吊るされた男(The hanged man)

 おう、嬢ちゃん、可笑しいかい? こんなところでこんなふうに吊るされてるのが。

 なにをしたのかって?

 なにもしてねえよ。なにもしてねえから、こうしてここに吊るされたんだな。頭が下になりゃ、少しは血も集まって回転が良くなるとか思われたんだろ、きっと。

 実際には、頭の回転がよくなるどころか、はあ、苦しいねえ。なんかもう頭の骨がミチミチいって、鼻から口から血が出そうだ。

 あまり苦しそうに見えないって?

 そりゃあまあ、苦しい時に苦しそうな顔するなんて誰でもできる。なにもしてこなかったおれだからこそ、こういうときぐらい人がしないようなことしねえとなあ。

 ところで嬢ちゃん、なんか悩みでもあるのかい? 普通の女の子は、こんなとこで無様に吊るされた男のことなんて気にしないし、心配したりもしないもんだ。気になったのは、つまり嬢ちゃんにもなにか抱えたもんがあるってことだろ。こんなことになるとまではさすがに思っちゃいないだろうが、なんとなく自分を重ねちまうんだろうねえ。ムチで打たれたらいやだなあ、とか。

 なにもない?

 へえ。それはそれは。ほんとだとすると、あんたは天使様の生まれ変わりかなにかなのかもしれねえなあ。

 よし。わかった。

 嬢ちゃん、後ろを向いて、股の下からこっちをのぞいてごらん。いいからいいから。

 そう、その調子。

 どうだ、いまのおれはどう見える?

 ふむ。

 ヒモの上に立つ、大道芸人のように見えるか。それはいい。

 ほら、どうだい、ヒモはするすると伸びている。伸びて天へ向かっていく。そのヒモに捕まって、おれは天へと昇っていこう。

 そうしてあんたのことを、ちゃんと神様に伝えてやろう。

 こんなに優しい天使が、地獄で生かされるなんて可哀想だって。

 じゃあな、嬢ちゃん。

 あと少しだけ、そこで健気に生きるんだよ。

 今度はおれが、ヒモを垂らしてやるからな。

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