【華降る夕空】

僕の街には百年に一度とある時期に、空から華が降ってくるという言い伝えがあった。

その華は極楽浄土で咲いた華。

見るものを魅了し、惹き付ける華。

その華を見ると、ある者は死への宣告だと言い、またある者は幸福への予兆だという。

僕は正直、死だとか幸福だとか、そういうのはどうでもよかった。ただ、見てみたかった。

空から降ってくる華の、その美しさを。

いったいどれだけ美しいのだろう。

昔おばあちゃんにその伝承を教えてもらってからずっと、僕の夢はその華を見ることだった。


ある日の部活の帰り道。日が落ちるのが早くなりどんどんと肌寒くなってきた時のこと。いつもの風景となんら変わりない田舎道を歩いていたら、急にそれは起こった。一瞬視界を覆う眩い光。僕は思わず目をしかめる。そして光が落ち着いた時、僕の頭上にはとても大きく、鮮やかな、それはもう息を呑むほど美しい華が現れた。

「すっげぇ…。」

幼い頃から憧れていたものがいざ目の前に現れると、人は言葉を無くすんだ。初めて出てきたのがそんな感想。ただただ目を奪われた。

星降る夜空ならぬ華降る夕空。

なんて神秘的で、あまりにも非日常。

僕は、その華が夜空に染まり消えるまで、焼き付けるように目に映し続けた。


「なぁ、昨日のアレ見たか!?」

翌日。まだ夢見心地の僕はぼんやりとした意識を保ちながら教室に入っていった。

「あぁ、見た見た!昨日の野球だろ!!

やばかったよなぁ!!」

「そうなんだよ!特にあのサヨナラホームラン!

まじで痺れたわ。」

そんな同級生たちの会話を意識もそこそこに聞いていたが、ふと違和感を抱く。

「なぁ。昨日の夕方、凄かったよな。」

僕がそう問いかけると、

「夕方?別に何も無かったと思うけど。」

「あぁ、いつも通りだったよな?」

同級生たちが不思議そうな顔をして答えた。

周りの様子を見ても、誰も昨日の夕方の"あの華"の話をしているようには見えない。

…そうか、あれは僕だけが見えたものなのか。

もしかしたら夢かもしれない。見るのに夢中で写真なんて撮ってないし、証明出来るものは何も無い。でも、確かに僕はあの景色に心奪われた。

それが例え夢だとしても、僕の都合の良い妄想だとしても…僕は一生、あの景色を宝物にしていくんだ。

独りでにふふっと笑うと、同級生に「変な奴」と笑われた。

僕の宝物は、僕だけの記憶の中に。

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