第33話 本題

 僕が自分の恋心を自覚した後、ジェットコースターはゆっくりと乗り場まで戻ってくる。


 しばらくそのまま呆けたように天井を眺めていたが、安全バーが上がったところではっとする。


 僕は席を立ち、ジェットコースターから降りようとする。


 だが、そこで気付く。


 未だに春日野さんの指の間に僕の指が絡んだままだった事に。


「あッ!」


 僕は慌てて指を抜く。その瞬間、心臓がバクバク高鳴ってくる。


 顔も熱く僕は恥ずかしさで今にも顔から火が出そうだ。


 そうしていると、僕の背後で春日野さんがジェットコースターを降りるのを感じる。


「す、すみません。ついに、ずっと握っちゃってました」


「あ、いや……特にイヤというわけでは無かったから……」


 春日野さんも心なしか頬を赤くして視線を泳がせる。


「お客様?」


 そんな事をしていたら、控えめに係員さんの声がかかった。


「もう次のお客様が参りますので……」


「あ、ごめんなさい!」


 注意されるのは、本日二度目。


 僕達は慌てて、ジェットコースター乗り場を後にする。


 下に降りると、相変わらず少数の人がいるだけの落ち着いた遊園地というレアな情景が広がっている。


 僕は顔が真っ赤なまま一息つく。


 スロープをダッシュしてきた事もあって少し息も上がっている。


 僕が壁によりかかって息を整えていると、春日野さんも少し息を荒げて天を仰いでいた。


 少しすると息も落ち着き紅潮した頬も少しは収まってきたので、僕は居住まいを正して春日野さんに向き直る。


「春日野さん。そろそろ行きましょうか」


「あ、ああ。そうだね」


 僕らは何処かぎこちない雰囲気で遊園地を後にし、ロッカーに預けた荷物を受け取った。


 荷物を回収した後、僕らは二人で駅改札を通り、行きに来たのと逆の電車に乗った。


 空いた車内で二人並んで席に腰かけ電車に揺られていく。


 そうしている間も、僕らは全く声を出す事もなくひたすら電車の走る音を聞いていた。


 食事の時と同じで、今も別に気まずくはない。


 今度は自分の恋心に気づいたせいで何も言えなくなっただけだ。


 春日野さんはどうだろうと思い、ふと横を見れば虚空を見つめて何やら物思いに耽っているようだ。


 目的地は結構な距離だ。


 行きも同じくらいかかったから当たり前だが。


 その時間、ずっと無言のままというのも変な気はするが、まぁ話す事も無いから。


 本番は、この後なのだ。


 今は、その時を静かに待つだけだ。それしか出来ない。


 とは言え、そわそわしてしまうのは当たり前の状況。


 電車が目的地に到着するまでの時間は、永遠のように感じられて息が詰まってしまいそうだった。


 そうやって長い時間を待ちようやく電車は目的地の駅へ到着。


「到着しましたよ、春日野さん」


「!」


 僕の呼びかけに驚いて顔を上げる春日野さん。


「え? ここって……」


「ええ。僕らの学校の最寄り駅です」


「ど、どうして、戻ってきたんだい?」


「それはこれからおいおい。ともかく降りましょう」


 僕が呼びかけると、春日野さんも戸惑いながらもついてくる。


 僕はそのまま学校への道を歩いていき、春日野さんもその後についてくる。


 散々道を進み坂を上った先に僕らの学校が見えた。


 学校の中では既に授業時間は終わり部活の時間になっていた。


 サッカー部や野球部の声がはっきりと聞こえてくる。


 ついでに守衛のおじさんもいびきをかいて眠っていた。


 よし、これなら大丈夫そうだ。


 僕は無言のまま、校門の近くまで進み出ると、後ろを振り向く。


「校内に入ります。目立たないようにしましょう」


「え? あ、ああ」


 春日野さんの返事を聞きつつ、僕はサボったにも関わらず『この学校の生徒ですが、何か?』とふてぶてしく足を踏み入れる。


 対して春日野さんはサボった後ろめたさもあってか周囲を鋭く警戒するようだった。


 が、何事も起こらず僕らは校門から左の校舎裏へとやってきた。


 僕が告白された体育館裏とは、丁度反対側。


 さて、ようやくここまで来た。


 校舎裏の影の中で足を止めると、少し離れてついてきた春日野さんに向き直る。


 すると、彼女も慌てて足を止め、僕を見つめてくる。


 僕も真っ直ぐ彼女を見つめ返し、ゆっくりと口を開いた。


「春日野さん」


「あ、ああ」


「きっと、もう分かっているでしょうが。そろそろ本題に入りましょう。僕があなたに聞きたかった話を」


 僕が告げると、彼女は小さくため息をついた。


「ああ。何となく分かっていたよ。ただ何故わざわざ学校まで?」


「それは……。ここが僕達の始まりだからです。僕達は学校での告白に始まり、短い間ですが交際を経て、ここで別れました」


 かみしめるように告げ、彼女を見つめる視線を鋭くする。


「だから、話をするなら学校しかないと思っていました。ただ普通に学校へ行ってあなたを捕まえる事は出来ないから。だから僕は一度あなたを連れ出して時間が経過した後にここに戻ろうと思ったんです」


 何処までも真剣に、僕は真向から思った事をぶつける。


 対して春日野さんは思い詰めるように顔を伏せるだけで無言。


「僕はあなたの事を知りたい。あなたが何を思っているのかを! そして、どうして僕らは別れなければならなかったのかを!」


 訴えるように、僕は身を乗り出し、半ば叫ぶように告げる。


「それは……」


 と、不意に春日野さんが口を開く。


「それは、私が嘘をついているからで……」


「亡くなったお父さんの真似をしているから、ですか?」


「ッ!?」


 静かに返す僕の言葉に動揺する春日野さん。


「ど、どうして。その事を……」


「あなたのお母さんから聞いたんです。あなたの普段の態度は、亡くなったお父さんの真似だって事を……」


 事実のまま告げると、彼女は更に動揺する。


「母さん……から?」


「はい。ここ数日のあなたを心配していたようで。出会ったのは偶然でしたが、すべてを教えて下さいました。ただ……」


「ただ?」


「あなたがどうしてそうしているのかそれだけは分からないって。僕はあなたが嘘つきなんて思わない。だから、僕は知りたい。どうしてそんな事をしているのかを! 自分を偽ってまで、お父さんの真似をしているのかを」


 僕の訴えに、彼女は苦悶の表情で顔を伏せる。


「話して下さい。あなたの事を! 既にあなたのかっこいいところも年頃なりに怖いものがある事も、僕は全部知っている。何を言われようが僕は全てを受け入れます! だから!」


「すまない……ダメなんだ!」


 必死の訴えも空しく、彼女は耳を塞ぎ、しゃがみこんでしまう。


「ダメなんだ! もうこれ以上、私の事などかまわないでくれ! 私みたいな人間のせいで、君の手をこれ以上煩わせるわけにはいかないんだ!」


「ダメです! 放っておけるわけない! 美也子さんも、お母さんも、それに僕だって、あなたの事が心から大切で、心配で! だから、放っておけるわけがない!」


 先程よりも強く訴える。が、彼女は更に強く拒絶するように耳を塞ぎ、体を縮こませる。


 ああ。ここまで来て……。


 僕はどうしたら……。


「……とうさん」


 掠れた声で、何かが聞こえた。


 すると、堅く閉ざされた春日野さんの目が開かれる。


 彼女は耳を塞ぐ手を解き、頭上を見上げる。


「……ッ」


 頭上には清々しい空が広がっていた。


「わかった」


 消えてしまいそうな声で何か呟き、春日野さんは幼い口調でゆっくり立ち上がった。


「竹越君」


「あ、はい」


「君にとってはどうかしてると思う話かもしれない。それでも笑わずに聞いてくれる?」


「そんな事しません!」


 彼女の問いに僕は力を籠めて答える。


「わかった……じゃあ、少し長くなるけど、話をしよう」

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