【常夜の迷い子】

「行きはよいよい、帰りはこわい。」

キャッキャとはしゃぎながら童唄を歌う二人の子供たち。狐のお面を被ったその子たちに向けて私は話しかけた。

「楽しかったかい?もうそろそろ帰るよ。」

お面で顔は見えないが、不服そうな声で子供のひとりが話し出す。

「えぇー、もうちょっと遊びたいです!」

するともう一人もその声に呼応するように私も私もと声を上げたのだった。

「あんた方もさっき歌ってたじゃないか。行きはよいよい、帰りはこわい。こわい帰りを用心する為に早く帰るのさ。」

そう説き伏せると、子供たちは仕方なしというように「はぁい」と間延びした返事をした。



からん、ころんと下駄を鳴らしながら着物の袖を揺らし細道の中で歩を進める。子供たちも同じように着物を揺らしながら私に尋ねた。

「先生はどうしでした?今日のお祭り。僕すっごく楽しかったです!」

私も私もと声を上げる子供たちの様子はそれはもう楽しそうだった。子供たちの問いに私はそうさねぇと顔を上げる。

「楽しかったよ、人の営みが良く知れて。いつもとは違う非日常の祭りの喧騒や笛の音、美味そうな屋台の匂いに花火の少しツンとした火薬の匂い。人の活気や楽しいといった感情。人の子たちの作り上げるものを身近に体感できてとても良い経験だった。」

今日祭りに行ったのは正解だった。楽しかったし得られるものもあった。満足気に歩き続けた私は前方を見て「おや」と小さく声を上げた。



そこには不安そうに眉をひそめてきょろきょろと辺りを見渡す娘の姿があった。

暫く娘の方をじっと見ていると、娘は私の姿に気付いたのか話しかけてきた。

「あの…すみません。」

私は少しだけ驚いたのだが、何事も無かったように平静を繕う。

「おや、お嬢さん。私たちが見えたのかい。」

娘は不安げながらも少し不思議そうな顔をして私の問いに答える。

「見え…あぁ、はい。ここら辺暗くなっちゃってますしね。でも私結構な時間ここら辺で迷ってしまってて…。夜目と言うんですかね、暗いのに慣れちゃいました。」

あはは…と気まずそうに頭を掻きながら空笑いをし、それでですね、と娘は続けて私に話しかける。

「すみません、あの…知ってたらで良いんですけどお祭りの広場に続く道を教えて欲しいんです。

友達と約束してるんですけど待たせちゃってて。」

ふむ、と考える素振りの私を置いて子供のひとりが娘に話しかける。

「お姉さん気付いてないのー?」

「気付く?何が?」

子供の問いに娘は一層不思議そうな顔を見せるが

「ううん!なんでもない!」

そう言う子供の明るい声色に娘もつられてそっか!と応えた。



「すまないねぇお嬢さん。ちぃと私には教える事が出来そうにないみたいだ。」

私の申し訳なさそうな顔に、娘は眉を下げながらも

「そうですか。いや、大丈夫です!

もう少し自力でなんとか探してみますね!

お話、聞いて下さりありがとうございました。」

そう言い頭を深々と下げたのだった。

「いやいやそんな、頭を上げておくれよ。」

そんな娘に私は懐から小さな鈴を一つ取り出した。

「お守りになるか分からないけれど…まぁ気休めと思って持っておいてくれないかい。この辺は山も近いから猿や狸なんかも人里に降りてくるかもしれないしね。何かあったらその鈴を鳴らしゃ気付いて逃げるだろうさ。」

「わ、ありがとうございます!親切にして頂いて…。」

「いやいやなんの。道案内が出来ないお詫びだよ。」

そう言って小さな鈴を娘に渡す。ちりんと音が鳴ったそれは娘の手のひらに包み込まれた。

それから娘は改めて礼を言いお辞儀をして歩き始める。私はそれを見てやれやれというように一つため息を吐いたのだった。



「先生、あの女の子可哀想だね。」

「そうだね、そうだね。」

「迷い込んじゃったもんね。」

「もう元に戻れないもんね。」

「でも先生が鈴あげてたね。」

「そうだね、そうだね。」

二つの狐のお面がこちらを向いて問いかける。

「「先生は、あの子も僕たちと同じ教え子にするの?」」

私はくすりと笑ってそのお面に応えた。

「そうさねぇ。あの子が自分の状況に気付いた時、あの鈴を思い出して頼ってくれたらそうなるかもしれないねぇ。」

私の言葉に子供たちは嬉しそうに声を跳ねさせる。

「そうしたら僕たち先輩になっちゃうね!」

「そうだね!そうだね!」

「色々と教えてあげなくちゃね!」

「そうだね!そうだね!」

はしゃぐ子供たちの様子に我関せずというように私は歩き続ける。子供たちが先刻歌っていた歌を口ずさみ、からんころんと下駄の音を響かせながら。

「行きはよいよい、帰りはこわい

こわいながらも

とおりゃんせ とおりゃんせ―――」

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