第34話 彼女の真相

 これは、いつまでも幼く頼りなかった女の子の話。


 大切な人を亡くしてもその人に縋る事しか出来なかったとてもとても弱い一人の女の子の話。


「君はもう知っているのだろうか? 私の生い立ちの事を」


「あ、はい。幼い頃からお父さんの事が大好きでなついていたってたって。それも、かなり長い間……」


 問いかけると、彼は遠慮がちに口にした。


大分オブラートに包んだ表現だがそれが意味するところは明白だ。


「ああ。私は、所謂ファザコン娘だったんだ。いや、今もきっとそうかな? 母さんもそういってなかったか?」


 自嘲気味に呟き、私は俯く。


 我ながら、本当にどうしようもないファザコン娘なのだ。


「あ、えっと……」


「気を遣わなくていい。その通りなのだからね……」


 困ったように頬をかく竹越君に私は思ったまま告げる。


「そうだ。私はファザコンなんだよ。だから、こうして父さんの口調を常に真似しながらしゃべる事が出来る。父さんを大好きで父さんの事を強く覚えていたせいでね」


 そこで一度言葉を切り、私はそのまま次の言葉を発する。


「君は私がどうして私が父さんの真似をするのか知りたがっていたが。何故かと簡単に言えば、これは私が、父さんを忘れない為」


「お父さんを、忘れない為?」


 竹越君が首を傾げる。


 それはそうだ。


 亡くなった家族の事を覚えておく為に、わざわざ真似する人間なんて私しかいないだろうから。


「父さんが亡くなったのは私が中二の頃の冬の事だった事も知っているだろう? 私はその時、バスケットボールの練習試合で学校に行っていてね。父さんの死に目には会えなかったんだ」


 思い出すだけで、心が痛む。


 あの時の悲しみは、昨日の事のようにすぐ思い出せる。


「私が病院に駆けつけた時は、とっくに父さんは亡くなっていた。私は自分を責めたよ。どうして父さんの一大事に一緒にいられなかったのかと。母さんも間に合わなかったと言ったがそんなの関係なかった」


「ぁ……」


「だから私は誓った。せめて父さんの事を忘れる事だけはしないって。いついかなる時も、父さんは自分の中で生き続けてもらうんだって。それが、死を看取ってあげられなかった親不孝な娘からの、せめてもの償いだって……」


 父さんの事を思えば、涙が流れない日は無かった。


 それから暫くは泣き暮らし、すぐに学校への復帰すらままならなかったのだから。


「バスケもその時に辞めた。親の死に目にも会えなくなるくらいなら、いくら好きな事だって続ける意味は無いって。みんなは止めてくれたけど、これも親不孝な娘への罰なんだって思って……」


 そう言うと、竹越君が目を見開く。


「……だから、バスケ部には入っていなかったんですね」


「ああ。助人の話は、正直迷ったが、美也子も部長さんも困っていたようだったから、手を貸す事にしただけだ」


 私は目を伏せる。まさか、授業以外でまたバスケをする事になろうとは思っていなかった。


「それだけに、皆から王子と言われるのは困ったな。私はそんな大層なモノじゃないって。ただ父さんの真似をしているだけだから」


「あぁ。だから……」


 静かに呟き、納得した様子の竹越君。


「話を戻そうか。私が何故父の真似をしているのかを」


 そう話すと、彼は小さく首肯してくれた。


「父が亡くなり泣き暮らして暫く。私はやっと学校へと復帰した。級友は皆が心配してくれたよ。大変だったねって。心配かけたことで私は大丈夫なフリをして皆と溶け込もうとした」


 あの時の級友たちの言葉は私の悲しみを少しずつ癒してくれた。


 そうして、ようやく私は日常を取り戻していったのだ。


「そんな矢先に事件が起きた。いつも通り帰宅して仏壇に手を合わせた時、父さんの事が思い出せなくなっていた。愕然としたよ。他人にとってはどうでも良くても私にとっては絶望だった」


 目の前が真っ暗になり、写真に写る父の姿すらも霞んでいった。


 それはとって限りない恐怖だった。


「私は絶叫してしまった。私にとって父さんの記憶はとても大切な宝物だったから。そうしていたら大丈夫なフリというメッキも簡単に剥がれてしまっていたよ」


 その後の事は深く覚えていない。


 一応夕食は食べたようだが、いつ何処で食べたかまでは思い出せない。


「その後部屋に戻ってベットの上に座って膝を抱えていた。私は恐怖に駆られた」


 彼は意外そうな顔をして私を見つめていた。


 それはそうだろう。


 彼の知っている私とは真逆のイメージなのだから。


 だが、これが本当の私なのだ。


「どうして良いか分からず何とか父さんの事を思い出していった。父さんの一挙手一刀足を。口にした言葉を」


 その時は、父の事しか考えていなかった。


 先ほど思い出せなかったのが嘘のようにスルスルと普段思い出せもしないような事まで思い出した。


「いつしか父さんの言葉を口に出していた。そうすると父さんが傍でみていてくれるような気がして。凄く安心したんだ」


 そしてようやく心が落ち着きを取り戻したのだ。


「それから、徐々に父さんの口調を口にしている事が多くなり、高校に上がる頃には完全に日常会話まで父さんの口調を真似出来るようになっていた」


 父さんの事を話すと父さんが傍で聞いている。そんな気がした。


「丁度その頃には祖父の持っている家に引っ越しをして学区とは違う高校に行けた。もう昔の私を知る人は周囲にいない。これで私はいつでも父さんを感じられ忘れる事も無い」


 私はそこで一度言葉を切り、告げた。


「これが、私が父さんの真似をしている理由だ。どうだ。下らないだろう?」


 そうして、私は真っ直ぐ彼を見つめた。


 すると、竹越君はなるほどと、呟く。


「そうだったんですね」


 予想外の反応に、私は狼狽する。


「春日野さんは、亡くなった大切なお父さんを、忘れたくなかったんですね。それくらい大切な人だったから。大好きだったから。そんなの、何処もおかしくないです」


 彼は笑って告げた。彼は理解してくれたらしい。


 私は、そんな彼を見つめ、思い切り狼狽する。


「どうして君は……そうなんだ?」


「え?」


「どうして君は……そんなに優しいんだ。何があっても受け入れてくれるんだ」


 私は泣きそうになりながら訪ねると、彼は笑い返してくる。


「それは、貴方の事が好きだからです」


 何の衒いもなく、彼は真っ直ぐ言い切った。

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