蘭月怪異譚〜2024〜
四椛 睡
Day1 夕涼み
呪われた番傘を愛用し、廃墟を巡ってお泊まりをし、口裂け女を友人に持ち、語るのも憚られる悍ましい所行を時に笑顔で、時に涼しい顔でやってのける狂人。そして前世云々の話を本気で口にする痛女。
顔立ちが端整なので、見目と行動のギャップに脳がバグること間違いなし。
この世に生まれた瞬間から詐欺行為を働いている人間と、僕――
あまり嬉しくはない。
因みに、彼女の認識では前世から続いている。
絶望しか感じない。
* * *
そんな弔路谷が所謂“高級住宅街”の一等地に建つ実家を出たと聞いた時、僕は心底驚いた。その驚きは「木っ端微塵になった月の欠片がフリマアプリで大量出品されている」と聞かされた時とほぼ同等のレベル。
しかし、独りで暮らす住処が廃屋と知った時は全く驚かなかった。
寧ろ安らぎを得たぐらいだ。住所がアパートでもマンションでもなく、どう考えても一軒家な時点でお察しである。
否、アパートやマンションだったとしても「はいはい、事故物件ね」と処理したに違いない。僕の弔路谷怜に対する理解度は、それほどまでに高くなっている(自分で語りながら死にたくなってきた)。
『ハジメくんを夕涼みにご招待!』
『あたしのハジメテをハジメくんにプレゼント♡』
『手土産はA5の和牛でおk』
こんな巫山戯たメッセージ、相手が弔路谷でなければ既読せずに削除してブロックするところだ。
けれど、それを実行しないのは、残り少ない大学生活を全うしたいからである。そして、つつがない日常を送って天寿を全うしたいからでもある。
せめてもの抵抗に、手土産は蚊取り線香にした。
電波狂人痛女にA5和牛なんて食品ロスは犯さない。
庭付きの平屋の外観は言わずもがな。行政代執行か何かで早急に取り壊してしまえ! と言いたくなる有様だった。
しかし、敷地内に入ればどうだ。
おどろおどろしい外観が嘘のように、瞬きひとつで一変した。屋根も窓も外壁も玄関ドアも真新しい。まさに新築のそれ。
内装もピカピカだ。
磨かれた木製の廊下。染みひとつない壁。照明が優しく反射するフローリング。ウォシュレット付きのトイレ。使った痕跡のないシステムキッチン。
素直な僕は、率直な感想を口にする。
「え、なんか意外」
「何が?」
「もっとこう、きったねえと言うか……廃屋のまま使うのかと……」
「そんなワケないじゃーん! 流石にリフォームするよ!」
何言ってんのハジメくん、ウケる〜!
と、二丁拳銃の如く人差し指を向けてくるので、逆方向へ折ってやろうかと思った。確かにリフォームは当然だが、弔路谷に指摘されると非常に腹立たしい。
深く息を吸い込み、ゆっくりと長く吐き出す。
「で?」
と言い、新築同然の家屋には相応しくない荒れ果てた庭を指さす。
「あれは何?」
そこには夕日に照らされた冷蔵庫がひとつ、ぽつんと置かれている。
「前の住人の置き土産」
「あ、もういい。聞きたくない」
一言でオチまで察した。
全身の肌が粟立つ。
僕は両手で耳を塞ぐ。手の皮と筋肉と骨越しに「訊いといてなんだよぉ〜、興味があるなら開けても良いんだぞぅ!」と聞こえるが、知るか。
理解度の高さではなく経験値が訴えてくる。
開けたら最後、絶対に後悔するぞ。例えば人骨が収まってるとか。
いや、人骨ならマシだ。
下手すると……――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます