第32話 二度目のジェットコースター

 そこから僕らは前回乗ったアトラクションを次々と回った。


 春日野さんも少し調子を取り戻したようでこの状況を少しは楽しむような雰囲気となった。


 お陰で、僕も少しは気が楽になりそこからは前回同様に遊園地中のアトラクションを制覇せんと動き出す。


 回転ブランコにバイキング。


 ゴーカートでは春日野さん相変わらずのドライビングテクニックで、見事そのレースの一着を獲得。


 メルヘンな世界観のシューティングゲームでは、僕もハイスコアを出し、前回出した最高記録を更に更新した。


 午前中遊べるだけ遊んだ僕らは、そのまま遊園地内の少しお高めなレストランで食事を済ませる。


「じゃあ、次は何処に行きますか?」


「なら……次は観覧車、でいいかな?」


 春日野さんの申し出に、僕らは連れ立って観覧車へと向かった。


 観覧車は予想通り人は少なくて、すぐに順番が回ってきた。


 僕らは向かい合う形で乗り込み、座ると同時に扉が閉まる。


 観覧車はだんだんと地上が離れていく。


 この光景はいつ見ても不思議な興奮を感じる。


 ただ、興奮してばかりもいられない。


 春日野さんはどうして観覧車に乗りたいと言ったのだろうか?


「竹越君……」


 観覧車が四分の一ぐらい登った辺りで春日野さんが口を開く。


「君に聞きたい事があったんだ……」


「なんですか?」


「君は……どうして私に拘るんだ? あんな、身勝手なフリかたをしたのに、なぜ?」


「ああ。その事ですか」


 だから、僕はまっすぐ答える。


 諦められない理由があったから。


「フラれた後、僕はあの時の春日野さんが嘘をついているって言葉がどうしても理解できませんでした。何しろ、原因が僕じゃなくて春日野さんだって言うから。何度考えても納得できなかった」


 僕が言うのを春日野さんは無言で聞いていた。


「それに、あの後に友達が僕を心配してくれたんです。そしてあの時の言葉の意味を一緒に考えてもくれました。だから僕は春日野さんから真実を聞き出すと皆に約束しました」


 納得が出来なかったからと、友達との約束。


 この言葉に嘘は無い。


「そうか。君は私が嘘付きだと信じなかったのか」


 また暗く伏せた顔で呟く春日野さん。


「なら、君はカッコいいと思う人が無様に絶叫アトラクションで悲鳴を上げると思うのかい? 普通は幻滅するような気がするが」


「誰だって苦手なものはあります。それがジェットコースターやお化け屋敷だったとしても僕は何とも思いません。そりゃ~ジェットコースターに乗せちゃった時は嫌いだったのかと焦りましたけど」


 誰だって苦手なもの一つはあって当たり前。


 あの時は初デートで失敗した!と思ってたから幻滅したなんて考える余裕も無かった。


 今は彼女がお父さんの真似をしていると理解しているが、何かを怖がってはいけない理由にはならない。


「そうか。確かに、君の言う通り、かもしれないな。それに、私が嘘つきだって事には、何も変わらないのに」


 消え入りそうな声で呟く春日野さん。


 どうしてそんな事を聞いたかは分からない。


 ともかく僕がそんな事で彼女に幻滅することはあり得ない。


 そうこうしている内に、観覧車はいつの間にかもう殆ど地上近くまで戻ってきていた。


「あ、もうこんなところまで来ていたんですね」


 景色をろくに楽しむ事もなく話をしていたせいで少し名残惜しく感じる。


 だが、流石にもう一周楽しむ気にはならなかったので扉が開くと同時に僕らは観覧車を降りた。


 そうして、僕らは無言でその場を後にした。


 そのまま何処へ行くでもなく歩く。


 そうしていると徐々に太陽が傾くのを感じる。


 そろそろ遊園地を出て、次の場所に向かって良いかな。


「竹越君」


 と、思っていたのだが、不意に声をかけられる。


「なんですか?」


「まだ、遊園地にはいるかな?」


「あぁ。そろそろ帰ろうかと思ってたんですが……」


 僕がそのまま考えを伝えると、春日野さんは一度俯く。


「春日野さん?」


「あ、その。竹越君!」


 どうしたのかと覗き込むと、彼女は不意に顔を上げる。


「最後に、行きたいところがあるんだが良いかな?」


 強めに言われて、僕は瞬きをする。


「あ、はい。大丈夫ですよ? 何処ですか?」


「その、ジェットコースターに乗りたいんだ」



「その、ジェットコースターに乗りたいんだ」


「え?」


 意外な返答に、思わず声が出てしまう。


 ジェットコースター。僕が彼女の素を知ってしまったきっかけ。

 確かに嫌いではないとは言われたが。


 苦手だとも言っていた筈。


「ジェットコースタ―ですか? 構いませんが、良いんですか?」


「ああ。どうしても乗っておきたい。もう一度、君と…」


 そういう彼女は、何かを懇願するような表情で僕を見つめる。


 まるで、幼い子が親におねだりをするかのような表情。


 その表情に、思わずドキッとしてしまう。


 なんだ?


