第30話 計画実行

 その後、帰宅し夕食を済ませた僕は一人部屋で考えていた。


 明日ようやく今までずっと逃げられていた春日野さんに会える。


 そしたら、あの言葉の真意を聞き出すのだ。


 もう僕は大まかな事なら知っている。


 バスケの試合で見せたあの眩しい笑顔も、きっと素の彼女から出たものだ。


 後、残っている謎は、何故彼女があんな事をしているのかという事だけ。


 それを解明する為に、明日会ったら、お母さんから聞いた話をした上で、話を聞き出すのだ。


 ただ、それが上手く行くかは正直分からない。


 朝の登校時間を狙っての待ち伏せ。


 それが成功したとして果たして彼女は正直に答えてくれるだろうか?


 普通に考えれば、逃げられる可能性だってある。


 それだと話も満足に出来ない。


 だったら、何か作戦が必要だ。


 どうしたら、彼女は僕の話を聞いてくれるだろうか?


「おい、龍之介。風呂が空いたぞ」


 やってきたのは父さんだった。ドアから少し顔を出し僕を見ている。


「ああ、うん。分かったよ」


「どうした、えらく険しい顔して?」


 短く答えて席を立つと、不意にそんな事を言われる。


 僕は驚いて父さんの顔を見る。


「あれ? 僕、そんな顔してた?」


「ああ、はっきりと、深いしわがよってたぞ」


 はっきり返され、僕は苦笑する。知らぬ間に、表情に出ていたようだ。


「何か悩みでもあるのか?」


 僕が黙っていると、父さんはそのまま続けて問いかけてくる。


「……あのさ、」


 僕はしばし考え、ゆっくり口を開く。


「父さんは、自分が大切な人が何かを悩んで苦しんでるとしたら父さんはどうする?」


「……、」


 すると、父さんは無言で考える。そして、


「あ~、遂に龍之介も、そんな年頃になったのか…」


 としみじみしたように呟いた。


「なるほど。つまりお前が好きになった子は何かを悩んでるって事か」


「あ、いや。好きって事なのかは、まだ分からないけど……」


 実際、今彼女を追いかけている理由はフラれた理由が不可解で納得できなかったからだ。


 そこに異性としての好きがあるのかは自分で実際のところは分からない。


「そこはいいから、父さんなら、どうすると思う?」


「う~~ん。悩みがどんなものかは分からないが、ともかくその子を何とか助けてやりたいと思ったら思い切ってその子に悩みを助けに行くな。多少強引でも良いからともかく突き進む。俺にはそれぐらいしか思いつかん」


「……もしも、拒絶されても」


「言ったろ。多少強引にでも突き進むと。その子のことが心配ならばこっちも全力でその子に向き合うより他はない。当たって砕けろだ!」


 その言葉は、僕の心に突き刺さった。


 当たって砕けろ。


 そうだ、僕は一度彼女から拒絶されている。


 だったら、もう一度彼女と向き合うなら、当たって砕けろで、突き進むよりほかに方法はない。


 多少強引でも良い。


 何とか話を聞いて貰って、彼女の真意を聞き出す。


 恐らく僕にはそれしか手段が無い。


 なら、不安がって怖がっている場合じゃない!


 やるしかないだろ、僕!


「ありがとう、父さん。僕、なんとか頑張ってみる」


「ああ、強引にでも良いから突き進め、我が息子よ!」


 そう言葉を交わして、僕はお風呂に入った。


 湯舟につかれば、暖かいお湯が全身を包み込んでリラックスさせてくれる。


 さて、強引に行こうと決めたけどどうすれば良いのか。


 話を聞いて貰うとしたら…逃げられないように連れ出すのはどうだろう。


 学校はサボる事にはなってしまうが、それぐらいしなきゃ逃げられそうだ。


 だとして、何処に連れ出せば良いんだろうか。


 何処かの公園?


 駅前?


 それとも……。


 考えてみたがそこからいい案は浮かばなかった。


 そうしていると付き合っていた頃の事が自然と思い浮かぶ。 


 最初は付き合い始め初日に口をうっかり滑らしたせいで学校中の話題になり大騒ぎになってしまった。


 その後、昼には大勢の生徒に追っかけられて逃げる時に春日野さんに手を握られて逃げた。


 あの時は、頬が紅潮してしまい姫だかと言われたっけ。


 追いかけられている過程で、女子バスケ部に匿われる過程で、美也子さんと知り合ったりした。


 その後は謎の校則が誕生して平和が訪れ、その後はバスケ部の昼連を見守って過ごした。


 女バスの試合は白熱した。


 いつもの三人と一緒に観戦したがあわや負けかというところで、応援の声が届いたか見事勝利できた。


 その後の遊園地デートでは、いきなりジェットコースターを選んだせいで失敗。


 その後は安全な絶叫マシーン以外を選んで回ったが最後は帰りたく無さそうな春日野さんとお化け屋敷に入り怖がる彼女をフォローしたが結果彼女から謎の言葉を言われてしまった。


