宵闇に生まれるもの(お題:またね)


 昼と夜のあわいに夕闇があるように、人と人でなしのあわいにも、まどろみに似た独特の世界があるんだろう。

 僕は、君と夜を迎えて、この夏の終わりをそっとはかなんでいる。

 君も、この土地も、夏が終わってしまえば僕の前から消える。もしかしたら、僕が君の前から消えるのかもしれない。

「楽しかったねえ、この夏」

「まだ終わってねえべよ、勝手に終わらせなさんな」

「終わりだよ、もう」

 すっと顔を上げて闇に沈む町を、家路へ急ぐ人を、暑さの残り香を、眺めて愛おしげな顔。その眼差しも、首筋の少し光って見えるような白い肌も、僕をなんだかむしゃくしゃさせる。

「でも、ま」

 君はベランダから飛び跳ねるように着地し、いたずらを考えついたときみたいな顔で笑った。

「始まりは終わり、終わりは始まり」

 僕が君に見惚れているのに、なんだか君はそわそわしたように後ろ手を何度も組み替えて、それからくるりとこちらを向いて、

「ホラ、いつもの」

「え、いつもの?」

 腰を下ろす僕へ、少し腰を屈めて顔を近づけ、澄ました顔で言った。

「始まりは終わり、終わりは始まり」

「……全てはめぐり、また僕らは語らいあう」

 ふふっ、と笑って浴衣の君は、宵闇に浮かび上がる白い顔で、

「またね」

 といった。

 僕と君との調和ハーモニーではなく、でこぼこディゾナンスな。

 夏が終わって、けれど季節は廻ってまた夏は来る。

「またね」

 僕も返して、そうしてようやく家へ帰る決心がついた。

 あるいは君も僕も虚で、そして実の世界でも出逢えたりするのかもしれない。

「またね!」

 僕は大きく手を振った。

 世界は、終わった。

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