 これって、ギャップでドキッとしてるのか。


 僕は彼女の事を聞いてるから本当はどういう人かを知っている。


 ただ、頭では分かっていても、心は分かってないらしい。


「わかりました。なら、行きましょうか」


 なるべく自然に答え、僕らは連れだってジェットコースターのところまで向かった。


 ジェットコースターは、休日とはくらべものにならない程短いが一応待機列は形成されていた。


 僕らは最後尾に並び、静かに順番を待つ。


 その間、僕はどうして急にジェットコースターに乗りたいと言い出したのかと考える。


 ジェットコースターは苦い思い出のある場所だしあの失敗をリカバリーしようとしたものの上手くいったのかもわからなかった。


 結局、上手くフォローされてしまったのだがあまりいい思い出は無い。


 だというのに、急にジェットコースターに乗りたいだなんてどうしたんだろうか?


 考えてみたが、皆目見当もつかない。


 フラれた理由、彼女が嘘をついているという話が出てきたのもここが始まりだった気もする。


 自分から僕が避けていたジェットコースターと言い出すとは思いもしなかった。


 だから、結構驚きもしていた。


 あの表情に狼狽した事もあったけれど。


(このジェットコースターに乗る事に何か意味でもあるのかな?)


 急にジェットコースターに乗りたいと言い出したという事は、何か意味のある事かもしれない。


 以前のデートでは、好きなのだが苦手だとも言っていた。


 この好きだけど苦手の意味とは……。


『昔、桜がまだ幼稚園に入ってすぐの頃にその時行った遊園地で』


 と、不意に春日野さんのお母さんから聞いた言葉が蘇った。


 幼き日に行った……遊園地。


 もしかして、あのデートが遊園地だったのも今回急にジェットコースターに乗りたいと言った事もその幼い頃の記憶が関係しているんじゃ!


 そう思った時、僕は列の一番前まで来ていた。


 いつの間にここまで来たのか。


 気付いた時には、ジェットコースターが滑り込んできて、僕らの前に乗っていた人達が降り始める。


「では、前から順にお進みください」


 係の人に言われ、僕はジェットコースターに乗り込む。


 待っていると、すぐに安全バーが降ろされる。


 そうなると、いよいよジェットコースターが出発するのを待つばかりだ。


「竹越君」


 そうして待っていると、横から声が聞こえた。


 振り向けば春日野さんが不安そうに前を真っ直ぐ見つめている。


「その……私の手を、…握ってくれないか?」


「え?」


 不意に言われ、僕は戸惑う。


 だが、すぐに気を取り直し僕は彼女の手に自分の手を重ねた。


 そして、ジェットコースターがゆっくりと出発する。


 そこからの時間は、なんだか不思議な時間だった。


 前回失敗した時とは違ってとても暖かな何かが僕を包み込んでいく。


 繋がっている。


 そう感じられたのは、どうしてなのか。


 ただ、手を握っているだけなのに……。


 しかも、自分たちが乗っているのは絶叫マシーンだ。


 だというのに悲鳴を上げる気にもならないくらい不思議に心地よい感覚が全身から満たしているのだ。


 これは何だろう。


 今までこんな気持ちになった事は一度だって無い。


 なら、これはどういう……。


 そう思い、そっと隣の春日野さんを見る。


「……」


 そこには、頬を薄い桜のような色に染めた彼女がいた。


 その表情に、僕は思わず見とれて目が離せなくなる。


 そして、思う。


 ああ、きっと今、僕もこんな風になっているに違いない、と。


 これは、今まで得た事も無かった感情から来たものだ。


 だが、実際は当の昔に芽生えていた感情だったのかもしれない。


――僕は、春日野桜さんが、……好きだ。


 今、ようやく気付いた思い。


 それはいつからだったのか。


 彼女の姿を、いつも遠くから見ていた時か。


 彼女に告白されて、交際をする事になった時か。


 彼女に手を引かれ、学校中の生徒から逃げている時か。


 それとも、バスケットボールの試合の時のあの笑顔を見た時か。


 はたまた、普段とはまるで違う怯えた姿を見せた遊園地デートの時か。


 それとも彼女にフラれ真実を求めて彼女を追いかけていた時か。


 いいや。


 きっと、そのどれも違って、どれも合っている。


 いつだなんてはっきりとは言えないけれど僕はもう気付かない内に彼女の魅力に好意を抱いていたのだ。


 彼女風に言えば、これは『愛』だ。


 彼女に別れを切り出されて真実を求めたのも、納得できなかったからじゃなくて彼女を取り戻したかったからなのかもしれない。


 とっくの昔に彼女は僕にとって大切な人だったんだ。


 なら、この後に僕がすべきことは彼女から真実を聞き出すだけじゃない。


 もう一つ仕事ができた。

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