Day9 ぱちぱち
なんの前触れもなく「はいこれ」と瓶を差し出され、戸惑いや疑いもなく「ありがとう」と受け取れる人間が地球上に何人いるだろうか?
差し出した人間への信頼度にもよるかもしれないが、少なくとも半数は戸惑うはずだ。中に色とりどりの硝子らしき物が詰め込まれていたら尚更。
「これはなぁに?」と訊ねずにはいられない。
現在、僕は
ギンガムチェックの蓋が特徴的だ。
ラベルはない。が、一目見ただけでジャムを想像させる瓶の中身は、到底ジャムには見えない。
まず色からして可笑しい。黄色、水色、オレンジ、赤、紫、緑、ピンク、黒、薄茶色――数えるのが億劫なほど沢山の色が混在している。
それらは妙に輝いている。頭上には僕らを照らす照明も、焼くような熱を持った太陽もない。重苦しい曇天が広がっているのに。まるで意志があるように煌めき、明滅している。
例に漏れず、僕は訊ねる。
「今度は何をしたんだ?」
「おっとぉ? 『これはなぁに?』じゃないんだ?」
「何かは察しがつく。どうせ怪異なんだろう。馬鹿のひとつ覚えみたいに」
「馬鹿とは失礼だな、馬鹿とは!」
「じゃあ、これはなんだ?」
「野良の怪異」
「やっぱ馬鹿じゃねえか」
というか、野良ってなんだ。野良じゃない怪異が居るのか?
「これはねぇ、野良の怪異を集めて砕いて混ぜて煮込んで冷やして砕いた飴チャンだよ!」
「なんて?」
「昔、口に入れるとパチパチ弾ける飴チャンがあったじゃん。今もアイスに入ってるらしいけど、それが無性に食べたくなっちゃったからさ〜。作っちゃった!」
「普通の材料を使えよ」
百歩譲って作るのは良いとして、何故野良の怪異で作るんだ。製菓コーナーに行けば、パチパチする飴の材料なんて幾らでも入手できるだろうに。
「普通の材料じゃツマンナイじゃん。涼もとれないし。それにこれは市販品より弾けるよ! バッチバチだよ!」
涼ではなく量であって欲しかったし、バチバチに弾けるのは飴ではなくて材料の怨念ではなかろうか。
と言う前に、弔路谷が一歩、僕に近づく。
当然、差し出された瓶とも距離が近くなる。
「え、何?」
「食べて」
「は?」
「どうぞ」
「嫌ですけど」
「自分で蓋が開けられないって? もぉ〜、ハジメくんったら甘えたなんだからぁ〜」
「そんなこと言ってねえし。喰いたくねえんだよ」
「まあまあまあまあ、遠慮しないで!」
ぱっかりと開かれた瓶の口が、ズイッと目前に突き出される。
鼻腔を掠める匂いは無だった。仮に一粒食べたとして、僕は生きていられるのだろうか? 正気を保てるのだろうか?
そんな疑問を読みとった弔路谷が、ニパッと笑って「大丈夫!」と宣う。
「毒を以て毒を制したから、安心して!」
それは意味と使い方が若干違うんじゃないかな……と思ったが、敢えて口にはしなかった。その代わり、一番小さそうな水色の欠片を摘む。
深呼吸をして、唾を飲み込んで、胸の上で無駄に十字を切ってみたり何かして――一口。
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