【コスモ・ステップ】

「あら、今から出かけるの?」

玄関でスニーカーを履いていたら母から声をかけられた。

「うん。ちょっと散歩。」

またぁ?という呆れたような母の声を後ろでに聞きながら構わずドアを開ける。

「行ってきまーす。」

時間は午後9時を少し過ぎた頃。夜が本番を迎える時間。外は暗がり。風は吹けど人声なし。空気をめいっぱい吸い込む。目の前には小さな宇宙が広がっていてその綺麗な景色に思わず笑みを浮かべる。

うん、今日もいい夜だ。


履き潰したスニーカーと少しよれたパーカー、それにお気に入りのヘッドホン。線の先にあるスマートフォンを弄る。流すのは一昔前のヒップホップ。勿論洋楽。何度も聴き慣れたそれを耳から流れる音に合わせて口ずさみながら歩を進める。

たまにリズムを取るように体を動かす。

歩幅を少し変え、軽くステップ。人の目なんて気にしない。私は私の好きな時間を過ごすだけ。なんて楽しいんだろう。今この時だけは、日々の憂さを忘れられる。自由でいられる。私が、私でいられる。

そうしてそのままいつもの公園へと辿り着く。

軽い笑みはくしゃりとした満面の笑みに変わり、軽いステップは大きな一歩を踏み出すステップに変わる。さながら気分は自由気ままなダンススター。空から降り注ぐ小宇宙のような星の煌めきは私を輝かせてくれるスポットライト。そこに観客はいらない。

さぁ、力尽きるまで踊ろう!笑おう!今という時間を楽しみ尽くそう!


文字通り力尽きるまで踊り明かした私は、肩で息をしながら、それでも口を大きく開けて笑っていた。

「さいっこう!」

空に向かって叫ぶと、向かい側から小さく響いてくる拍手。ぱちぱちぱち、とその音はどんどんこちらに近づいてくる。ちら、とそちらに顔を向けるとそこには興奮したかのように顔を赤らめた青年が立っていた。

きらきらと瞳を輝かせた男が言う。

「凄く素敵だった!あなたの踊り。なんというか…凄く自由だった!」

羨ましそうにそう言った彼に向かって私も口を開く。

「あなたも自由になりたいんでしょ?だったら踊ろう!私と一緒に。自由になるには、自分をまず解放させなくちゃ!」

私の言葉に、彼は戸惑ったように目を彷徨わせる。

「でも僕はこういった事、今までした事がないから…。」

服の裾をキュッと握る彼は、不安そうに肩を丸めていた。

「だけど、あなたは私の踊りを見て褒めてくれた。

私だって、綺麗に踊ろうと意識なんてしてなかったわ。ただ自分のしたいように、動かしたいように身体を動かしただけよ。

あなたもあなたのしたいように踊りましょ。私と一緒に。ひとりよりふたりの方がきっともっと楽しいわ!」

精一杯の笑顔で彼に手を差し出す。彼は暫く口をもごもごとさせて躊躇っていたようだったが、そのうちおそるおそるといったように私に手を伸ばし返してくれた。

私はその手を勢いよく引っ張る。

「うわっ!」

驚いた様子で慌てる彼に、まるで悪戯が成功したようにふふっと笑みがこぼれた。

彼もつられて笑う。そしてふたりで踊った。

リズムもへったくれもないような、デタラメな踊り。だけど関係ない。私達が楽しんで踊っている。自由になっている!これが全てなんだ。

音楽に身を任せ、コスモに照らされながら笑い踊る二人は、これ以上ないほど輝いていた。

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