【絢爛たる星空と夢追い少年少女】
「やっべー!だいぶ遅くなっちまった!」
「もう夕立雲あんなに近くに来ちゃってるよ!」
男の子が2人、女の子も2人。彼ら4人はそれぞれ大きな荷物を抱えながら息を切らし走っていた。
焦ったように前を走る2人を横目に、少女はへらへらと笑う少年に呆れたように声をかける。
「もう!だからあれ程時計見てって言ったのに!」
「いや〜、ごめんごめん。楽しい事が目の前にあるとつい時間を忘れてしまってね。」
はぁ、と少女はため息を吐いた。
「あんたに任せっきりにしてた私が悪かったわ。まったくもう!」
ほんとごめんってば〜、とさほど悪びれた様子のない彼の背を彼女はバシンと叩いた。
「痛った!」
「あんたがへらへらしてるからよ!」
「なにも叩く事ないじゃんか〜。」
そうしたやり取りを続ける2人に、前を走っていた少年少女も後ろを向く。
「ちょっとふたりとも!余計なお喋りしないの!間に合わなくなるよ!」
「そうだぞ!急げ急げ、全力で走らないと今まで俺ら4人で待ちわびてた光景を見逃しちまうぞ!」
その言葉を聞いて、今まで小競り合ってた2人はハッとしたように走ることに集中する。
そうして4人は走って、走って、走り続けて息も絶え絶えになりながら、この街一番の高台へと向かって行った。
この街の夕立雲は、激しい雷と雨を降らせ、そして雨上がりとともにそれは息を飲むほど美しい満天の星を連れてくる。
けれどその星空はたったの数十分で雲に覆われ消えてしまう。
この街に住んでいるものは皆知っている、昔から語り継がれている現象だった。
しかしその現象が起こるには夕立雲が起こりやすい限られた時期の中で、いくつかの厳しい条件を揃えなければならない。
そんな難しい制限がある中で数年に一度起こるその現象は、まさに宝石が空に散りばめられたような奇跡の美しさだと言われ、街の人々はその星空が見れるのはまだかまだかと胸を高鳴らせ待ちわびていた。
そしてそれを待ち望んでいたのは彼ら少年少女達も同じだった。いや、もしかしたらこの街の誰よりも強く胸を高鳴らせていた4人かもしれない。
彼ら4人は幼馴染で、小学校から中学校、高校まで全て同じ学校だった。
近所に住む同級生だからと自然と放課後に4人集まって遊ぶようになり、家族ぐるみの付き合いも増えた。4人の内の1人である少年の父は、天文学者だった。小学三年生の夏休み。彼らはその少年の家へ泊まりに行き、その時に少年の父に大きな望遠鏡を出してもらって初めて天体観測をした。
「わぁ…!すごいすごい!!お星さまキラキラ〜って光ってて、すごくきれい!」
少女が望遠鏡を覗き込みながら感動したように手を叩く。
「俺も見たい!俺も見たい!」
「ずるい!私も見たい!早く変わって!」
「え〜、僕も早く見たいよ〜。」
焦れったいと声を上げる子供たちに、少年の父はまぁまぁ、と宥めるように穏やかに声を出す。
「そう焦らなくてもお星さまは逃げたりしないよ。お星さまはね、何千年、何万年と物凄く長い時間こうやって綺麗に輝き続けているんだ。」
父の言葉に少年は驚いたように声を上げた。
「え!そうなの!?」
男は息子の問いにそうだよ、と優しく頷く。
「今日は綺麗に晴れているし、空気も澄んでる。星を見るのにこんなにタイミングの良い日はなかなか無いよ。それにまだまだ夜は始まったばかりだからね。焦らずとも、君たち全員が心ゆくまでお星さまを見ることができるよ。」
少年の父の言葉に幼い4人の子供たちはやったぁ!と喜ぶ。キラキラと頭上に輝く星を反射させたように瞳を輝かせて子供たちは男に視線を向けてくる。天文学を日々学んでいる男はそれが嬉しかったのか、それじゃあ、と子供たちに星について色々な事を教えた。
デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角は勿論のこと、北斗七星やさそり座など様々な星を望遠鏡やコンパスを使って子供たちに分かりやすいよう丁寧に教えた。
4人の子供たちは新しい星を見つけるとこれは何?あれは何?とはしゃぎながら男に質問をなげかける。その全ての質問に答えていく彼のおかげで、子供たちはどんどんと星に対する新しい知識を身につけ、そして次第に星に対する好奇心も強まっていった。
「それじゃあ君たちにこんな話を教えてあげよう。この街に昔からある、とても素敵な現象だよ。」
星空を眺める事をすっかり気に入ってくれた子供たちに男は話をする。それは、とある夕立雲が連れてくる、世にも珍しいとても綺麗な星空の話だった。
あれから8年後、高校二年生になった少年少女達はすっかり天文学に夢中になっていた。4人とも同じ高校に進学したのも理由があった。4人で天文部に入る為だ。しかし4人が入学した学校は、一昔前には有名な天文部があったのだが、今はもう部員がおらず廃部になっていた。それでも彼らは諦めなかった。部は無くなっても、これまで先輩が調べ纏め上げた資料や活動に使っていた機材は残っているはずだと先生に掛け合い、再び天文部を発足したのだ。
