Day2 喫茶店
ただの喫茶店ではない。壁が煉瓦で庇が赤色の、ヨーロッパと大正がミックスされたような外観の喫茶店である。
その店を目にして抱いた第一印象は「女子が好きそう」だった。昨今、昭和平成のレトロがブームだと小耳に挟んでいる。ならば大正も射程圏内だろう。
かくいう僕も、レトロな喫茶店は嫌いではない。チェーン展開されているイマドキのカフェより百倍は好ましい。是非ともクラシック音楽か、ジャズを流していただきたいところ。
丁度、どこかで涼みたいと思っていた。
やや『一見さんお断り』と言いたげな雰囲気を感じないでもないが、冷房が程良く効いた店内でアイスコーヒーを吸い上げたい欲望には抗えない。
左胸の鼓動が少しばかり速度を上げる。勇気を出して、真鍮製と思しきドアハンドルに手をかける。
カラン、と軽やかな鐘の音が響く。
ぎょっとした。
同時に、激しい後悔。
外観はヨーロッパと大正の美しきコラボだったのに、店内は江戸の百物語だった。と言うより、隠り世と呼んだ方が正しい。客は全員、生者ではないことが一目で判る。
否、全員というのは正しくなかった。
踏み入れてしまった僕と、奥の席で寛ぐ女だけが生きている。
「やぁ、ハジメくん! 奇遇だね!」
「弔路谷」
何故ここに?
と訊くのは野暮か。この喫茶店は弔路谷の独り住まいのご近所である。
だから僕は、いつの間にか閉まってしまったドアが開かないことを確認して、足早に彼女の席へ向かう。
「お前は自分が居る場所を一瞬にして異空間に変える異能力でも持っているのか?」
「あたしの許可を得ず目前の椅子に腰を下ろすなんて、ハジメくんじゃなかったら殺されてるよ?」
「さっさと質問に答えろよ」
「人畜無害な凡人代表のあたしが、そんな能力持ってるわけなくない?」
狂人有害な電波代表が何を吐かしやがる。
そう罵ろうとして、這い寄る気配に閉口する。
「いらッシゃいませ」
の言葉と共に、水の入ったグラスがテーブルに置かれる。
ぼちゃん、と何かが水中へ落下する。
思わず「うわ」と声が漏れた。
何か、は眼球だった。茶色の光彩に縁取られた黒が僕を見つめる。
「ア、失礼シまシた」
灰色の指が、無遠慮にグラスの中へ突っ込まれる。指は眼球を摘むのに幾度か失敗し、やがて引き上げられる。
呆然としながら目で追った先に居たのは、ウエイトレスらしきゾンビだ。
ウエイトレスと言ったが、性別は判らない。けれどスカート丈の長い、英国式でクラシックなメイド服を着ている。露出した肌は総じて灰色だ。
右の茶色と、左の虚が僕を見下ろす。
どうやら、落としたのは左の眼球らしい。
ゾンビが言う。
「ご注文は、何にイたシます?」
「え。あぁ、ちょっと――」
まだ決めかねるので、後で注文します。
と、適当に誤魔化して退店しようとした僕の計画を見透かしたのだろう。弔路谷が「アイスコーヒーひとつ!」と勝手に注文する。
「それから、スペシャルファンシー抹茶ストロベリーあんみつパフェ! 黒糖チョコソース追加で!」
「かシこまりまシた」
ゾンビメイドを見送り、僕は弔路谷へ視線を移す。
この喫茶店は何なんだ?
僕の疑問を正確に読みとった弔路谷が「簡単に言うと」と口を開く。実に愉快そうな笑みを添えて。
「“あの世”と“この世”の境目だね。元々は純和風喫茶というか、甘味処って感じだったらしいけど、最近のレトロブームに乗って制服とメニューを和洋折衷ハイカラ強め路線に変えたんだって。お陰で売り上げは以前の倍! 商売上手だよね〜」
途中から弔路谷の言葉が判らなくなった。
というより、僕の脳が理解することを放棄した。
ただ「そこまでのレトロは求めてない」「要らんコラボすんな」とは思った。
けれど、口には決して出さない。
そこまでの勇気は持ち合わせていないし、生きて喫茶店を出たいので。
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