女王討伐(Queen)
未確認の巨大建造物が宇宙から落下し、各国がそれに気づいたときにはとっくに成層圏を突き破り、あわや大爆発を起こすかと思われたがアメリカ中西部に大きな地震を起こした以外に大きな被害はなかった。
建造物の調査は遅々として進まなかった。コンピュータ制御の機器類は軒並み制御不能になった。旧式なヘリコプターやセスナならいけるかと思われたが、半径五キロ程のその建造物へ近づこうとすると、見えない何かに衝突して墜落してしまうのだった。
捕獲された
蜘蛛自体は大型のホローポイント弾であれば撃破できる。だが、いかんせん数が多い。ちょっとした油断や
時に、さらに大型の蜘蛛が現れ(便宜的にアラクニドと呼称されることになった)、大型の熊ほどの大きさのそいつらにはホローポイント弾など全く効かなかった。
唯一効いたのは、対女王戦用に各自に1ダースほど用意された特殊弾だった。それは蜘蛛が体内で作り出す酵素に反応して劇薬を生み出す薬品の充填された弾で、本来最後の決戦の時まで使わない予定の代物だった。
だが背に腹は変えられない。
ひとり、またひとりと減っていく歩兵達は、
アラクニドが三体も揃っていたのは初めての事態だった。だが、その先はおそらく女王のいる場所だと思われた。生存している兵士は、わずか八人。
一体につき二、三発も特殊弾を打ち込めればアラクニドでも斃せることは判明していたが、全員分の弾を合わせても三十発足らずだった。
「女王って相場だと大抵デカいよな?」
日本人兵の生き残り、キザキが便宜的に
「そうだな」
「ここで奴等を撃破できたとしても、女王は斃せるのか?」
「だからといってタマを温存して全滅しては意味ないだろ」
他の組のリーダー格のハンドサインを受け、グレイもサインを返す。
「行くぞ、キザキ」
「やってらんねえ」
文句をいいながらもキザキは勇敢だった。先陣を切って飛び出し、
一体は、どう、と斃れたものの、もう一体は進撃が止まない。
「あのバカども!」
ドーンという重い音は、もう一体アラクニドをやったに違いない。が、地を蹴る靴音はまばらもいいところだ。
「俺はいくぞ」とキザキ。
「やめとけ、無理だ」
ニヤッと笑ってキザキは飛び出した。
「キザキーッ!」
激しい爆発音がした。
蜘蛛の体内に飛び込んで爆発物を破裂させる。それは本当に最後の最後の手段だった。キザキは人間爆弾として散った。
もう音はしない。
最後のアラクニドは斃せたのだろうか……?
軍人として臆病は褒められたものではないが、生き残ることには意味がある。グレイは最前まで激しい戦闘が行われていた、女王部屋の前庭へと踏みいった。
「あれ、キザキ?」
上半身裸で煤け、頭がアフロになっているキザキがそこに立ち、おいでおいでと手を振っている。思わずグレイは銃を撃ちそうになった。何か敵の新たな兵器か何かかもしれないと思ったのだ。
「撃つな撃つなグレイ」
「なんで生きてんの……?」
「わからん。だがこれも天の采配。女王部屋へ向かおう」
キザキが押し戸となっている重い金属様の扉を押し開けた。
そこにいたのはまさに女王級の大蜘蛛だった。いや蠍にも似ている。複眼が紅く爛々と輝き、口吻部と思われる部分がわしゃわしゃと蠢いていた。
ダメだ、終わった、とグレイは思った。最低でもグレネードランチャーぐらいはないと傷つけることもできないだろう。人間爆弾となったとて、口の中を火傷させるぐらいのものだ。
「おい、見ろよ、あれ」
絶望するグレイとは裏腹にキザキの声は明るく響いて聞こえた。
「あれが女王なんじゃないのか……?」
キザキの視線の先には、大蜘蛛の上に立つすらりと艶かしい女性のものと思しき脚が——謎の
手もある。
してみると、あれは
青白く光って見える涙滴状の胴体が、ぐぐぐと折れていき、その突端に顔があった。
「魚雷ガール……!」
もはや、キザキは歓喜を隠そうともしていなかった。
「ハジケリストの俺の憧れ……」
キザキの
「サカバンバスピス……」
サカバンバスピスに腕と手の生えた
「人の子よ」
サカバンバスピスの声が脳内に響く。日本語だった。日系であるグレイには、久々に聞く日本語は奇妙な宇宙人語のように思えた。
「勇敢な人の子よ、
グレイは気づいた。
これは俺に話しかけているのではない。キザキに話しかけているのだと。
サカバンバスピスとキザキがまぐわっている。悪夢としかいいようがない。女王は、地球に新婚旅行に来たスピス族の
地球の精密機器を撹乱したのは愛玩動物の蜘蛛を制御する装置の、波長がズレたのが原因だという。性力なしには救命信号すら打てず、途方にくれていたところに王子様が現れて助かった、と女王は述べた。
いうまでもないが王子様とはキザキのことだ。勇敢さに一目惚れし、そうして先程の爆発もエネルギーだけ位相をズラし、助けたのだという。
サカバンバスピスのごとき無表情なまん丸い眼をしながらやけに色っぽく喘ぐ女王を、キザキが激しく後ろから打ちつける。こちらは恍惚の表情だったので、
(幸せならオッケーです)
としかグレイは思うことができなかった。
なぜだかバルキリーがデストロイドモンスターを後ろから犯している絵が浮かんだが、視覚的には似たようなものだったろう。
「もう充分な
べたべたとひっつくキザキのアフロを撫でながら、女王は述べた。
「人の子が現状に気づくのも時間の問題であろう。我々は
満身創痍のグレイへ、女王はローラースルーゴーゴー(に似た乗り物)を授けた。必死でグレイは船を脱出し、ほぼ同時に船は浮き上がり、そして消失した。
地球上に残された蜘蛛は一斉に動きをとめたらしい。いまは使えるようになった無線でそのことを知ると、船の消えた方角へ向かってグレイは敬礼してみせた。
キザキよ、永遠なれ……!
ED:『Daydream believer』 The Monkees
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます