第35話 嘘の真相

 彼女の話を聞き終え僕は何て事ない調子で好きだと言い切った。


 それも躊躇い一つなく、堂々と。


「え!? わ、私を……好き!!?」


 僕の言葉に、困惑したように慌てふためく春日野さん。


 その時、口調はいつも通りだが声はやや女性的になっていた。


 そりゃそうだろうなと思いつつ、僕は訥々と語り始める。


「いつからあなたを好きだったのか、はっきりとしたことは僕にはわかりません。ただ、先程遊園地で手を繋いだ時、確かに感じたんです。あなたの事が好きなんだって」


 明瞭に、真っ直ぐに、僕は狼狽える彼女に語り掛ける。


「僕自身、フラれた後もあなたに拘った理由は友達との約束とか、お母さんとの約束とか、そういう事なんだって思っていました。でも違った。初めから僕はあなたの事が好きだったんです」


 力強く言い切り、僕は続ける。


「僕自身が貴方を見つけ出しもう一度話して真実を明らかにしたいと願ったのも貴方が好きだから。ここまでずっと貴方を追いかけて今こうしているのも、その為です」


「……ッ」


「僕は貴方がお父さんの真似をしていただけの臆病な女の子だったとしても軽蔑なんてしません。寧ろお父さんを忘れたくないからこその行動だと知って悪い事とはまるで思えませんでした」


 僕は、伝えるべきことを伝え、彼女の反応を待つ。


「君は……やっぱり思った通りの人だったな」


 しばしの沈黙の後、彼女は先程と同じ声で一言だけ呟いた。


「え?」


「君は思った通り、私の事を知ってもまるで怒りも軽蔑もしない。ただそれを受け入れてくれただけだ。そんな人、どれくらいいるんだろうな、この地球上に」


 そう言って、彼女は空を見上げた。


「忘れもしない。竹越君が鮮烈に私の前に姿を現した時の事を。君は飛来した場外ホームランのボールから私を守ってくれた。自分が傷つく事一つ厭う事もなく」


 彼女の瞳は何処か潤んでいるように見える。


「死んでいたとしてもおかしくなかった。それでも君は、私や弟、妹を守る為に身を挺して守ってくれた。私はその時確信したよ。ああ、やっと見つけたんだって」


「見つけたって?」


「父さんとの約束だよ。母さんから聞いてないかい?」


「あ、」


 お母さんから言われた事を思い出す僕。


「私の心は君との出会いに高鳴った。やっと父さんと約束した自分にとっての最良の相手が目の前に現れたのだから。だから、私は翌日、君が完全に一人になるタイミングが無いかと見計らった」


「ああ。だからあの時、僕の事見ていたんですね。僕が一人にならないから」


 その時の事もはっきり覚えてる。ずっと憧れていた、あのカッコいい春日野さんと目が合った時は驚いたものだ。


「そうして私は放課後君を呼び出して告白し君との交際が叶った。まさかお試しでなんて言われるとは思っていなかったが。ともかく交際出来た事は幸運だった」


「ああ。あの時は急に言われると思わなくて。思わず苦し紛れに言ってしまったんです。憧れの人に急に言われたから」


 恥ずかしそうに頭をかく僕。それも今となっては良い思い出だ。


「そうして、交際を重ねていく中で色々な事があった。沢山の生徒に追いかけられたり、試合で応援して貰えた事で勝てたり」


 今でも目を閉じれば昨日の事のように思い出せる。


 失敗もあったけどこれもとてもいい思い出だ。


「だが私は遊園地でのデートで失敗したんだ。私がジェットコースターに乗りたがっているのを見抜かれて無様を晒した。豹変した私に君はさぞ驚いた事だろう」


 その言葉に、遊園地での事を思い出す。


 カッコいい人が絶叫アトラクション程度で無様を晒すか、と。


 あの時の言葉がやっと納得できた。


「なのに君は私が無様に悲鳴を上げるような失態をしてもまるで態度を崩さず私の手を優しく握ってくれたんだ。父さんのように」


「あ!」


「あそこは、幼い頃何度か家族で行った遊園地なんだ。私はジェットコースターに初めて乗れたのは小学校二年生の頃だったかな。意気揚々とジェットコースターに乗った私は、恐怖のあまり思い切り叫んでしまったんだ」


 あの時は完全に真似しているのがバレたとひやひやもした。


 ただ、その後気にいていたのは別の話だった。


「その時、父さんは君と同じように優しく手を握ってくれたんだ。図らずも父さんと同じように。君は私がどんな態度を取ろうが優しいままで、私を助けてくれた。お化け屋敷も同じだ。父さんと何から何まで一緒だった」


 その瞳は遠い過去を見ているかのようだった。


 過去を思い、失ったお父さんを僕に重ねているようにも見える。


「嬉しかったよ。まさか、父さんと同じように私を守ろうとしてくれる人がいたなんて。でも同時に怖かったんだ。君の優しさが」


「僕の優しさが、怖い?」


 急に飛び出した言葉に困惑する。


 彼女の言葉は想定外だった。


「君は本当に優しい。だから、私が父の真似をしていると知っても怒りはしない。どころか受け入れてくれるだろう。ただ、その優しさに甘えてしまいそうな自分がいる。そう。父のように」


「お父さんのように…」


「私がついた嘘とは父の真似をしている事じゃない。君に告白する時、私は君を愛しているといった。それが私の嘘だ!」


 告げられた言葉は僕らの予想を超えていた。


「私は君を父に重ねていただけ。君に依存していただけなんだ!」

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