Day6 呼吸

 枕元でスマホが着信を告げる。


 無音の振動はベッドのスプリングで増幅し、持ち主——九十九一つくもはじめを不愉快な起床へ導く。

 九十九の眼は目蓋に覆われている。けれど、確実に意識は覚醒している。

「うぅん……」と呻きながら手探りでスマホを探す。

 やがて探し当てたスマホの眩し過ぎる画面を、薄目で睨みつける。

 親指でスワイプ。


「はい、もしもし……、うん、うん、そうだけど……え? 寝てたか? 当たり前だろ、何時だと思ってんの今……朝の三時だよ。朝っつうか、夜の……。え? 知らねえよ、お前が何してたかなんて。興味ねー…………、……うん。……うん……は? いや、お前、やめろよ。呼吸するように捕獲すんなよ、怪異を。寝ろよ。大人しく。僕は寝るよ、じゃあな」


 アッちょっと待ってハジメくん‼︎


 と喧しい声を無視して、九十九は会話を終了する。


 ぽいっと、スマホを元の場所に放る。

 が、思いの外勢いがよすぎてベッドから転がり落ちる。

「しまった」と一瞬焦るが、九十九は欲望のまま二度寝に洒落込もうとする。


 スマホが着信を知らせる。

 今度は振動だけでなく、けたたましい音付きで。


 九十九は眉を顰める。

 おかしい。常時マナーモードにしているのに何故、音が鳴る。もしかして床に落ちた時の振動で解除されたのかしらん。あるいは少々壊れたか。

 溜息をひとつ。うつ伏せになってベッドの際へ移動し、腕を伸ばす。スマホを拾って応答する。


「なんだよ」と言いかけて、慌ててスマホを耳から離す。


「う……るせえ……! ……まじ、あの、うるさいよ、弔路谷ちょうじたに。うん……うん、ごめん、判ったから。謝るから、叫ぶなマジで。ちゃんと聴くから。………………うん、……うん……へえ、冷蔵庫が。庭の。うん……うん…………うん? あはっ、ちょ、流石にそれは嘘だろ。だから、やめろって呼吸するようにさぁ……え? やるわけねえだろ。そんなん、するのお前だけだよ。……で? 庭の冷蔵庫の淀みに蛆虫の怪異が群がってたから捕獲して? 虫籠に入れて、それで? …………知らねえよ、飼ったことねえから。あー……取り敢えず生ゴミでも喰わせとけば? ………………眠いんだよ。さっきも言ったけど、三時だから。朝の。

 …………あ? 何言ってんの。独りに決まってるじゃん。喧嘩売ってんのか? …………え? 『油虫の怪異をハジメくん家に仕込んだ』? 『一緒に寝てる子供は誰?』? ……マジでやめろって。呼吸するようにキモい嘘吐いたり、怪異を家電だか何かの代用にするの。え? ………………『三人分の息遣いが聴こえる』? 俺以外に? …………………………」


 九十九の呼吸が詰まる。


 相手の言に恐怖したからではない。腹に圧迫感を覚えたからだ。それは背後から抱き付かれる感覚に似ている。


 まさか本当に、僕以外の誰かが居るのか?

 弔路谷の言う通り、子供が? 三人も?


 どう対処するべきか判らない九十九は泣く泣く、電話の相手に助けを求める。

 死にたいほど悔しいが、確実に己を生かしてくれる人間は彼女しか居ないことを、九十九は重々承知していたので。そして絶対に引き受けてくれると確信しているので。

 果たせるかな、弔路谷怜ちょうじたにれいは午前三時に似合わぬ快活な声で


「任せて!」


 と応える。

 こんなに頼もしい返事はない、と思いながら、九十九は詰めた息を細く吐き出した。


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