女王討伐(Queen)


 未確認の巨大建造物が宇宙から落下し、各国がそれに気づいたときにはとっくに成層圏を突き破り、あわや大爆発を起こすかと思われたがアメリカ中西部に大きな地震を起こした以外に大きな被害はなかった。

 建造物の調査は遅々として進まなかった。コンピュータ制御の機器類は軒並み制御不能になった。旧式なヘリコプターやセスナならいけるかと思われたが、半径五キロ程のその建造物へ近づこうとすると、見えない何かに衝突して墜落してしまうのだった。

 不可視インビジブルの障壁のようなもので守られているのかもしれないと暫定的なひとまずの結論が出た頃、建造物からはわらわらと大型犬ほどの節足動物が湧きはじめ、近くの都市は阿鼻叫喚となった。奴らは人を食う。

 捕獲された蜘蛛スパイダー(と呼称された)は、遺伝子系統には不明の部分も多かったが基本的には既知の成分で組成されており、実際に大型の蜘蛛と呼んでも差し支えのない生物いきものだった。

 生物せいぶつならば、謎の障壁を越えられるのでは、と推論した国連軍は、歩兵による部隊を結成。不平不満の出ないようにサラダボウルと化した混成部隊が、障壁のすぐ近くまで集結したのであった。


 蜘蛛自体は大型のホローポイント弾であれば撃破できる。だが、いかんせん数が多い。ちょっとした油断や銃の不調ジャミングなどに見舞われた途端、足を取られ、腕をがれ、首を落とされた。建造物へ辿り着くまでに三割が命を落とし、建造物へ入ってからはまさに地獄だった。金属的な壁面に粘着質な液がしたたり、足を滑らせたかと思えば不意に現れた蜘蛛にたかられる。蜘蛛には牽制が効かない。なのにこちらの隙は見逃さない。

 時に、さらに大型の蜘蛛が現れ(便宜的にアラクニドと呼称されることになった)、大型の熊ほどの大きさのそいつらにはホローポイント弾など全く効かなかった。

 唯一効いたのは、対女王戦用に各自に1ダースほど用意された特殊弾だった。それは蜘蛛が体内で作り出す酵素に反応して劇薬を生み出す薬品の充填された弾で、本来最後の決戦の時まで使わない予定の代物だった。

 だが背に腹は変えられない。

 ひとり、またひとりと減っていく歩兵達は、あたう限り死体から未使用の特殊弾を抜き取り、一歩一歩最深部へと近づいていった。


 アラクニドが三体も揃っていたのは初めての事態だった。だが、その先はおそらく女王のいる場所だと思われた。生存している兵士は、わずか八人。

 一体につき二、三発も特殊弾を打ち込めればアラクニドでも斃せることは判明していたが、全員分の弾を合わせても三十発足らずだった。

「女王って相場だと大抵デカいよな?」

 日本人兵の生き残り、キザキが便宜的に相棒バディとなっているグレイへとぼそりという。グレイからすれば日系だから都合が良いだろうとキザキを押しつけられた形だった。

「そうだな」

「ここで奴等を撃破できたとしても、女王は斃せるのか?」

「だからといってタマを温存して全滅しては意味ないだろ」

 他の組のリーダー格のハンドサインを受け、グレイもサインを返す。

「行くぞ、キザキ」

「やってらんねえ」

 文句をいいながらもキザキは勇敢だった。先陣を切って飛び出し、大蜘蛛アラクニドの視線を集めた上で数発の特殊弾を撃ち見事命中させ、すかさず退いた。違う角度から他の組も銃を打ち、アラクニドを二体は斃せたかに思えた、が——

 一体は、どう、と斃れたものの、もう一体は進撃が止まない。

「あのバカども!」

 米軍の奴ヤンキーだろう、ケチって特殊弾を使わなかったのだ。とんだ大間抜け野郎だ。呆然として立ち尽くすキザキの腕をつかみ、一旦退却。乾いた銃声が何発か響き、悲鳴と肉の裂ける音、骨の砕ける音と——

 ドーンという重い音は、もう一体アラクニドをやったに違いない。が、地を蹴る靴音はまばらもいいところだ。

「俺はいくぞ」とキザキ。

「やめとけ、無理だ」

 ニヤッと笑ってキザキは飛び出した。

「キザキーッ!」

 激しい爆発音がした。

 蜘蛛の体内に飛び込んで爆発物を破裂させる。それは本当に最後の最後の手段だった。キザキは人間爆弾として散った。

 もう音はしない。

 最後のアラクニドは斃せたのだろうか……?