そんな4人の少年少女達の夢は、あの日教えてもらった星空をこの目で観測する事だった。その為に彼らは、共に学び、知識を身につけ、機材を手入れし、準備をしていた。
その夢を叶える為に。
そしてついにその時はやって来た。
国立天文台から発表されたその知らせは、4人に大きな喜びと期待を抱かせた。
「おい!聞いたか!?あの夕立雲の話!!」
部室の扉を勢いよく開ける少年は、3人の顔を見るやいなや問いかけた。
「勿論よ!!ついにきたわね!!」
頬を紅潮させ、楽しみを抑えきれないというように少年の問いに少女は答える。
残りの2人も深く頷いている。
「今天気予報見てたんだけどさ〜、その日は絶好の観測日和みたいだよ。僕たちツイてんね。」
頷いたあと、画面を少年に見せつけるようにスマホを突き出すもう1人の少年。
「やっと見れるんだね…!今からワクワクしちゃう!」
少女のその言葉に、3人もこくこくと首を縦に振り強く同調した。
そして話は冒頭に戻る。
はぁ、はぁと乱れる息を整えるのもそこそこに、高台についた彼らは急いで望遠鏡を設置しだす。
「ちゃんと必要な物は揃ってるんでしょうね!"道具の準備は僕に任せて〜"なんて言ったその言葉、信じるわよ!」
「大丈夫だよ〜、手入れもバッチリしたし、ギリギリまで調整とかしといたから。」
「そのギリギリのせいで私達がこんなに全力疾走しなきゃいけない羽目になったんじゃない!!」
「ちょっと2人とも!話ばっかりしてないで手もちゃんと動かして!」
いつもの2人の言い合いが始まってすぐにもう1人の少女が止めに入る。
「ご、ごめん!」
「ごめんごめん、ちゃんとやるから。」
顔を向かい合わせていた2人も、その少女の言葉にすぐにカメラや望遠鏡などの道具の方へと向き直した。
「間に合った…!!」
少年が嬉しそうに声を上げる。
やったー!と2人の少女のはしゃぐ声が聞こえた。
「そっちはどうだ?」
少年がもう1人の少年に尋ねると、
「ん、ばっちり。ちゃんと見えるよ。」
望遠鏡のレンズを覗き込みながら答えた。
そうして皆で空を眺める。
目の前に広がる、大きな雲。その雲はゴロゴロと雷鳴を響かせながらゆっくりと夜を連れて移動する。
そしてその大きな夕立雲が去っていった時、彼らの天上に現れたのは、それはそれは綺麗な星空だった。
まるで幾つもの宝石を無造作に散りばめたような、いまにも零れ落ちそうな程の美しい星たち。
濃い藍色や、紺色の夜空の中で光を放つその星々はあまりにも神秘的で、思わず息を飲むほどに美しくて。
憧れ続けた風景を目の前にして、少年少女達は魅入られたようにその星空を見続けていた。
「まるで宝石箱をひっくり返したみたいね。」
誰に言うでも無くぽつりと呟いた少女のその言葉に、皆が揃えてこくりと首を縦に振る。
しばらくの間見蕩れていたが、少年がハッとしたように思い出す。
「そうだ!望遠鏡とカメラ!この風景を記録に残し調べあげるのが俺たちの夢だろ!」
少年のその言葉を聞いて、3人も意識を取り戻したかのように各々カメラやノート、スマホを取り出す。
望遠鏡を4人とも代わる代わる覗き込んで、記録に残し、幾つもの観測記録をそのノートに書き残した。
この星空を見れる時間は僅か数十分。あの時少年の父親に聞いた伝承話はどうやら合っていたようで、その綺麗な星空はたったの20分そこらで雲に覆われ消えてしまった。
しかし少年少女達はその星空が出ていた時間の一瞬一瞬全てを大切に過ごした。
「星空、消えちゃったね。」
必死にノートに書き起こしていた少女がぱたりと手を止め口に出す。
「そうだね〜。僕たち、この瞬間の為にこれまで頑張ってきたんだね。」
望遠鏡のレンズから顔を離して少年が言う。
「なに"終わったな〜"みたいな感じで言ってんのよ。私たちまだまだやる事山積みよ?」
やれやれ、といったように少女が笑う。
「俺たちの夢は確かに叶った。けどそうしたら次の夢に向けてまた頑張るしかないな。」
はは、と少年も笑い、3人に顔を向き直した。
少年少女はこの街の伝承である星空に夢中になった。夢中になって、ここまで来た。夢を叶え、そして新たな夢に向かってまた進み続ける。
次の夢は、この星空の謎を解き明かす事。
まだ見ぬ星を見つける事。
同じ夢に向かって歩み、時に走り続ける子供たちは、あの時と同じ表情をしていた。
天文学者の男性に、或いは自分の父に、星の面白さについて教えて貰っていた時の表情に。
彼ら彼女らはそこから夢を追い始め、まだまだ夢中になって追っている最中なのだ。
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