第2話
弁当を持って家に帰る途中、もう何度目とも知れない考えが頭を過る。
(やっぱりユリさんって鳳条、だよな?)
学校一の美少女と言われている鳳条さんが変装なのかあんなに地味な恰好をして弁当屋でバイトをしている。二年になって初めて鳳条さんを見たときはあまりの衝撃に呆然としてしまった。
弁当屋で散々お世話になっている俺は、だから学校で鳳条さんにあまり強く言い返せない。
ただ――――、
(なんで学校とバイト先でこんなにキャラが違うんだ?)
それが最大の疑問だった。地味な恰好をしているのは、同じ学校の生徒にバレたくないからだとおじちゃん達から聞いている。実際、今まで同じ学校の生徒が買いに来てもバレたことはないらしい。
俺はすぐ気づいてしまったわけだが……。
でも、それはいいとしても、性格も違い過ぎる気がするのが謎なのだ。学校では意地悪と言っていいほど揶揄ってきたりするのに、弁当屋ではとんでもなく優しい。あまりに違い過ぎて二年になってすぐの頃は自分の勘違いかと本気で思った。
そんな風に日々は過ぎていき、二学期の途中で俺の家族にとある事件が起きた。
それは唐突だった。
家に帰るとあるはずのない靴があったのだ。
リビングに行くとやはりいるはずのない女性がいた。
「母さん、何やってんの?」
「お帰りなさい佑丞。私もこっちで暮らすことにしたわ!あの人は勝手に単身赴任してればいいのよ!」
話を聞かされたところによるとどうやら親父とケンカしたようだ。まあここにいる時点で予想した通りだが、俺の悠々自適な一人暮らしはこうして唐突に終わりを告げた。
母親が戻ってきてから早一か月。
最近、隣の席の鳳条さんの様子がおかしい。
怒っているというか落ち込んでいるというか、とにかく今までと違う。もしかしてと気づいたのは二週間前、確信したのが今だ。
「ちゃんと聞いてるの?永門君!最近何かあったでしょ?」
「いや、だから本当に思い当たることは何もないんだけど?」
「そう……。そこまで私には言いたくないんだ……」
怒りの形相から一転、落ち込んだように声が沈む。
鳳条さんがどうしてこんな風になってしまったのか、理由がわからない。いや、一つだけ自意識過剰なことが思いつくが、そんなことが本当にありえるのか?という思いが拭えない。もしそうなら嬉しい限りなのだが……。
さらに日々は過ぎていく。
永門君がお店に来てくれなくなってもうすぐ二か月だ。
理由が知りたくて、何とか学校で聞こうとしたが、いつもはぐらかされてしまってモヤモヤした気持ちが募るだけだった。
それでもつい永門君のことを考えてしまう。その度に怒りとも悲しみともつかない感情が湧いてくる。
(私の気持ちに全然気づいてくれないんだから……)
お弁当屋さんのバイトがサービスをするなんて普通ではありえないのに、どうしてそんなことをしているのか一向に気づいてくれなかった。
私は中学の知り合いが誰もいない高校に進学し、高校デビューに失敗した。
いや、必要以上に成功してしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
名前から百合姫なんて言われ始めたと知ったときはあまりの恥ずかしさに死んでしまうかと思った。
どこかのお金持ちのご令嬢か、なんて聞かれたときは速攻で否定したけど信じてもらえなかった。うちはサラリーマンのお父さんとパートをしているお母さん、それと弟のいるごく普通の家なのに。
一年のとき、女友達で休日に遊びに行った際に、私服はどこのを着てるのか、とかコスメはどこのを使ってるのかとか聞かれてそんなところも見られていると知った。
それからはそういう面も気を遣うようになったけど、お小遣いだけではやりくりが難しくなった。だからお父さんに相談してバイトをすることにした。
今バイトしているお弁当屋さんはお父さんの知り合いだ。ご夫婦ともにとても気さくでいい人達で私も安心してバイトができた。ただバイトのことが学校の人にバレるのは嫌だったので、中学時代の自分のような恰好をすることにした。同じ学校の生徒がお客さんとして来ても誰も気づかないことに内心安堵していた。
けど、バイトを始めてからわかったのだが、バイトをすると友達と遊ぶ時間が中々取れず、本末転倒になってしまった。付き合いが悪くなっていった私だけど、それがむしろ噂の信憑性を高めてしまったようで、ますます本来の自分とはかけ離れた自分を演じることになってしまった。
そんなときだったのだ。永門君と出会ったのは。
永門君も他の人と同じくバイト中の私に気づくことはなくて、でもおじさん、おばさんと仲が良い彼と私も色々話すようになっていって、私はそのときだけ自然な自分でいられていることに気づいた。
そして気づけば好きになってた。
永門君が一人暮らしだとわかって、自分に何かできないかと考えて、おじさん達に頼んで一品サービスすることを思いついた。材料費なんかはバイト代から差し引いてもらっている。
永門君は最初申し訳なさそうにしていたけど、おじさん達の後押しもあって、ちゃんと受け取ってくれた。時々、お返しにってスイーツを買ってきてくれたりもして、それが嬉しかった。
そんな彼と二年で同じクラス、しかも隣の席になって、私はどう接したらいいかわからなくなった。
バイトのときのようには話せない。でも学校でも話したい。テンパった私は、彼を揶揄うようなことばかり言ってしまうようになった。
なんでそうなる?とか自分でツッコんだりしたけど、そうなってしまったのだから仕方がない。
以来、学校とお弁当屋さんで全く違う永門君とのやり取りが続いた。
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