【ドレスアップ・ボーイ】

女の子は何で出来ている?

女の子はお砂糖とスパイス、そして素敵ななにかで出来ている。

男の子は何で出来ている?

男の子はカエルにカタツムリ、そしてこいぬのしっぽで出来ている。

「カエルとカタツムリは流石に無いよなぁ…。

それにこいぬのしっぽも。なんかこいぬが痛そうじゃない?」

マザーグースの有名な一節。それを思い出し納得いかないとばかりに独りごちながら僕は放課後の空き教室でただひたすらに時間を潰していた。

窓の外から野球部員達の溌剌とした声が聞こえてくる。僕はそんな声が聞こえなくなるように、そっと俯き両手で耳を塞いだ。

「どうせなら僕も、お砂糖とスパイスと、素敵ななにかで出来て欲しかったよ。」



「「あら、じゃあ貴方も素敵ななにかを身にまとってはいかが?」」

唐突に聞こえた声。僕は思わずビクッと肩を震わせ、綺麗なユニゾンを奏でる方向に顔を向けた。

「あら、驚いた顔をしてるわね。」

「仕方ないですわお姉様、私達が急に声をかけたのが悪いんですもの。」

「それもそうね。ごめんなさい、驚かせてしまって。」

フリルやレースがたっぷり使われた可愛らしい服を着た少女が2人。一人は艶のある黒髪を腰まで伸ばし、もう一人はさらさらとした甘栗色の髪を肩先で遊ばせている。そして2人の頭上には、リボンのとても可愛らしい髪飾りがついていた。

「えっと…君たちって…。」

彼女達双子はこの学園で凄く目立った存在だった。

制服を自分たちの好きなように改造して、よく先生に怒られていた。けれども彼女達は校則違反はしていないと主張し、自分の意思を曲げることをしなかった。そして次第に先生も咎めるのを諦め、彼女達の主張を認めたのだ。

そうして自分の"好き"を貫き通した彼女達をみんなは憧れの目で見るようになった。

まだ中学生なのにここまで自分を持っていて、そして周りの大人たちを黙らせた。

そんなの格好良くないわけがない。

僕もひっそりと陰から彼女達を見て、憧れ続けていたのだ。

そんな彼女達が僕に話しかけてきた。

他の誰でもない、この僕に。



「貴方、誰にも本当の自分を見せたことが無いのでしょう?」

「好きな食べ物、好きな色、好きなお洋服、そして好きなもの」

「どれも誰にも言わないで、ただ自分一人で心の内に潜めたまま隠してて」

「なりたい自分になることを諦めてしまっている」

「「そんなの、すっごく寂しいじゃない!?」」

そう詰め寄ってくる2人の勢いに僕は圧倒されつつも、だけど…と僕は口を開いた。

「だけど絶対誰も分かってくれないよ、僕の好きなことなんて。僕、実は野球部員なんだ。僕のお父さんが野球が好きでさ、僕とキャッチボールするのが夢だったって。だからこうして僕が野球をしてる事が嬉しいって。そんな親に、本当の事を打ち明けて、もしそれを拒絶されたらって思うと怖くなるんだ。僕が本当は可愛いものが大好きで、君たちみたいに可愛い洋服を着てみたいだなんて知られたら…それを拒絶されたら。

…僕は君たちみたいに強くないから、ただ怖くて仕方ないんだ。」



声が震える。好きなことを諦め、俯いた僕に彼女達はどんな顔をしているのだろうか。きっと失望したに違いない。でも、これが正解なんだ。

僕は彼女達みたいにはなれないから。

いきなりパチン!と指を鳴らす音が聴こえた。

途端に眩い光に包まれる。えっ…と戸惑う僕を余所に、僕の着ていた制服がいつの間にか彼女達が着ているような、フリルたっぷりの可愛らしい洋服へと変わっていった。

「なに…これ…。」

突然の出来事にビックリして顔を上げ、2人を見つめる。そんな僕に彼女達はくすくすと優しげに笑い、僕の頭に何かを着けた。

もう一度パチン…と音が鳴る。すると今度は大きな鏡が目の前に現れて、僕の姿を映した。

「ねぇ、今の貴方、凄く輝いてるわよ。」

「そうねお姉様。彼、すっごく可愛い。」

これが、僕…?

鏡に映った僕は、今まで焦がれ続けていた洋服を身にまとい、彼女達とお揃いの髪飾りをつけていて、凄く嬉しそうにそして今にも泣きそうな程に目を輝かせていた。

ずっと着てみたかった服。憧れていた格好。

僕の夢。

彼女達はいとも簡単に叶えてしまったんだ。



「自分の"好き"を貫くのは、時として難しいこともあるわ。貴方のような場合は特にね。」

「親に拒絶されるのが怖いのも分かる。それで臆病になってしまうことも。」

「だけど、一度くらいはその願いを叶えてあげてもいいんじゃない?」

「一度くらいは…自分の"好き"に包まれてもいいんじゃないかしら。」

窓の外はピンク色に包まれていて、キラキラと輝いている。これもきっと彼女達の魔法の仕業なのだろう。

僕は泣きじゃくりながら、彼女達にありがとうと伝えた。彼女達はひどく優しい顔で僕の涙を指で拭ってくれた。

しばらくそうして過ごし、もう帰る時間ね、と彼女達が言うとまたパチンと指を鳴らす。

空はいつも通りの夕焼け空で、鏡は消えていて、僕の服もいつも通りの男子用の制服になっていた。

けれど、髪飾りだけは消えなかった。

「これ…。」

僕が頭から髪飾りを外し、彼女達に渡そうとすると2人は優しく僕の手を握った。

「これは貴方のものよ。よかったら受け取って頂戴。」

「私とお姉様とお揃い。素敵でしょう?」

「今日の出来事を、どうか無かったことにしないで。小さくてもいい。これから貴方の進む一歩の素敵なきっかけになりますように。」

僕はうん、と力強く頷く。宝物を大事に抱え、彼女達にもう一度お礼を言う。

また明日学校で、と手を振ると、彼女達もひらひらと手を振り返してくれた。

彼女達のおかげで僕は少しだけ強くなれた気がする。

自分の"好き"を大切に出来そうな気がしたんだ。

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