第一の切り札

 最前線のエイピアート級小型戦闘艦の編隊が壊滅。侵入生物の拡散防止ならず。更に個体数は増加し、周囲三十光年が壊滅。

 その一報は侵入生物の駆除作戦会議に参加し、今は会議室で事態の推移を見守っていた全てのメンバーに伝えられた。勿論ユミルの耳にも入り、最悪の事態に目が回るような不安感と恐怖を覚える。

 しかし、ユミルは胸の奥底でこうなる予感を抱いていた。侵入生物達はこれまで、幾度となくルアル文明が繰り出した対策を打ち破ってきたのだ。相手を閉じ込めるか殺すかといった差異はあれど、どの対策も一度として手を抜いていない。ならばどうして、此度の本気は通じると無邪気に信じる事が出来るのか。

 賢明であれば都合の良い奇跡は信じられない。ユミル以外のメンバーも、心の奥底では『もしも』を考えていたらしい。動揺のざわめきこそ起きたが、伝えられた情報に拒否感やパニックを示す者はいない。この場を仕切るマスキンに至っては、表情筋すら微動だにしていないぐらいだ。


「念のため確認するが、死傷者は?」


「現時点ではゼロと聞いています。バックアップの動作不良は確認されていません」


 その冷静さの幾らかは、この戦いで犠牲者は出ていないからだろう。

 究極の文明であるルアル文明は、『命』さえも完全なるコントロール下に置いた。

 通称バックアップと呼ばれる措置により、不慮の事故などで死亡しても、即座にが可能なのである。復活方法は、毎秒精神の同期を行う『精神同期型』、魂の新たな入れ物を用意する『ニューボディ型』など様々。対象種族の死の定義によって使い分けるのが一般的で、一部の宗教家を除き、このバックアップを行うのが普通だ。皆保険制度として全市民分を管理・運営している宇宙も存在する。

 死の危険がある軍人ともなれば、より高機能な(確実な復活が行える)バックアップにより、生命が保障されている。侵入生物による攻撃で肉体は食われたが、バックアップによる復活は出来たようだ。

 とはいえ、だから食われても安心とは言えない。このまま侵入生物が増殖すれば、いずれ宇宙さえも食い尽くされる。そう感心するほどに、この戦いで侵入生物は繁殖力を見せ付けた。

 そして余剰次元砲が通じない以上、通常兵器で侵入生物を打ち破るのは恐らく不可能である。


「しかし、我々の艦隊をこうも容易く打ち破るとは。効かないかもとは言ったが、こうなってほしかった訳ではないんだがな」


「弁明の余地もありません。マテリアルディメンション構造体による攻撃は多少効果があったようですが、しかし殺傷には至らなかったようです。恐らく、現時点で我々に侵入生物を殺傷する技術はありません」


「後方に控えていた艦体は、空間伸長などの遅延策に当たらせています。これ以上攻撃するのは、奴等の繁殖を助けるようなものですからね」


「また現在会議室内の時間を引き伸ばし、侵入生物の行動スケールに合わせています。それでも、体感時間一分で更に五十光年以上侵食は進むでしょう」


「宇宙は一瞬で破壊出来ても、一匹の虫も倒せない。それどころかあれこれと会議する時間すらない。我々の文明も大した事ないな」


 軍人からの説明に対し、自嘲気味にマスキンは笑う。

 しかしこれを『ジョーク』として笑う者はいない。マスキンが言うようにルアル文明の兵器群は、それこそ単体で一つの宇宙文明を容易く破壊し、同等の威力の攻撃を傷一つ負わずに受け止める性能を持つ。もしもルアル文明が侵略戦争を仕掛ければ、一隻の戦闘艦が数秒で何百万もの宇宙を消滅させ、もののついでにその数千万倍もの数の文明を滅ぼせる。ルアル文明はそれを可能とするほどに発展したのだ。

 そんな戦闘兵器の攻撃を餌にして増え、足りぬとばかりに兵器達を問答無用で食べ尽くす生物。あまりにも非常識な存在と言える。他の文明ならば、最早抵抗の気力すら湧くまい。

