失われた愛情

「遅かったね。でもなんだか嬉しそう。あんまり怒られなかったの?」声の主は私の中学からの友人の立花葵(たちばなあおい)だ。彼女とは中学3年生のときクラスが一緒になり仲良くなった。中学の時は美術部だったが今は美術部と陸上部を兼部している。運動のイメージがあまりなかったから少し意外だなと高校に上がってから思ったのを覚えている。

「まあね。今回は注意で済んだんだ!。」顔をパッと明るく崩しながら言った。いくら葵でもこの悩みはまだ言えない。心配かけたくないから、解決したら笑い話にでもするとしよう。

「良かったじゃん。それにしても注意にしては長すぎ。待ちくたびれたよ。」少し目を細めながらも優しく声をかけてくれる葵が私の唯一の救いである。透き通るような声にきれいな言葉選び。葵のそういうところを言葉にはしないが密かに尊敬している。

「待たせてごめんね。でもママにはやく帰ってくるよう言われてるの。少し速歩きでもいい?」せっかく待っていてくれたのに申し訳ないな。葵は「ええー仕方ないな。」って優しく微笑んでくれた。

それから私たちは他愛もない話をしながら歩いていた。小テストや体育の話。葵の部活でのことを聞きながら終始話題が絶えなかった。

「もうこんなに帰ってきてたんだ。」葵とはここでお別れだ。

「それな。話しすぎてあっという間だった。」そう言いながら葵は真っ白な歯を見せ笑った。お互い手を振り別々の方向に歩き出す。楽しかったなと思いながら少し浸ったあとすぐに我に返った。一刻も早く帰らなきゃ。葵が背を向けたタイミングで私は走り出した。

たぶん、いや絶対に怒られるだろう。先生と話していたときとは別の涙が溢れそうだった。家の前について深呼吸をする。覚悟を決めてドアを開けた。

「遅いじゃない!!!何してたの!!」通りすがりの人たちに驚かれそうな大声を私に浴びせたのは母(茜あかね)だった。私には父がいない。小学6年生までは父がいてとても幸せな暮らしを送っていた。母が父と離婚したのは母の不倫が原因だ。私が中学校に上がる頃母の不倫は発覚した。母がお腹に赤ちゃんを授かったからだ。でも、どうやらその子は父と母の子ではなかったらしい。父は激怒し家から私達二人をおいて出ていってしまった。それからすぐに母は新しい男と結婚し女の子、つまり私の妹(莉瑠りる)を出産した。そこからは地獄だった。新しい男を父と呼べずに何回も母に叩かれた。妹の面倒ばかり見て私のことは知らん顔で無関心。家事を頼むときだけ向こうから声をかけてくれた。

そんな家庭だ。正直恵まれていないと思う。でも私は母が大好きだ。

「ごめんなさい。先生に呼び出されて話してたらこんな時間になってました。」母の勢いに圧倒され縮こまってしまう。その後3回くらい殴られて今日のことは許してやると言ってもらえた。想像の何倍も軽くですんで今日はなんだかいい日だなと思った。

いい日だと思ったのもつかの間、地獄が始まった。莉瑠だ。私の買ってきたおやつがほしいらしい。高校生で月に1500円という少ない小遣いで買ったお菓子なのに。

「いいよ。あげる。」そう言わないとまた母に叩かれる。叩かれずに最初から上げるか、叩かれて渋々上げるかだったら素直に最初から上げたほうがマシだ。その後自室でのんびりしていると妹が部屋に入ってきた。決してかわいい妹ではないが顔は幼く可愛い。そんな妹に比べ私は思春期真っ只中でニキビが顔にいくつかできている。それを母に気持ち悪いって理不尽に叩かれたこともあったな。なんて思い出しながら莉瑠を見つめる。すると母が部屋に莉瑠を連れ戻しに入ってきた。

「ご飯にしましょ。」私が帰らなかったときは母が夕食を作る。私の分以外。「わかった」莉瑠の眼の前でぎこちない会話を見せるわけには行かないと平然を装う。母のあとに続き階段を降りると私の分までご飯が作られていた。

「今日はあなたに話たいことがあるの。」母と面と向かって顔を合わせるのはいつぶりだろうか。いい話なワケがないのに少し期待してしまう私がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る