スカイペネトレーター(お題:摩天楼)
それはもはやバベルの塔である。
いや、バベルの塔は建設半ばで崩落した。分断、断絶という罪を背負わされて。
あれが何の寓話だったのか、林にはいまいち掴めないところがあるのだが、それはそれとして完成した軌道エレベータの、まさに天を擦るところで消失したように見える威容には、溜息を吐かざるを得ない。
人の想像したものは、いつかは必ず実現する、というのは科学者や技術者の、浪漫であり矜持である。そのひとつが、まさに目の前にある。やはり溜息しか出ない。
「自分が生きてる間は完成しないとでも思ってたか?」
同僚の岸井が、からかうようにいう。
「サグラダファミリアだって、誰も完成するとは思ってなかった。物事ってのは、ある地点から一気に加速するんだよ。なんでもそうだ」
「そうだな……いや、俺はべつに。そんなペシミスティックなことは考えたことはなかった。単に、すげえなあ、と思っただけだよ」
資材運搬がメインで、人の行き来に使われるようになるのには、まだ年月がかかるだろう。だが、それが実現すれば、人類は地球の重力から解き放たれることになる。
一部の人類、ではなく、多くの人類が。
「けど不安にもなるよな。こんな代物、神様が罰を当てるんじゃないだろうか?」
ヴェイプを吸い始めた岸井へ顔を向けると、奴が見ていたのは空で、眩しげに眉を顰めていた。
誰でも考えることは同じなんだな、と林は考えながら、再び軌道エレベータの消失点へと視線を向けた。
成功裡に終わったのは、神が認めたからなのか、それとも偶々なのか。
それとも、これから分断や断絶が生まれるのだろうか。この軌道エレベータの利権を巡って。
技術は進んでも、人の愚かさは変わらない。普段は神なんて信じない自分が、こんなときに神のことを考えてしまうように。
林は、のんびり蒸気を吐き出す岸井に声をかけ、その場をあとにした。
現実的にやるべきことは山積みで、そこには神や寓話の入り込む隙なんてないのだった。
空は、青い。
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