予兆(Omen)

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 イン子には予知の力があるらしい。べつにだまってたわけではなく、信じる奴なんていないだろうと常識的に考えて、わざわざ言わなかっただけだという。

 まだ昼日中だというのに教室には俺とイン子しかいない。なぜなら今は夏休み中で、部活に励む連中は教室には用がないからだ。

「それで、なぜ俺にそれを?」

「その前に、なぜあなたは学校にいるの?」

「いや……」

 なぜと言われても。ふと机の中に忘れたものがあったことを思い出し、思い出したからにはすぐに取りに行かないと、と思ったからだ。

「忘れ物を取りにきただけだよ、そういう寺宮谷てらぐたにさんは?」

「わたしは、あなたがここにいるとったから。私は予知の力で識ったの、『あなたにそれを使わせてはいけない』と」

「それって……?」

 俺はポケットの中に忍ばせた手をぐっと握った。——まさか、これが何かまでわかっているのか?

「あなたがそれを使えば、世界は破滅する……」

 神妙な顔で、イン子はいった。

 水着姿で。

 ビキニの水着姿に、浮き輪、ご丁寧にゴーグルとシュノーケルまでつけて。

「そんなまさか」

 と答える俺は、何の変哲もない学校用の水着だけを身につけた半裸だった。

 しばし、沈黙が続いた。

「あなたがそれを持ち帰り、しかるべきタイミングで使用すれば、それが引き金となって世界は一気に崩壊へと進む」

 俺は鼻で笑った。

「これを使うと? 世界が破滅する? なぜだ、これは単なる天雅eggだぞ!」

 深々と溜息を吐き、イン子は首を振った。

「わたしにもわからない。あなたの生み出す振動が、やがて世界を破滅させる何かに作用するのか、それとも」

「ところで、なんで水着なんだ?」

「そっちこそ」

「暑いから……」

「そっか、暑いもんね」

 俺たちふたりは、差し当たって世界の動向は気にせず、うなずきあうと教室を出た。

 生温く、底のぬるぬるしたプールが待っている。いつしか俺たちは駆け出していた。



 夜。

 使えば世界が終わるとかなんとかいわれたことを思い出し、少しだけためらったが、結局俺は夏の忘れ物を使用した。

 本当は、お気に入りの動画を使おうと思っていたのだが、これまで気にしたこともなかったイン子の意外とでかい尻や、慎ましやかな胸などを思い出しながら、した。笑顔がかわいいのな、あいつ。ムスッとした印象しかなかったわ……。



 夏が終わり、始業式の日がやってきた。

 なんとなくイン子に会うのが恥ずかしいような、うれしいような複雑な気持だった。

 あの日以来、俺は見たこともないイン子の様々な表情や声を想像しては、自らを慰めた。好きになってしまった、とは言ってはいけないような気がしたが、もっと彼女のことを知りたいし、できるなら触れたいと、日増しに想いは強くなっていた。

 久々に着る制服は窮屈で、けれど気分は悪くない。

「いってきます」

 寺宮谷てらぐたにイン子は、一体何を予知したのだろうか?

 暑さのさして変わらぬ日差しの中、空だけが、夏の終わりを告げるような深みのある青をひろびろと広げていた。



  *


「どうも、案内人ストーカーのタマルです。今回は世界は破滅しなかったようですが、もしかしたら……。破滅しなかったあなたと、破滅したあなたの境界線はどこにあったのでしょうか? しかし、いざとなったときに備えることにより、破滅の世界線にあったあなたも、助かることはあるのかもしれません……」



この番組は、胸の慎ましやかなお姉さんの提供でお送りいたしました。

『防災のスゝメ』

https://kakuyomu.jp/works/16818093082535504403


 

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