 デートについては、何処がどうダメだったのか分からないが、ともかくフラれるまでの流れはこんなモノだ。


 でもデートそのものが上手くいったかは正直分からない。あれが失敗ではないと康介も豊も忠司も言ってたけど、後悔はやはり残っている。


「あ~あ。デート、やり直せたら……」


 ふと、何の気なしに言葉が漏れ出る。


 そして、そこで僕は湯船から立ち上がる。


「そうだ! やり直すんだ!」


 僕は脳内に浮かんだ妙案で笑顔になった。


「話を聞いて貰うにしろ、何かきっかけは必要だ。それなら…」


 浮かんだアイデアに喜び、僕は風呂から速攻で出て具体的な計画を始めた。


 翌朝、いつもより早く起きた僕はすぐベットから出てすぐ制服に着替えた。


 朝食までは時間があると、昨日立てた計画を見直した。


 これからやろうとしている事は色々なリスクがある。


 うまく行くかは分からないし親や先生に後で怒られだろう。


 だが、それでもやるしかない。


 何しろまともにその場で話を聞いて貰おうとしても逃げられる可能性がある。


 だとしたら、無理してでもやるしかない。


 後の事は、その時になって考えればいい。甘んじてお叱りは受けよう。


 僕は徐に立ち上がると、下の階へ降りた。


 リビングではいつも通り父さんと母さんがいてすぐに朝食の準備も完了する。


 それを食べ終え少し時間を過ごせばすぐ今日の登校時間近くになっていた。


「あら、龍ちゃん。いつもより少し早いわね」


「うん。ちょっと約束があってね」


 母さんの問いにさらっと答え、僕は玄関扉に手をかける。


「それじゃ、行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい。気を付けるのよ?」


 背中に母さんの声を受け、僕はそそくさ家を出る。


 そのまま少し早歩きで駅まで向かいいつもより少し早い電車に乗った。


 今日はマスクをしていなかったが、これからの事に集中していたから周りが何か言っていたとしても気にならない。


 程なく最寄り駅に到着した僕は、走って学校の前まで向かう。


 そして、少し離れた電柱の影で、春日野さんと美也子さんの到着を待つ事にした。


 さて、今は何分ぐらいだろうか。


 大事をとって早めに出たから普段よりかなり早い時間だ。


 今は緊張感があり過ぎて時間を確認する気にもならない。


 美也子さんと春日野さんはまだ来る気配もない。


 少し早く来すぎたか。


 そう思いつつ電柱に体を預けてひたすらに待ちの姿勢を取る。


 暫く待つと部活をやっていない生徒達が徐々にやってくる。


 その中には、僕に気づいて奇異の視線を向けてくる子もいたが、隣の生徒とひそひそ話をして去っていくのが関の山。


 僕にわざわざ話しかけてくるような人はいなかった。


 僕は僕で高まった緊張感とやってくる予定の春日野さん達の姿を見逃さないようと集中していたので、まるで気にもならなかった。


 そうして、どれくらいの時間が経ったか。


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「そうそう、それでさ。芸人さんのリアクションが傑作でね」


「あ、美也子。その話は、先程も聞いたのだが……」


 春日野さんと美也子さんだ。


 二人は連れだってこちらへ歩いてくる。


 一歩、二歩と近づいてくる二人を見ながら、僕はタイミングを見計らった。


 三、二、一……今だ!


「春日野さん!」


「ッ! た……竹越君!?」


 校門と二人の間に突如現れた僕に思い切り狼狽する春日野さん。


 それはそうだ。ずっと僕から逃げてきたんだから。


 僕は真剣な目で彼女を見つめる。


 数日ぶりに会った彼女は確かに何処かやつれて見えた。


 心なしか元気が無いというか暗い雰囲気が彼女の印象すら変えてしまっている。


「春日野さん! 話があります!」


「……ごめん。私にはもう、話せる事なんて……」


「だから! 一緒に来てください!」


「え!?」


 目を伏せた春日野さんだったが、僕の言葉に一瞬あっけに取られて目を見開く。僕はその瞬間、前に出て彼女の手を掴んだ。


「こっちです!」


 僕は掴んだ手を引き、思い切り引っ張る。


 それに引きずられる形で春日野さんも思わず二、三歩踏み出す。


「竹越君!? 一体どこへ? これから学校が……」


「学校より大事な事があるんです! とにかく僕と一緒に来てください!」


 そう言って、僕は彼女を引きずったまま全速力に駆けだした。


 その去り際、美也子さんは僕を見て、小さく呟いた。


「竹越君。桜をお願い」


 僕はそれに小さく頷くと、そのまま全速力で駆け出して行った。


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