【月のあかりと火のひかり】

「いつも本当に頑張ってて偉いなぁ!いやぁ、本当に君には助けられてばかりだ。全く、他の社員にも見習ってもらいたいもんだ!」

はっはっはと大口を開けて笑い、痛いくらいに背中を叩いてくる上司は本当に空気が読めないらしい。

周りの同僚や先輩の視線が痛いくらいに突き刺さる。それはもう現在進行形で叩かれている背中の痛みよりも強く感じた。

「あ、ありがとうございます…。」

はは…と明らかに乾いた笑いをしている私のこの苦い顔に全然気付かない目の前の男に軽く苛立ちを覚える。堪えろ、いつもの事だろ。と心の内でなんとか自分を制して落ち着こうと深く息を吐いた。

「あの、こちらの資料をコピーしたいのでそろそろ…」

早くこの場から逃れたくて適当な紙を纏める素振りをすると、流石の上司もやっと気を使えたらしい。

「おぉ、そうかそうか。邪魔して悪かったね。そろそろ仕事に戻りなさい。」

ようやく解放されたとほっとするのも束の間

「こら!そこのキミ達もそんな所に突っ立ってないで彼女のように早く仕事に戻りなさい!」

はた迷惑な追撃を喰らわされ、はぁ、と何度目かの重たいため息をついた。


「まだ残ってるの?もうそろそろ帰ったら?」

「んー、まぁもうちょいで終わるからこれ終わらせたら帰る。」

会社の中で唯一仲の良い同僚が私に気遣ってくれるように缶コーヒーを渡してくれる。

ありがと、と受け取りつつ私はまたモニターに視線を戻した。

「しっかしあんたも難儀だねぇ。あのたぬき親父もわざわざあんな社員が大勢いる中で言わなくても良いのにさ。あれ絶対わざと見せつけてんだよ。」

同情するように、なのに笑いを堪えきれない様子でくすくすと笑う彼女のそのあけすけな態度がいっそ心地よくて、それが私が彼女の事を気に入っている要素の一つだった。

「知ってるよ。ったく私を良いように使いやがってさ。」

そう言いながらカタカタとキーボードを叩き、タンとエンターキーを押す。終わったー、と肩を鳴らしながらセーブしてパソコンの電源を落とした。


「んじゃ、とりあえず帰る前にいつものいっとくか。」

「賛成。」

そして私達は静まり返ったフロアを後にし、会社の裏口へと歩いていった。


カチッと火をつけると、暗闇に彼女の顔が赤く照らし出される。そのまま口にくわえた煙草に火をつけて、ふーっと煙を吐き出した。

「あ、ライターのオイル切れてるわ。」

私も同じようにライターに火をつけようとしたが、何度やってもつかず彼女に声をかけた。

「ごめん、ちょっとライター貸して。」

「ん。」

すると彼女はライターではなく煙草を口にくわえたまま私の方に差し出してくる。

「何してんだよ。」

なんてふっと笑いが零れたが、私も彼女のノリに乗っかるように伏し目がちに煙草を口にくわえ、その先端を彼女の煙草にくっつけた。


「まじであのたぬきジジイなんとかなんないかなー。アイツが居なかったらもうちょい上手く立ち回れてるのに。」

ふー、と煙を口から吐き出すのと同時に愚痴も吐き出す。

「まぁあんた会社では良い子ちゃんだもんね。」

同じように煙草を吸いながら彼女は言う。

「良い子ちゃんっていうか、あれわざとやってる訳じゃないのよ。あれも私の一部なの。」

「知ってる。けどあんたのこの一面も知ってもらえればもう少し誤解が減る気がするけどね。」

「いやいや、私が会社の裏口で仕事終わりに煙草ふかしてますとか知られたら余計に面倒臭くなる気しかしないんだけど。」

「それもそうだわ。」

なんて彼女と一服しながら日々の鬱憤を晴らすように愚痴をこぼし続ける。

そういう時間が結構楽しくて好きだ。

だから私は仕事の出来ないくせにやっかんでくる同僚を無視できるし、そんな私を都合の良い道具のように扱ってくる上司にも耐えられる。

ふー、と最後に煙を吐き出し、吸い終えたそれを携帯灰皿にジュッと擦り潰す。

「んじゃ帰るか。」

そう言って鞄を肩にかけ彼女に声をかける。

そだねー、と彼女も短くなった煙草の火を消し灰皿に入れた。

「明日も頑張りますか〜。」

ぐっと腕を伸ばしながら駅まで歩いていく。

「明日もれっつ社畜生活〜。」

なんておどけたように言う彼女にやめろ、なんて笑って私も軽口を叩く。

「今度の金曜飲み行かん?」

「良いねぇ〜、華金を謳歌しますか。」

そう言う2人の影が月明かりに照らされ伸びていた。


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