 ……だが、ルアル文明はここで挫けるほど軟ではない。

 ルアル文明は常に想定していた。自分達を遥かに上回る脅威が、数多存在する宇宙のどれかにいる可能性を。だからこそ(結果的にその所為で今危機を迎えている訳だが)外宇宙の観測を続け、徹底的に研究を進めてきた。軍事力の増強もそうした対策の一つ。

 そして自分達を上回る存在を考慮すれば、一秒と経たずに自慢の大艦隊が全滅する事はの出来事だ。自分達の科学力であれば少しは持つ筈? 策を練れば時間稼ぎが出来る? どれもなんと生温い発想か。真の脅威を前にして、僅かでも猶予があると思う時点で驕っていると言えよう。

 驕らないルアル文明は対策を講じている。宇宙さえ消し飛ばす戦闘艦、それが十万と集まった大艦隊さえも瞬く間に撃滅する脅威であろうと、戦う事が出来る『奥の手』を会得していた。しかも一つではなく、三つも。

 そのうちの一つは、今回展開された艦隊の傍に控えている。


「止むを得ないな……『ギガス』の戦闘参加を許可する」


「了解。ギガス、戦闘を開始せよ」


 マスキンの言葉を受けて軍人の一人……特に装飾の派手な服装を纏った、この場で最も階級が高いであろう人物が復唱する。


【よっしゃあ! 俺に任せておけ!】


 すると部屋中にキンキンと響く大きさで、誰かの声が響いた。

 ユミルが驚き、マスキン達が顔を顰める中、唐突に部屋の壁が光り出す。

 光はやがて色を出し、一つの映像となって浮かび上がる。室内に設置されたプロジェクターが投映しているのだ。しばらくして映し出されたのは、宇宙空間での光景。

 厳密に言うなら、侵入生物の大群に襲われた艦隊が次々と喰われ、消えていく映像だ。身の毛もよだつ恐ろしい映像は、近くにいる誰かが命懸けで撮影したものではない。『テレポート撮影』と呼ばれる、量子テレポート(量子の特性の一つに量子もつれというものがある。これはペアになっている量子において、一方の状態を観測すると、もう一方の状態が確定するというもの。この確定した情報が瞬間移動したかのように得られる事を量子テレポートと呼ぶ)を応用した技術だ。直接現場を撮影せずとも、撮影場所に存在する量子と『もつれ』関係にある量子を作り出して観測。遠隔地の状態を再現する事で映像化している。

 通常の量子テレポートは光速を超える事が出来ないが、ルアル文明では光速を超える『特殊条件』を解明し、様々な生活用品で実用化済みだ。百億光年離れた位置の人物と時差なく会話やゲームも行える。此度流れている映像も、今銀河の中心部にて現在進行系で起きている出来事なのだ。

 つまり侵入生物に蝕まれる大艦隊の姿も。

 そして姿


「(あれが、ギガス……!)」


 ユミルは映し出されたロボットの姿を凝視する。

 人型ロボットと称したように、それは人間的な姿、つまり二本の腕と二本の足、それと頭があった。背筋は真っ直ぐに伸びた直立姿勢を取り、足だけでバランスを取っている。肩幅や胴回り、腕と足は太く、頭部の無骨なデザインもあって屈強な成人男性を彷彿とさせる。腕を組んだ仁王立ちの姿もあって、実に雄々しい。赤やら青やらの装甲に覆われ、一目でロボと分かる程度にはメカメカしい外見だ。しかも背中には踵まで伸びる大きなマントを羽織っている。

 頭部にあるのは流石に髪ではないものの、角のような突起が六本生えている。人間の目に当たる位置に二つのカメラがあり、口元にはマスク状の構造があった。厳密に模倣している訳ではないが、人間の顔によく似たデザインと言える。勿論、一目でロボとは分かる程度にはやはりメカメカしい顔立ちだが。

