かもめーるなんて、もうありません。(お題:ラブレター)

『拝啓。


 涼やかな時が恋しくなる今日この頃。

 貴澄様は、どう過ごされていますか?

 でしゃばったことを申すようですが、

 素のままであられることを願ってます。


 この季節は魔物が潜んでいます。

 浮かれて道を踏み外すことも……。

 幸いにも我々はそばにあります。

 いつでも力になりたいと考えています。

 しがない近隣というだけの関係ですが、

 手伝えることがあれば何なりと。

 くだらないことも、友であればこそ。

 妥協して誘惑に惑わされたりせず、

 最高の夏を過ごしてほしいと。

 いつでも隣人として願っています。 』



「キモいキモいキモい、兄貴馬鹿なんじゃないの⁉︎」

 ハリセンで頭を叩かれたショックよりも、キモいといわれたことにショックを受けた。あと人のPCを後ろから覗くな……!

「え、ダメかな……?」

「ダメに決まってんでしょーが、わたしが幼馴染からそんな手紙もらったら、ヒくとかいう以前に縁を切るし、話しかけてきたら逃げる」

「えぇ……」

「大体、これ何のシューキョーの勧誘? みたくなってるから! 隣人なんて書いて違和感覚えないの、ホラー小説のシリアルキラーだけだから!」

「えぇ……」

「まあ、べつに兄貴がなんと思われようと、わたしはどうだっていいけども、かもめーるってもう売ってないらしいよ。はい」

「えぇ……かもめーるってもうないの……え、何この可愛いの」

「仕方ないから切手と、百均でかわいらしいレターセット買ってきたから、それに書きなよ」

「おお、我が心の妹よ……」

「いや『心』じゃなくてリアル妹なんですけど。あんまりキモいの送って、嫌われないようにね、お、に、い、ちゃん!」

 妹から受け取ったレターセットからは、甘い匂いがした。

「なんかいい匂いするね、これ?」

「そう? 百均のわりに凝ってるのね」


     *


 大体、暑中見舞いにかこつけた手紙に、縦書きで想いを伝えるとか、厨二というか、それ以前だと思う。

 兄貴はよくいえばピュア、悪くいえばうすらバカなので、本当、面倒くさいから悪い女に騙されたりしないことを、切に願っている。例えば隣に住む貴澄リカみたいな……。

 去年の夏祭り、兄貴とユウタさんと一緒に遊びにでかけたとき、偶然出会でくわしたリカの、あの眼。

 人を値踏みするような、眼差し。それでいて浴衣の女の正体がわたしだと気づくと、途端に優しいお姉さんぶった甘い声をあげて……。

 兄貴とユウタさんを秤にかけてるような態度もモロバレで、男ってほんと女を見る目に関してはポンコツすぎて笑う。まあ、うすらピュアな兄貴はともかくとして、ユウタさんまで。

 きっと兄貴は、あのレターセットをユウタさんにも渡すだろう。お互いにラブレターを送って、どちらが貴澄リカを手に入れたとしても恨みっこなしとかなんとか。そんな勝負をして。アホらし。

 兄貴が使うであろう最初の便箋ではなく、最後の便箋にわたしは去年の夏に初めてつけたアナスイの香水をふりかけた。

 あの女は、きっと、覚えている。

 単なる嫌がらせと思うか、それともわたしがユウタさんを狙ってると考えて炎を燃やすか。

 どっちでもいい。

 わたしはバカ兄貴が、あんな眼をする女の、いいようにされるのでなければいいのだ。

 ただ、平和に過ごしたいだけなのだから。

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