 軍人として臆病は褒められたものではないが、生き残ることには意味がある。グレイは最前まで激しい戦闘が行われていた、女王部屋の前庭へと踏みいった。

「あれ、キザキ?」

 上半身裸で煤け、頭がアフロになっているキザキがそこに立ち、おいでおいでと手を振っている。思わずグレイは銃を撃ちそうになった。何か敵の新たな兵器か何かかもしれないと思ったのだ。

「撃つな撃つなグレイ」

「なんで生きてんの……?」

「わからん。だがこれも天の采配。女王部屋へ向かおう」

 キザキが押し戸となっている重い金属様の扉を押し開けた。


 そこにいたのはまさに女王級の大蜘蛛だった。いや蠍にも似ている。複眼が紅く爛々と輝き、口吻部と思われる部分がわしゃわしゃと蠢いていた。

 ダメだ、終わった、とグレイは思った。最低でもグレネードランチャーぐらいはないと傷つけることもできないだろう。人間爆弾となったとて、口の中を火傷させるぐらいのものだ。

「おい、見ろよ、あれ」

 絶望するグレイとは裏腹にキザキの声は明るく響いて聞こえた。

「あれが女王なんじゃないのか……?」

 キザキの視線の先には、大蜘蛛の上に立つすらりと艶かしい女性のものと思しき脚が——謎の涙滴ティアドロップ状の物体から生えていた。

 手もある。

 してみると、あれは生物せいぶつなのか……?

 青白く光って見える涙滴状の胴体が、ぐぐぐと折れていき、その突端に顔があった。

「魚雷ガール……!」

 もはや、キザキは歓喜を隠そうともしていなかった。

「ハジケリストの俺の憧れ……」

 キザキの譫言うわごとの意味はよくわからなかったが、それは確かに生物のようだった。グレイにはその顔に見覚えがあった。

「サカバンバスピス……」

 サカバンバスピスに腕と手の生えた魚人マーマンのごとき生物が大蜘蛛の上に乗っている。確かにあれが真の女王なのかもしれなかった。

「人の子よ」

 サカバンバスピスの声が脳内に響く。日本語だった。日系であるグレイには、久々に聞く日本語は奇妙な宇宙人語のように思えた。

「勇敢な人の子よ、あたしに力を貸してほしい」

 グレイは気づいた。

 これは俺に話しかけているのではない。キザキに話しかけているのだと。


 サカバンバスピスとキザキがまぐわっている。悪夢としかいいようがない。女王は、地球に新婚旅行に来たスピス族の一般市民シチズンだという(やっぱりサカバンバスピスじゃないか!)。夫が腹上死し、性力シャクティの途絶えた観光船は暴走し、地球へ不時着したのだ。

 地球の精密機器を撹乱したのは愛玩動物の蜘蛛を制御する装置の、波長がズレたのが原因だという。性力なしには救命信号すら打てず、途方にくれていたところに王子様が現れて助かった、と女王は述べた。

 いうまでもないが王子様とはキザキのことだ。勇敢さに一目惚れし、そうして先程の爆発もエネルギーだけ位相をズラし、助けたのだという。

 サカバンバスピスのごとき無表情なまん丸い眼をしながらやけに色っぽく喘ぐ女王を、キザキが激しく後ろから打ちつける。こちらは恍惚の表情だったので、

(幸せならオッケーです)

 としかグレイは思うことができなかった。

 なぜだかバルキリーがデストロイドモンスターを後ろから犯している絵が浮かんだが、視覚的には似たようなものだったろう。


「もう充分な性力シャクティは貯まり、我々は元の世界へ戻ろうと考えている」

 べたべたとひっつくキザキのアフロを撫でながら、女王は述べた。

「人の子が現状に気づくのも時間の問題であろう。我々は早急さっきゅうに離脱する。神の一撃ナーラーヤナでも食らったらたまらぬ。そなたも帰りたいのであれば、あと半刻のうちには船から出るがよい」

 満身創痍のグレイへ、女王はローラースルーゴーゴー(に似た乗り物)を授けた。必死でグレイは船を脱出し、ほぼ同時に船は浮き上がり、そして消失した。

 地球上に残された蜘蛛は一斉に動きをとめたらしい。いまは使えるようになった無線でそのことを知ると、船の消えた方角へ向かってグレイは敬礼してみせた。

 キザキよ、永遠なれ……!



ED:『Daydream believer』 The Monkees

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