で何十もの銀河が侵入生物に食い尽くされてしまう。十分な準備をしても、八つ分の銀河に匹敵する数の侵入生物すら抑え込めていないのに、それを何倍も上回る数となれば一層封じ込めなんて出来ない。更に被害が急激に広まれば、封じ込めに必要な政治体制が崩れ、ますます対応が不十分になる。

 この文明宇宙が崩壊へと至るのに、然程時間は掛からない。

 そしてこの失敗は、間もなく特別なものではなくなる。侵入生物に食い尽くされた銀河は何十もあるが、その銀河に浮かんでいた星の幾つかには。ゲート自体は惑星ごと侵入生物達に食べられているが、幾度となく使われた痕跡は未だ消えていない。

 質の悪い事に、この宇宙にいるのはゲートの痕跡を通ってきた個体の末裔だ。増殖する中で様々な進化が起き、先祖の形質を失った個体も少なくはない。しかし大多数の個体が、始祖たる個体の性質の大半を受け継いでいる。空間に残るヒビ割れも、そこに身体を捩じ込みたくなる衝動も、未だ珍しいものではない。

 数多の宇宙に、同時多発的に侵入生物が入り込む。唐突に、情報の連携も儘ならないうちに。

 ルアル文明に所属する文明宇宙の一割……百六十万もの宇宙に侵入生物が入り込むのに、丸一日も掛からなかった。

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