第31話 逃避行

 春日野さんを引き連れて、僕は思い切り走る。


 強引だって良いから、ともかく話を聞いて貰えるようにする。


 その為に、無いアイデアから引き出した答えがこの状況だ。


「竹越君! 痛いよ! 手を放して!」


 背後には、強引に手を引かれる春日野さんが手の痛みを訴える。


「ダメです! この手だけは放しません!」


 対して、きっぱりと言い切る僕。


 この手を放すわけにはいかない。


 放してしまえば、彼女は僕の前から逃げてしまうだろう。


 少しだけ力を緩めて、僕はひたすら走る。


 途中、学校から逆走する僕らを奇妙そうに見つめる生徒達。


 ただ、そんな人達すら今日はまるで気にもならなかった。


 こんなの些末事だ。


 今日は、これから大きな仕事があるんだから。


 それに集中してしまえば、周囲の反応なんて気にもならない。


 僕は春日野さんの手を引いたまま只管前だけ見て走り続ける。


 そうしていると、眼前に最寄り駅が見えてくる。


 僕は一度最寄り駅の敷地で立ち止まり、駅を見上げた。


 ここから電車に乗ってあるところに向かう。それが今回捻りだした僕のプランだ。


「はぁ、はぁ……。た、竹越君!」


 少し息を荒くしながら、手を繋いだままの春日野さんが再び口を開く。


「君は……学校までサボって……、私を一体何処へ」


「それはついてのお楽しみです。さぁ、行きましょう」


 そう告げ彼女を無理やり引きずったまま僕は列車に乗り込んだ。


 そのまま電車が進んでいくと、やがて目的地へと到着する。


 改札を潜ると、駅からでも目的の場所が見える。


「こ、ここは……」


「はい、僕らが初めて校外でデートした遊園地です」


 そこは、あのデートの日にやってきた遊園地のある駅だった。


 今日はどうしてもここに来たかった。


「何故ここに? 話をするだけだったら、ここまで来なくても…」


 立て続けに問い返す春日野さん。


 確かに話をするだけならここでなくてもいいのは間違ってない。


 だが……。


「きっと話を聞いて貰うには、逃げられないところまで連れ出すしかないと思ったんです。そのまま話そうとしても、逃げられる気がしたから」


 今回は非常に強引だった。


 学校をサボってまで、ここに来たのは話を聞いて貰うには、こうして無理やりにでも連れ出さなければならない気がしたのだ。


 我ながら無茶をしたものだが、自分自身が納得できる状況にならなければ、とてもあの話は答えてもらえない気がしたのだ。


 何しろ彼女の抱えているモノは容易なモノでは無い筈だから。


「でも、よりによってここで、」


「それに、僕をふって以来、春日野さんはずっと暗く憔悴したようだとクラスの人から聞きました。だから、一度ここで気分を変えてもらおうかと思いまして。気分が沈んでいたら、答えられる事も答えられないでしょうから」


「ッ……」


「だから、どうか今日は僕に付き合って貰えないでしょうか? またもう一度、最初からデートをしてください」


 本当の目的は伏せて、僕は彼女に深々と頭を下げる。


 すると、暫くは無言だったが、小さなため息が聞こえた。


 顔を上げると、少し疲れたような顔の春日野さんが見える。


「まぁ……ここまで、来てしまったから、……仕方ない、か」


 表情が硬いまま、僕を見つめる春日野さん。


 一応の了解を得られたので、僕らは上着を鞄に詰め込んで、駅のロッカーに押し込み、遊園地へと向かった。


 遊園地の入り口に到着すると、チケット売り場がある。


「ここは僕が出します。無理に連れて来ちゃったから」


「あ、…いや、でも、」


「問題ありません。日頃はバイトしてますが、使い道は無くて、社会勉強と将来のお金の足しにって貯めてたものなので!」


 強引に押し切ると一日買ったフリーパスを彼女に一枚渡す。


 そして僕らは、連れ立って遊園地へと足を踏み入れた。


 そこに踏み入れると、やはり中と外ではまるで別世界。


 雑多な世界から夢の世界へと足を踏み入れたかのように変わる。


 さて、今日は間違えないようにしないと。


 彼女が元気を取り戻すには、絶叫系アトラクションは避けた方が良い。


 なら、まずは、


「春日野さん、まずはメリーゴーランドから行きませんか?」


「あ、ああ……」


 僕の提案に曖昧ながらも同意してくれた春日野さんを連れ、メリーゴーランドの乗り場まで向かう。


 そこは、以前来た時と違い、列は殆ど無い状態だった。


 まぁ、平日だし、当然か。


 そう思い、僕らは列へと並ぶ。


 並んでいる最中に周りを見渡せば、やはり人はまばらだ。


 小さい子ども連れの親子、創立記念日なのか遊びに来ている学生らしき少年少女達、リタイアして余生を過ごしているであろう老夫婦などなど。


 前回来た時より全然人の顔ぶれも違ければ人の数も半分以下だ。


 かくして、各々好きに馬にまたがったり、馬車に乗ったりする。


 僕は馬に、春日野さんはその斜め後ろの馬車へと乗り込む。


 やがてメリーゴーランドはゆっくり動き出す。


 メリーゴーランドは、ゆっくりゆっくりと回っていく。


 僕は跨った馬が上下に動くのを楽しみながら、春日野さんの様子を気にして後ろに首を巡らせる。


 すると、春日野さんは微妙な表情をしていた。


 暗く沈んで呆けたかのような顔。


 あ~。


 やっぱり強引に連れ出し過ぎて楽しむものも楽しめないのかな。


 今は少し暗い気分を追い払えればと思ったのだがやはり裏目だったか?