 ……人間が活動している地上ならば兎も角、上下左右の概念すらない宇宙空間で人型などデメリットしかない。足があっても蹴る地面がなければ体重は支えられず、バランス取りに苦労するだけ。大体何故マントなんて付けているのか。よく見ればマントは靡いている。宇宙空間に空気はないのだから、なんらかの機能でわざわざ靡かせているとしか思えない。

 科学的合理性で考えればあまりにもふざけた形態だ。特にマントの存在意義が本気で分からない。あんなものを取り付けるぐらいなら、肩にミサイルランチャーでも乗せた方がマシではないか。重量制限なども改善するだろうに。

 しかしそれらふざけた特徴よりも、もっとユミルの関心を引くものがある。


「(噂では聞いた事があったけど、本当に、大きい……!)」


 ロボットの大きさだ。

 宇宙空間に浮かぶものというのは、通常そのサイズ感は目視だと極めて捉え難い。何故なら惑星上と違い、地面や草花など大きさを比較する手頃なものがないからである。

 だが、そのロボットの傍には比較対象が存在する。

 だ。ざっと直径二百万キロはある巨大な星が、ロボットの指先ほどの大きさもない。つまりこのロボットは星々など優に超越した大きさを誇っているという事。桁違いという言葉さえも物足りない、超越的な巨大マシンだ。

 このロボットの名はギガス。

 ルアル文明が建造した上位存在への対抗策の一つであり、ルアル文明全体でも七万機しか存在しない『最強』の戦闘兵器である。全長三十兆キロに達し、これは一つの星系に匹敵する大きさだ。この圧倒的巨体が搭乗員三人で動かされているというのだから、なんとも非常識な代物である。

 しかし非常識なのは大きさや運用方法だけではない。ロボットを動かす動力もまた、普通の兵器とは異なる。

 その名も『ソウルジェネレーター』。

 のだ。これは今から六千万年前、創始種族率いるルアル文明に戦争を仕掛けてきた、とある宇宙が持っていたテクノロジーを基礎とするもの。

 心を燃料にして動くエンジン、というのは、ルアル文明では珍しくもない。それが可能な宇宙が存在し、その物理法則は真空のエネルギーによってルアル文明全域に反映済みだ。その珍しくない技術であるが、ソウルジェネレーターはとある特性によって、他のエンジンと違いルアル文明の『奥の手』となるほどの進歩を遂げた。

 その特性とは、搭乗員の心が荒ぶれば荒ぶるほど、勇気が高まれば高まるほど、際限なく力を上げていくというもの。

 これだけなら、まだ奥の手とは言えない。だが上昇率が指数関数的であり、何より限界が存在しない。そして搭乗員三人の心が一つになれば、その出力は有限を超えた先……

 その無限の力こそが、ギガスがルアル文明最強の兵器として君臨した理由なのだ。


「……こういう時に個人的嗜好を語るものではないと思いますが、私は如何せんあれを好みません」


 ちなみに創始種族ダーテルフスのような、合理的かつ科学的知見を好む種族にはあまり好まれていない代物だったりする。精神をエネルギーにするのは理解するが、「一人の時と二人集まった時の差から推測すると三人集まっても大したもんじゃないだろ」とか「心を一つにと言うけどそれってどんな状態だよ。思考パターンをコピペしたAI三つとか完璧に一つになってるじゃん。なんでこれ例外扱いなの?」とか、非科学的要素未解明部分が多過ぎるのが苦手(嫌いではない)らしい。

 相手方も創始種族の事は、今は兎も角当時は「理屈っぽくて嫌味ったらしい」と思っていたらしい。大昔にルアル文明とその宇宙文明が戦争になったのも、『馬が合わない』のが遠因とされているぐらいだ。今でも「嫌いじゃないけどちょっとノリが合わないよね」という関係性である。

 しかし好み云々はどうであれ、ギガスがルアル文明最強の兵器なのは違いない。だからこそこうして、侵入生物撃滅のために動かされた。


「(でも、どこまで通じる……?)」


 エイピアート級小型戦闘艦が侵入生物に喰われる様は、既にこの会議室の管理AIにより解析されている。結果、侵入生物のエネルギー吸収能力はほぼ『青天井』、限界点はないという結果が導き出された。

