雨女の立つところ(お題:雨女)


 雨女雨男、晴女晴男。そんなふうに人を区分する言種いいぐさとして、冗談のようにいわれるそれではなくて、私は本物の雨女を見たことがある。ある、というかしょっちゅう見ている。現に今も、見ている。

 いや何が本物で何が偽物かといわれると困るのだけれど、私のアパートの前には、豪雨になると現れる女がいて、女の意図はまったくつかめない。

 近年増えたゲリラ豪雨のような激しい雨のときになると現れて、おそらく二階に住む私の、その隣のどちらかの部屋をじっと見ている。私の部屋ではないだろうというのは、ほぼ直感的にわかって、だからこそ謎の雨女ということで済ませられている。

 私は引きこもりみたいなものだ。

 親からの仕送りで生活する、もう三十路を越えた、惨めな独身男。いや働かずに食べていけているのだから、人によっては貴族みたいなものだと言いたくなるかもしれない。

 日がな、無料の動画とゲームと、有料の配信番組を観て過ごしている。

 そんな私に、もしかしたら怨霊とか生霊とかの、女の縁のあるはずもなく。

 鉛線のような雨に打たれながら、こちらのほうを凝視する女の、その視線の向かう先が少しうらやましくもある。

 人から恨まれるほどの、あるいは反転する前の感情を思うと、世の中にはそんな人たちもいるのだという、……私はうらやましいのかもしれない。

 今日も局地的な豪雨が降り、女は傘も合羽もなしに、アパートの前に立ち尽くしている。

 私はスマホを操る手をとめ、そんな女の姿を何もない空間から見下ろす。

 隣人は、どんな人だったか。

 思い出そうとして、そもそも知らないことに気づき、雨が上がる瞬間を今日こそ待ってみようかと思った。

 私は、女がそこにいる現場は何度も見ているけれど、女がそこに立つまでの様子も、立ち去る様子も、一度たりとも見たことがないのだった。

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