 いや、そんな事はない。


 というか、今失敗だったと決めつけるのは早計過ぎる。


 まだやり直しデートはこれからなんだから。


 そう考えたところで、メリーゴーランドは停止した。


 馬を降り、馬車に乗ったままの春日野さんに手を差し伸べる。


「さぁ、次に行きましょう。今度は何が良いかな?」


 無言で僕の手を取る彼女に、僕は笑って問いかける。


 きっと、何に乗ろうとか考えられない状況とは思うけど、それでも間違えない為にはきっと必要な事だ。


 が、案の定彼女は僕を一瞥するとまた暗く目を伏せるばかりだ。


 まぁ、仕方ない。


 なら、次はあれだな。


 あれで少しでも気分を変えられたなら。


「じゃあ、次はコーヒーカップにでも行きましょう」


 僕の提案に、静かに首を縦に振るだけの春日野さん。


 僕らがコーヒーカップにやってくると、やはりすんなり並ぶ事が出来た。


 座席に座ると、程なくコーヒーカップがゆったりと回り始める。


 目の前には、暗く沈んだ微妙な表所の春日野さん。


 なら、ここはこれしかない。


 そう思うやいなや、僕は乗っているコーヒーカップ中央のハンドルに手をかけ、猛然に回し始めた。


「! た、竹越君! 急に何を!」


「コーヒーカップは、ただ乗ってるだけじゃなく、こうして自分たちで回す事も出来るのが醍醐味ですから!」


「バ、バカな事は止してくれ! こんなに回されたら、…目、目が回って……ぁ、キャ、キャ~~~~~!」


 狼狽えて、遂にはこの高速回転に悲鳴を上げる春日野さん。


 よし、上手く行った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 コーヒーカップ全体の停止と同時に、春日野さんは息を荒げる。


 必死で耐えたからか、心なしか汗ばんでもいる。


「ま、全く……君は何をしてくれるんだ?」


 彼女のとても非難めいた視線で僕を睨みつける。対して、僕は彼女に真っ直ぐ視線を合わせる。


「やっと表情を変えてくれましたね」


「えッ?」


「言ったでしょ。僕は春日野さんに元気になってもらいたい。それで、ここに一緒に来てもらったんです」


 何処までもまっすぐにそう伝える。


「だから、ずっと浮かない顔で気もそぞろなままの春日野さんでいられたら、協力してくれた人達にも申し訳が立たない。無茶をしても違う表情を引き出せないかって」


 今語った事は紛れもない事実。ここに来た目的自体が最近ずっと暗いままの春日野さんを元気にする為だ。


 だから、どんな表情でも良い。


 暗く沈んだ春日野さんでない違う表情を見せて貰いたかった。


 それが彼女に元気を取り戻してもらう為の最初の一歩だから。


「怒られてでも、こうしないときっと表情は変えられないと思ったから。無茶をしてしまって、申し訳ありませんでした」


 僕は深々頭を下げる。


 無茶したのは確かだから、非はこちらにある。


 でも、こうする以外に彼女の暗い顔を覆すアイデアは浮かばなかった。


 今回は、絶叫マシーンには余程でもない限り頼る気が無いから。


「そうか……」


 すると、春日野さんからポツリと言葉が漏れた。


「私の表情は、その。そんなに、沈んでいたのか」


「ええ。一目見れば分かる位には……」


 問いに答えると、彼女は頬をかく。


「あ~。そうか。……君の言う協力者は美也子だよね?」


「え? どうしてそれを?」


「いや、今日もおかしいと思ったんだ。朝練休みだからって急に一緒に登校しようとか言い出して。今日の君の待ち伏せも美也子の差し金か」


 はっきり言い当てられ僕は驚く。


「しかし、君の言う通り顔が沈んでたのなら、美也子にも心配をかけてしまったか」


 今度は申し訳なさそうな顔をする春日野さん。


「だから、今日ここで元気を取り戻して欲しい。今日はサボっちゃいましたけど、ここに来たのはその為ですから」


 そう言って、笑顔を彼女に向け、手を差し伸べる。


 彼女はその手を見て、手を出すか躊躇うような表情でいた。


「すみません! もう次が動きますので」


 そうしていると背後から係の方の声がかかって、僕らはびくっとする。


「あ。怒られちゃいますね。行きましょう」


「ああ。そうだね」


 今度はさっと手をとって僕らは急いでコーヒーカップを降りてその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る