鳳条さんの秘密を俺だけが知っている
柚希乃愁
第1話
授業終了のチャイムが鳴る。
昼休み直後の授業が今終わった。
「ふあぁぁ~」
「永門君、よく寝てたわね」
俺、
学校一の美少女との呼び声高く、男子からは高嶺の花のように思われている。文武両道、才色兼備の彼女は女子にとっても近寄りがたいものがあるのだろう。
隣の席でしばらく過ごすうちにわかったのは、自分からも率先して親しくなろうとするタイプではないようで、彼女は友達が少ない、ということだった。
そんな彼女は二年で初めて隣の席になった俺にはどういう訳か最初からよく話しかけてきた。
ただ俺としてはそれほど嬉しいものではない。なぜなら―――。
「鳳条?ああ、食後はどうしても眠くなってさ」
「食後だけじゃないでしょ?それ以外でもよく寝てるじゃない」
「そうかな?」
「ええ。けど、隣であんな風に寝ていられると迷惑だわ」
辛辣な物言いに眉がピクっと反応するが、迷惑というのはちょっと意味がわからなかった。
「?寝てるだけなんだから迷惑になるようなことはないと思うけど?」
「寝てるだけならね。いびきがすごいんだもの」
「いびき!?俺いびきなんてしてた!?」
バカな。授業中、教室内に俺のいびきが響いていたというのか?そんなの想像しただけで恥ずかしい。
「ええ。あんなにいびきが大きいと先生の声が聞こえないわ」
「マジか……。それはごめん……」
そんなのが隣にいれば確かに迷惑だろう。俺は顔が赤くなるのを感じながらも申し訳ない気持ちになる。が――――、
「ふふっ、冗談よ」
鳳条さんは面白そうに笑った。
「は?」
「当たり前でしょ?そんな大きないびきしてたら先生に注意されるに決まってるじゃない」
「っ、そりゃそうだ……。って、なんでそんな心臓に悪い嘘吐くんだよ?」
ちょっとイラっときたのでジト目になってしまう。
「なあに?ちょっとした冗談じゃない」
「いやいやいや。ちょっとじゃないからな?大分悪質だからな?」
「悪質だなんて随分ひどいこと言うのね、永門君」
「恥ずかしくて居たたまれなくなったっての!」
「ふぅ……。こんなことで怒るなんてカルシウム足りてないんじゃないかしら?」
「カルシウムとか関係ないから!普通だから!」
思わず漫画みたいにぐぬぬって言いそうになったじゃないか。
これなのだ。話しかけられると言っても大半が揶揄われているだけ。時々今みたいに冗談っぽくないことを真顔で言ってくることもある。美人だからって何を言っても許されるとでも思っているのだろうか。というか、なんで俺なんかにこんなに絡んでくるのか……。
「にぼしとか食べた方がいいわよ?」
「……はぁ。もういい……」
結局折れるのは俺だった。
今では学校での彼女に対しては諦めの境地という感じだ。同じクラスになって彼女を初めて見たときは、この人が鳳条百合愛!?と驚きでいっぱいだったというのに。
授業が終わり、家に帰った俺はそろそろ夕食の時間となったため、あらためて家を出た。
俺は高校入学と同時に一人暮らしをしている。別に複雑な事情はない。ただ単に父親の単身赴任に母親がついていったからだ。
折角入学が決まっている高校をいきなり転校するのが嫌で一人残らせてもらった。
そんな俺の夕食は月、火、木、金の週四で高一の春に見つけた弁当屋だ。
個人経営の店で安くてうまい。なんとのり弁が三百八十円。ちょっと豪華に唐揚げ弁当にしても四百二十円。しかも弁当は全部ご飯大盛無料となっている。ボリューム満点で男子高校生には非常にありがたい存在だ。
店主の夫婦とも親しくさせてもらっていてお気に入りの店だった。
加えて、去年の秋頃からそこで働くようになった店員に俺は頭が上がらない。
「いらっしゃい、永門君」
今日も彼女が応対してくれた。今時珍しく髪を三つ編みにして、レンズの大きな眼鏡をかけた地味目の女子だ。年上にも同じ歳くらいにも見える。だから何となく最初から俺は丁寧語だ。ただいつもすごく素敵な笑顔で接客してくれる。それだけじゃない。
「ユリさん、こんばんは。今日ものり弁を一つお願いします」
「永門君、いつも言ってるけどもっと栄養あるものも食べなきゃダメだよ?」
そんな言葉を残して、南条さんは厨房の方に下がっていき、代わりに店主のおじちゃんが出てきた。ある時期から俺が店に行くといつもユリさんが注文を取ってくれ、ユリさんが俺の弁当を準備してくれている間はおじちゃんかおばちゃんが出てくる、といった流れだ。
「よー、佑丞いらっしゃい」
「こんばんは、おじちゃん」
「今日ものり弁か?」
「はい」
「そうか。ユリちゃんが今日も何やら作ってたから楽しみにしてな?」
「そ、そうですか。いつもすみません」
「ユリちゃんが好きでやってんだ。ありがたく受け取ってあげればいいんだよ」
「はい。ありがとうございます。ただどうしてユリさんは俺にそんなことしてくれるんですかね?他のお客さんにはしてないんでしょ?」
「そりゃお前————」
おじちゃんが呆れた様子で何か言いかけたのだが、俺のその質問に答えたのは奥から新たに出てきたおばちゃんだった。
「それは佑丞君が自分で考えて気づいてあげなきゃダメよ」
「おばちゃん?」
「あんたも余計なこと言わないんだからね?」
おばちゃんはおじちゃんにジト目を向ける。
「お、おう」
おじちゃんはバツが悪そうに答えた。おじちゃんは答えてくれそうだから何度か尋ねたことがあるのだが、その度におばちゃんにこうして遮られてしまう。自分で考えろと言われてもヒントなしでは難し過ぎるのだが……。
おじちゃん、おばちゃんとそんな話をしているとユリさんが俺の弁当を持って出てきた。
「はい。のり弁です。後、今日はじゃこと豆腐のサラダサービスしておくからちゃんと食べてね?カルシウムいっぱい摂らなきゃダメだよ?」
「……ありがとうございます」
俺は何とも言えない表情になってしまう。
(この人隠す気ないよな……?それとも天然なのか……)
ユリさんがここで働き始め、段々親しくなっていき色々話すようになって、俺が今一人暮らしだとわかったときから、ユリさんは何かしら一品サービスしてくれるようになった。
お金を払うと言っても断られてしまい、最初は申し訳なく思ったが、おじちゃんにもおばちゃんにも微笑ましいものを見るようにして受け取ることを促されてしまった。
「いつもすみません。これ、駅前のお店で買ったプリンなんですけど、よかったらみんなで食べてください」
だから時々こうして差し入れを持ってくるようになった。弁当を受け取った俺はお返しにとプリンの入った箱を渡す。
「ありがとう。でも私が勝手にしてるだけなんだから永門君は気にしなくていいんだよ?」
「いや、本当助かってるし嬉しいんで。そのお礼です」
「ふふっ、そっか。私このプリン大好きなの」
「それはよかったです」
初めて渡したとき、ユリさんのテンションが高めだったので言われなくてもわかっている。
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