Day7 ラブレター

 ポストの中身を確認したら、無益な広告の隙間から一通の手紙が出てきた。


 真っ白い封筒の、何の変哲もない手紙。

 宛名には僕の名前——九十九一つくもはじめ。住所はなく、切手もない。切手が貼られていないから当然、消印もない。至ってシンプルな手紙。

 その内容もまた、至極シンプルだ。


『あなたが好きです』


 好意を伝えられて嫌な気持ちはしない。が、送り主の名前がないので何とも言い難い。悪戯の可能性もあるが、こんな無意味な悪戯を仕掛ける人物に心当たりはなかった。


 弔路谷怜ちょうじたにれい

 あいつなら手紙ではなく、魑魅魍魎を仕込んでくる。



 * * *



 謎の手紙は一通では終わらない。


『あなたが好きです』

『顔が好きです』

『背格好も好きです』

『もっと笑顔が見られれば良いと思います』

『素敵な声です』

『昼食のざる蕎麦、美味しそうです』

『夕食の青椒肉絲、美味しそうです』

『朝食も食べてください』

『奇妙な女に付き合えるあなたが素敵です』

『出来れば救ってあげたいです』


 救ってあげたい。

 もしや手紙の主は神か? あるいは神に仕える天使?

 弔路谷怜という電波女から僕を解放すべく、手紙という形で接触してきたのか?


 ……なんて。能天気で厨二な脳味噌を、僕は持ち合わせていない。

 ラブレターかと思ったらストーカーからの定期報告だった。

 しかも、結構レベルが高いというか、プロいストーカーだ。センシティブな内容だったので記載を省いたが、生理現象の仔細まで把握されている。これはもしかすると、犯人は魑魅魍魎かもしれない。


 弔路谷怜?

 やつの仕業なら、どんな手を使ってでも殺してやる。

 警察の手には負えないので。



 * * *



「ハジメくん、ストーカーに遭ってるでしょ」

「……何で知ってるんだ?」


 まさか、やっぱりこいつが犯人?

 それか、油虫の怪異を通して知ったのか。

 後者であってくれ。頼む。


「サッちゃんが教えてくれた」


 サッちゃんとは、長い黒髪で白い肌の、真っ赤なワンピースがお似合いな口裂け女――根室早紀子ねむろさきこさんだ。弔路谷の友人であり、僕の友人でもある。

 そして、僕に片想いをしている。自惚れではなく、本当に。


「一ヶ月ぐらい前かな? 『最近、九十九くんが変ですよ』って言い始めて、『ハジメくんはいつも変だよ』って返したら『それはレイちゃんの方だよ』って言われて」

「根室さんに全力で同意する」


 僕は変ではないし、弔路谷は毎日イカれている。


「それで昨日、遂に『九十九くん、ストーカーに遭ってます』って。『九十九くんの家のポストに不気味な手紙が入ってます』って、めちゃくちゃ深刻な顔で言うの。いや、なんでサッちゃんがハジメくん家の住所知ってんの? って話じゃん」

「そこか? 疑問に思うのは」


 寧ろ僕としては、根室さんが手紙の存在を知っている方に疑問を覚えるのだが。

 だって、つまりポストの中を覗いたってことだよね?

 もしくはポストを開けたか。


「で? 実際のところどうなの?」


 わくわくが滲み出ている弔路谷の顔を暫く見据え、そして僕は「いや」と否定する。


「ストーカーには遭ってないよ。今しがた、僕の家のポストの中身を把握しているストーカー予備軍は発見したけど」

「なぁんだ、つまんないの」


 そう言って、弔路谷は唇を尖らせる。


 例の手紙について告白しなかったことに意味はない。

 ただ強いて言うなら、僕を好いていて、『出来れば救ってあげたいです』と考えている何某さんが誰なのか。その正体を一目見たいと思ったので。


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