騎士ならば(Knight)

 全身鎧の剣士、二人が対峙している。朽ちた城の荒れ果てた庭園、周囲には人っ子ひとりいない。

 互いに似たような鎧を身にまとい、大剣を掲げている。まんじりともしない。

 してみれば、これは決闘なのかもしれない。どちらに義があるのか、それともどちらにも義などないのか、それはわからない。わかるのは、ただの私闘にしては、やけにものものしいということだけである。

 間合いは、充分詰まっているように見えた。大剣を、振り回せば届く位置にある。鎧を警戒するのか、それとも後手を取られるのを恐れているのか、双方じりじりとすり足で動きながら、向き合う角度も距離も変化はない。

 一方の剣士が叫んだ。

「貴様も騎士であるならば、潔く斬られたまえ。仕える主も、守るべき民も、もはやどこにもないのだぞ!」

 他方の剣士は答えず、代わりに少しだけ手首を捻った。曇天の下、剣はわずかに色を変えるにとどめた。

 誘っているのだ。

 御託はいいから打ち込んでこいと。叩き落としてやる、と言外にいっている。

 むざむざ相手の意向に乗る必要はない。ないのだが、騎士を名乗る男にとって、無視することはできなかった。見た目だけは大仰な、まるで写し鏡のような相手の、その卑劣な精神と肩を並べるわけにはいかない。

 騎士を自認する男は、自らの騎士道精神を証明すべく、相手の誘いに乗り、渾身の一撃を見舞った。

 が、打ち合いになるどころか、相手は逃げた。半身になって剣をかわし、宙を切った剣に剣を打ち下ろした。鈍い鐘のような音とともに騎士は剣をもぎ取られ、しかし非道な相手もまた剣を手放していた。

 と思う間もなく、騎士は腹に衝撃を受けた。相手の膝が腹に入った。鎧越しにも重い攻撃に、彼の体は折れた。同時に拳が兜に入る。乱打。右から左から殴られた兜は、無惨に凹んでいる。

 膝から崩れ落ちて、彼は地に伏せた。自分がどういう体勢でいるのかもわからなくなっていた。

「騎士さんよ」

 騎士道にもとる剣士は、だらしなく伸びている騎士へと話しかける。しゃがみこんで、兜をコツコツと叩く。

「なあ聞こえてるか、騎士さんよ。『騎士ならば』なんて言い出すから、こういう目に遭う。人を見た目で判断するのも愚かだし、自分を開示するのはもっと愚かだ。御前試合じゃねえんだぞ。殺し合いだ」

 剣士は立ち上がると大股に数歩歩き、重なるように落ちている大剣の、一方を手に取った。どちらが自分の剣かなど気にしてはいないように見える無造作さだった。

 騎士のすぐそばに立ち、剣を振りかぶり、その姿勢のまましばし止まったが、やがて剣を下ろして肩をすくめるような動作をした。

「いまさら首を落としたところで褒賞も何もねえもんな。命拾いしたな、あんた」

 気絶しているように動かなかった騎士が、くぐもった声で言った。

「……おまえは騎士ではないのか?」

「思ったより頑健だな。……さっきあんたが言ったんじゃないか、もう仕える主も守る民もないって。その通り。俺は、もう騎士じゃない。あんたを生かしておくのもただの気紛れだ。生きるためなら夜盗でもなんでもやってやるさ。じゃあな、もうひとりの俺」

 手を振り、去っていく騎士ではない男の姿は、まだ地に伏している騎士の目には映らない。だが「もうひとりの俺」という言葉だけが妙な重みを持って響いていた。

 息苦しい。

——もう少しだけ休んだら、鎧は全部脱ぎ捨ててしまおう。

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