 ルアル文明でもエネルギー吸収素材などは開発されており、エネルギーを吸う生物なども数多ある宇宙の中では珍しくもない。しかし宇宙すら破壊する余剰次元砲が生み出したエネルギーを吸収するのは、既知のものと比べ性能が段違い過ぎる。運動エネルギーは吸収するのが苦手らしいが、出来ない訳ではないらしい。そもそもバラバラにしても生きているので、弱点とも言い難い。

 あらゆるエネルギーを吸うという事は、あらゆる質量を吸い取る事でもある。生半可な攻撃では撃破どころか餌を与えるだけ。

 無限の力を生み出せるというギガスは、一体どんな方法で侵入生物を打ち倒すのか? 疑問と好奇心がユミルの心を満たし、じっと映像を見続ける。

 しばらくギガスの進む姿だけが映されていたが、やがて映像の向きが切り替わった。

 暗い宇宙空間の中で、それよりも更に黒い領域がぽかりと浮かんでいる。銀河中心部を埋め尽くすかの如く、広々と。

 いや、あれは領域なんかではない。それを示すように、会議室の壁にもう一つの映像が表示された。映し出している場所は同じようだが、赤や青など色で塗り潰されている。これは場所ごとのエネルギー分布を示しているのだ。明るい赤いほどエネルギー量が多く、青などの寒色かつ濃くなるほど低いという事を意味する。

 黒い領域は二つ目の映像でも真っ暗であり、つまりエネルギーが全く存在しない事を意味していた。

 しかも黒い領域のように見えた場所は、蠢きながら拡散している。

 黒い領域の正体は、増殖した侵入生物の群れだ。侵入生物は今や半径四十光年を埋め尽くすほどに増えており、にも拘らずその繁殖は未だ留まるところを知らない。星々どころか宇宙空間に満ちる真空のエネルギーを喰らう以上、この増殖が止まるのは宇宙の全てが食い尽くされた時だけだろう。

 なんとしてもここで食い止めなければならない。

 そう決意するかのように、ギガスは侵入生物の群れへと近付いていく。いくら全長三十兆キロとはいえ、半径四十光年にも広がった侵入生物の群れに比べればあまりにも小さい。だがギガスは一切臆さず、力強い歩み(何故宇宙空間で『歩く』のか、ユミルにはさっぱり理解出来ないが)で進んでいく。

 侵入生物達も新たな餌の存在であるギガスに気付いたようで、比較的近くにいた個体群が一斉に動き出す。群れに統一した意思はないようで、巨大な群れの一部だけが向かう形だが、それでも数光年規模の大群団が動いていた。速度は秒速六億光年以上。ギガスとの距離は瞬く間に迫ったが、そのまま体当たりするつもりなのか侵入生物は止まらない。

 対してギガスは止まった。自ら接近してくる侵入生物に、この場から攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。いよいよルアル文明最強兵器の力が繰り出される……ユミルはその瞬間を見逃すまいと、じっと映像を見つめた。

 結果、彼女は見逃さなかった。それ故に呆け、思考が止まる。

 ギガスが繰り出したのは、拳。

 おもむろに振った拳で侵入生物の群れを殴り付けたのだ。あまりにも乱雑。あまりにも単純。ルアル文明の誇る数多のセキュリティと超科学兵器群を打ち破った相手に対し、その行動は蛮勇どころか間抜けにも思えてくる。余剰次元のエネルギーさえも余さず吸収する相手に物質エネルギーをぶつけるなんて、義務教育からやり直せと言いたい。そもそも相手は集団なのだから、殴ったところでどうなるというのか。

 しかし胸の奥底に湧いた数々の言葉を、ユミルは発する事が出来ない。

 何故ならその馬鹿げた、義務教育からやり直すべき一撃は、恐るべき侵入生物の群れの一部を見事消し飛ばしてみせたのだから。

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