第3話

「お願いがあるの……健太郎を連れて帰って」

「え?……どうして」

「生きている人間がここにいてはいけないのよ。私が悪いの。あまりあの子が悲しむものだから、会いに行ってしまった。あなた達を帰して、こちらの布団を燃やす。あなたは健太郎と向こうの世界に戻ったら、向こうから布団を燃やして」

「向こうから……燃やす?」

「どちらか一方だと、いつまた繋がってしまうか分からないから」

「果歩さんは……いいんですか?」


 ああ、その為に私は呼ばれたんだ。


「ごめんね、嫌なことお願いして。あなたにしか頼めないの。私にも、きっとあの人にもできない事なの」

「僕は帰らないよ」

身を起こして、健太郎は言った。

「帰りなさい、健太郎」

 少しの間、二人は睨み合った。

 ああ、果歩さんは何度この言葉を健太郎に言ったのだろう。

 健太郎は気づいている。ここに長くいればどうなるか。分かっていて帰ってこない。私なんかにどう説得できるのだろう。それに彼にとって、帰ることが本当に良いことなのか、正直私には分からない。


「……なら、私も残る」

「何言ってる? ダメだ、帰れよ! そんな事言ったって、僕は帰らない」

「スズカちゃん? ダメよ!」

 果歩さんには申し訳ないけど、彼を連れ戻す為に出た言葉ではなかった。


 この世界には私のお母さんもいるかも知れない。


 ここにいればお父さんだって友達だって、きっといずれ会える。

「いいよ、健太郎。私も残る」

「スズカちゃん……」

「馬鹿言ってないで帰れ! おじさんの事考えろ!」

「私はあなたのお父さんに頼まれてきたのよ?」

「あ……」

 健太郎は果歩さんと私の顔を見、少し考えて言った。

「……わかった、今夜一緒に帰る」



「いい? あなた達二人を送り届けて、こちらから火をつける」

「うん。帰って布団を燃やすよ」健太郎は言った。

「果歩さん」

「元気でね。二人とも、私の分まで生きて」

「健太郎、先に」

「何で僕から……疑ってるのか」


 私が先に行けば、きっと健太郎は帰ってこない。


「分かったよ」渋々健太郎は布団に入り、

「さよなら、母さん」

 布団を被り、消えた。


「ありがとうスズカちゃん、元気でね」

「さよなら、果歩さん」私も布団に入った。

 

 私たちは元の世界に帰った。


 気が付いて布団から顔を出した私を出迎えた士郎さんと、私が発した言葉は奇しくも同じだった。

 「健太郎は?」

 私は、私が経験した事の一部始終を話した。夢か現実か分からない様な私の話を、士郎さんは真剣に聞いてくれた。時折頷き、涙ぐんでいた。

 ただ、布団を燃やすことについては「健太郎が戻ってくるかもしれないから」という理由で、もう少し待つ事になった。


 【つづく】

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